第9話:水葵の事情
「後継ぎってまさか!?」
「ええ、私は水鏡の当主の娘で疾風と同じく総領の任につく者なの」
「跡目争いということですか。貴女が本当に総領だとしたら、確か貴女も我々と同じ契約者ということですよね? そんな人間を排そうとしますか普通」
「水葵が嘘をついてるっていうのかよ!」
晶の言葉に疾風は憤激する。
「可能性がないわけではないでしょう? 疾風、君もいい加減に人に対して疑いの目を向けることを覚えなさい」
晶からの厳しい叱責にうろたえながらも疾風は、反論する。
「だからって何でもかんでも最初から疑がうっていうのは、どうなんだよ!」
思いがけず始まった疾風と晶の言い争いに、雪は戸惑った。普段なら、自分が止める役目なのだが。
(二人の言い分は、どちらも正しいもの)
どちらの主張も間違ってはいない為、雪は何も言えなかった。
だんだんと、その場はぴりぴりとしたムードに包まれる。
雪がどうしようかと思案していた時、その一触即発の空気を取り去った人間がいた。
それは意外にも水葵で、その静かな凛とした声で疾風と晶は黙らせる。
「私が一人娘なら、皆も諦めて受け入れたでしょう。しかし、私には同じ日に生まれた腹違いの姉がいるのです。そして、彼女は正妻の娘で私は妾の娘。その上、姉は小さい頃から私の名代を務めて水軍の指揮も執ることもありました。能力的にも申し分のない、契約者である私がいなければ間違いなく総領になったでしょうし、いずれ歴代の当主にも負けない一族の当主になっていたと思います」
その言葉にその場を静まり返る。
水葵を見るとその顔には自嘲的な笑みが浮かんでいる。その見たことのない、暗い笑みに疾風達は戸惑った。
「貴女が契約した精霊は、一体何をしているのですか? 本当なら真っ先に貴女を守るはずでしょう」
「彼は、私を逃がす為に囮となり封じられてしまいました。貴方の精霊に確認を取っていただければすぐに分かりますよ。桂木の総領殿」
「涯」
「何だ、彼女の言っていることは本当ですか?」
それまで姿を消していた涯は、話は聞いていたのだろうすぐに仲間の気を探る。
「確かに何かしらの封じをかけられているようだ」
「そうですか、ありがとう。これまでの不躾な態度をお詫びします。水葵さん」
それまでの高圧的な態度を改めると、晶は頭を下げる。
「仕方のないことですから気になさらないで下さい。私もこんな形で貴方方の前に現れるつもりはなかったのですから」
「下見に来たって言ってたけど、もしかして…………」
「ええ、春先から里や京都の屋敷でも不穏な空気が流れ始めました。なので、都内にある隠れ家に身を潜めていたけれど、ついにそこも安全では無くなってしまって。それならいっそこちらでお世話になったほうがいいのではないかということに」
「水葵さんの能力を封じているのは誰なの?」
「封じの術をかけたのは、私の契約した精霊・流。その術をとく鍵を持っているのはお付きの流衣と流花姉妹です」