第26話:現実を知る
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
この間と同じ会議室に通された雪と水葵は、進められた椅子に座りお茶を出してくれた女性に会釈する。すると、女性は何か珍しいものでも見たように自分達を見ると笑顔で正面の椅子に座った。
「私は、藤田 皐月。特異課に所属する刑事よ。実はね、大祐君だけど、今入院中なの。その上、さっちゃんは、京都に出張中。だから私が代わりに話を聞くわ」
「はい。実は彼女の身内が…………」
「ちょっと待って!」
雪が説明をしようと口を開く。すると、皐月がすぐにそれを止めてきた。話の腰を折られた雪は、戸惑う。話を聞かせて欲しいと言ったのは、彼女なのに。
そんな雪の戸惑いが顔に出ていたのだろう。皐月は、苦笑しつつ言った。
「あのね、お嬢さん。私達に相談したい程の事が起きているのは、彼女なのよね?」
「そうです」
「なら、話をするなら彼女じゃなくちゃ。事件に巻き込まれているのは、彼女であってあなたじゃないでしょう? 確かにあなたが彼女を庇う気持ちは、理解できるわ。助けたいという気持ちもね。でも、それは彼女の為にはならない。あなたも甘えていては、駄目よ。自分に出来る事は、自分でやらなきゃ」
皐月の言葉に雪は、ハッとした。自分は、よかれと思って手伝ってきたがそれは水葵の意思を尊重してきたと言えるだろうか。
そんな雪の不安を感じとったのか水葵は、彼女の手に自分の手を重ねた。
「大丈夫だよ、雪。失礼しました、私から説明させて頂きます」
「はい。どうぞ」
水葵は、ここ数日に起きた出来事を皐月に説明する。その間、皐月は口を挟むことはなく、時折メモを取りながら最後まで話を聞いていた。
「つまり、あなたのお世話をしている女性が行方不明なのね。うーん、爆発音らしきものは、雪さんのお兄さんが聞いただけで、事件という確証はなしか」
「兄は、かなり耳がいいので聞き間違いはないと思います」
「行方不明者の捜索かぁ~」
皐月は、顔を顰めて難しいとばかりの態度をしている。そんな彼女の態度に雪達は、戸惑うばかりだった。
「あのね、私達特異課は基本的に特異能力が関わっている事件のみを取り扱うの。だから通常は、事件が起きて能力が使われたという確証がなければ動かないの」
「でも!!」
「うん、あなた達はあの一族の人間達だし、力が関わっているのは、十中八九間違いはないとは思う。だから、こちらから動いても問題はないと判断出来る。けど…………」
「「けど?」」
「通常の行方不明者の捜索ってやったことないのよね。私達」
「え?」
「だからこの場合は、もよりの真っ当な警察署に捜索願を出したほうが結果が出るのが、早いと思う」
「しかし、この件はかなりの危険が伴うと思いますので、能力のない方に頼むのはちょっと気が引けます」
「本来なら、こういった事は、我が家の領分ですけど。ちょっとばかり事情がありまして」
そう言って溜息をつく雪とそれを横で慰める水葵を見て、皐月はまじまじと彼女達を見つめる。そのしおらしい態度と本当に身内を恥じている様子に意外なものを見たと思った。
今まで自分達が関わってきたあの一族の人間達とは似ても似つかない態度に、少しだけ考えを改める。
(うん、同じ一族だからって彼らと一緒にしたら失礼よね。しかし、大丈夫かしら。この子)
きっと大事に育てられてきたに違いない。こんなにあっさりと一族の内情を他者に話してしまうとは。もし、一族の表と裏の両方を知ったら彼女は、どうなるだろう。
自分達の仲間である彼女と同じように自らの意思を貫き通すだけの強さを持っていけるのだろうか。
(まぁ、私達には関係ないか)
「分かりました。とりあえず、拾える情報だけは拾ってみましょう。だけど、絶対に見つかるという保証はないということだけは覚えておいてちょうだい。本当は、警察の人間としては、絶対に見つけると言えればカッコいいのかもしれないけど。この東京でそれは無理。特に能力者についてはね」
「東京ではって?」
厳しい口調と言い回しが気になった雪は、尋ねる。すると皐月は、立ち上がり部屋の窓の前に立つ。そして、ブラインドを上げ外に視線を向けた。
「年間にどれくらいの能力者の行方不明者が出ると思う? ほぼ毎月数十人単位で出るわ。その多くが、子供。この東京に根を張る裏組織の連中がいつでも目を光らせているの。自分達に有益な力を持つ子供はいないかって」
「その子供達は?」
「半分助けられればいいほう。残りの半分は、そのまま拉致、そして洗脳。ほとんどが犯罪者になっている。逮捕したら数年前に行方不明になった子供達でしたってことはざらよ。それに大半が、捜索願が出ないしね」
「親は一体何をしているのですか!!」
「突然変異の子供を持った普通の親なんてたいていそんなものよ。あなた達みたいに能力があるのが普通という環境ではないの。それに愛情を持っていても力の暴走で一度恐怖感を持ったら駄目なのよ。子供達は、敏感だもの。だから、あんまり期待しないで。そういう連中に捕まって下に潜られたら私達でも追い切れない」
「そんな…………」
「だから、雪さん。水葵さん。不用意にこの街で力を使っては駄目。じゃないと今度はあなた達がそのターゲットになってしまうから。それに、私達から見たら十分あなた達は子供よ」
この街の現実を厳しく、そして何よりも優しさを持って自分達を諭してくれる皐月に二人は、強く頷いた。
「さぁ、その女性の身体的特徴やら教えてくれる? 写真があればベストだけど」
「あの、その前によろしいですか…………」
「何? 水葵さん」
「私、一族の人間だとは名乗っていませんよね?」
水葵は、さっきから気になっている事を尋ねた。確かに雪は、一度ここに来たことがあるし、その時に名乗っている。
でも、自分は一度も名乗っていないはず。
「そんなの霊力の流れを見れば一目瞭然よ。あなた達の一族の気の流れは独特なの。力が有ろうと無かろうとそこは同じ。一族の事を知っていて、力のある人間なら一目瞭然だもの」
至極当然とばかりに語る皐月に、自分達は知識や情報が足りないということを教えられた二人だった。