第12話:これから
雪の電話から数十分後、椿が走ってやって来た。
「遅くなりました」
「こっちこそ、急に呼び出してすみません」
疾風が謝ると椿は、額の汗を拭いながら軽く首を振る。
「こちらこそ助かりました。それで、水鏡の姫君は?」
「彼女」
疾風に指示されたソファーに目を向けると、そこには雪と共に並んで座る小柄な少女がいた。その様子を見て椿は微笑む。
「初めまして。焔の当主代理を務めております、時枝 椿と申します」
椿は、水葵の側まで近付き手を差し伸べる。しかし、それに対する水葵の反応は無く、代わりに隣にいた雪が耳打ちをして水葵の手を椿の処まで誘導してきた。その様子に若干、戸惑いながらも椿は水葵と握手を交わす。そして疾風の方を振り返り確認する。
「もしかして…………」
「ああ、水葵は目が見えないんだ。」
「なるほど、それで面会を断れられていたのですね」
今までの水鏡の態度が腑に落ちたのか椿は、一人頷いている。
「申し訳ありません。家の者は、私が外の人間と会うのを嫌がるものですから」
椿の呟きが聞こえたのか水葵は、頭を下げた。
「いいえ、当然のことだと思います。次期当主の安全をはかるのが第一ですから」
その言葉にリビングにいた人間達は、皆一様に沈黙する。自分の言葉にその場が静まり返ってしまったのを見て椿は困惑する。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、色々あってさ。とにかく説明するから、椿さんも座って」
椿が座ると疾風は、一連の出来事を順序よく説明していった。始めは、その内容に驚き訝しげな顔をしていた椿だったが、水葵から現在の一族内の状況を聞くとだんだんと厳しい顔つきに変化していく。
「とまぁ、こんな感じだったんだ。椿さんは、何か知ってますか?」
「家庭環境につきましては風の噂で。けれども、当主の奥方様は良く出来た方と評判で、わけ隔てなく子供達を育てていらっしゃると。逆に実の娘である姉君に対してとても厳しいと伺っています」
「はい。義母上には本当に良くしていただいていますし、姉様も私の事を本当に大切にしてくれていました」
「いました?」
その水葵の言葉に何か引っかかったのか、晶は水葵に問い正した。それを聞いた疾風は晶が何に対して疑問を持ったのかが分からず逆に晶に問い返す。
「何か気になるのか?」
「水葵さんは、姉君が大切にしてくれていましたと言いました」
「それが?」
「分かりませんか? してくれていたと過去形で言ったのです。ということは、現在は違う。そして、今回彼女を狙った人間達は、その姉君が跡継ぎになることを願っている。つまり、彼等を裏で操っている可能性があるということです」
「それは違います!!」
晶の言葉に水葵は、今までにない程声を荒げて反論する。
「何故違うと言い切れるのですか? 貴女を狙う可能性が一番高い人物だと思いますが」
「姉はそれが嫌で、これ以上家が荒れて一族の結束が弱まるのを恐れて家を飛び出したのです。自分が居なくなればそんな事を言う人間はいなくなるからと、そう言って……」
そう叫ぶと水葵は唇を強く噛みしめて嗚咽を漏らさぬようにしながら、俯き涙を流した。
「晶!」
「すみません」
水葵の涙に晶は、慌てて謝罪する。
「大丈夫?」
「……はい。申し訳ありません」
雪は、水葵を宥めながらその涙をハンカチで拭ってやる。
「つまり、お姉さまは今回の件には無関係だと水葵様は考えていらっしゃるんですね?」
その言葉に水葵は大きく頷く。
「ではとりあえず、水葵様の力の封印を解く為にもお付きの方々を探しましょう」
椿の提案に皆同意する。
「でも、どうやったらいいんだ?」
「私が贔屓にしている情報屋がおります。彼なら簡単に探してくれることでしょう。皆さんにも紹介しようと思っていましたし、せっかくの機会ですから。話は通しておきますので行ってみて下さい」
「椿さんは?」
「残念ながらご一緒出来ません。それに彼はひどく気まぐれで自分の顧客を選ぶことで有名ですから、皆さんだけで」
椿は、そう意味深な言葉を残すと来た時と同じように足早に去って行った。