第3話:盲目の少女
翌日、疾風は近所の公園にいた。そこは凛と初めて出会った場所。もちろん、あの夜以来、凛と出会うことはなかった。そして疾風にとってここは、一人で息抜きを出来る唯一の場所になっていた。
「まずいよな、このままじゃ」
ブランコに腰掛けた疾風は、自分の両手を見て溜息をつく。その両手は、小刻みに震えている。まるで寒い冬の日の手のように。
初任務の日以来、時々起きる症状。一度震え出すとしばらく収まることはない。こんな姿を晶や雪に見せるわけにはいかなかった。
この症状が出るのは決まって、任務の翌日。震えと共に夢見も悪いから最悪だ。蘇るのはあの場面。初めて人を切った、それも知り合いを切ることになったあの時。
「情けないよな、こんなの。他の風軍の人間でこんな症状がある奴なんかいないだろうに」
疾風は、自らの事を情けなく思っているが現実的には違う。村から出た子供達は最低でも一、ニ年は任務につくことはない。基本的には、後方支援を実地で学びつつ、鍛練を行う。そして先輩と任務につきながら人の命を断つという現実と向かいあっていくのだ。これは、総領息子であろうとなかろうと一緒。つまり、いきなり任務についた疾風達がまれなことなのである。
「…………そろそろ帰るか」
このままここに長居しても仕方ないと思い疾風は立ち上がると公園の出口へと向かった。
すると前方から歩いてくる人物に目がいった。
歩いてきたのは、かなり小柄な少女。白いワンピースに薄茶色の髪を肩より少し上で切りそろえた大人しそうな感じの子だ。何より目を引いたのがその手の中にある白い杖。
(目が見えないのか)
疾風と少女がすれ違った瞬間、地面に半分程埋まった状態の石に杖がぶつかり少女がバランスを崩す。
「きゃっ!?」
「危ない!!」
疾風は咄嗟に少女の腰をすくうように右腕を差し入れ、少女の体を上に持ち上げて転倒を防ぐ。
その結果、少女の杖だけがカランコロンと転がって行った。
「大丈夫?」
「あっ、ありがとうございます」
疾風は、少女の体をそっと下に降ろす。そして彼女が自分の足できちんと立つのを確認すると腕を離し、転がって行った杖を拾い上げ、それを手渡す。
「はい、これ」
「すみません。助かりました」
「けっこう、この公園は石があるから気をつけたほうがいい。あっちの通りに行くなら歩道を歩いたほうがいいぜ」
「いえ、この公園で連れと待ち合わせているんです」
「そっか。ここにはよく来るのか?」
疾風の言葉に少女は頭を振る。
「じゃあ、ベンチの所まで連れて行ってやるよ」
「そんな、悪いです」
「いいって。俺、暇だからさ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺の腕に手置いて」
少女の右手を自分の左腕まで誘導する。そして、自分の腕を少女がきちんと掴んだのを確認した後、ゆっくりとベンチに向かって歩き出した。
「あ、俺の名前は疾風。君は?」
「私は、水葵です」