君と一緒にやりたいこと
今日、俺と彼女は付き合い始めて五年目になる。
バイト先が同じだったのをきっかけに、俺は優しい彼女にどんどん惹かれていき、五年目記念日の今日、プロポーズをする予定だ。
……と、かっこつけて胸中を説明してみたものの、実を言うと緊張して喉がカラカラになっているし、心臓もかなりバクバクしている。
『記念日だし美味しい店でご飯食べようか』なんて言って、良い店の良いムードに便乗して良い感じに指輪を渡そうと目論んでいた過去の自分に言いたい。
お前、見通し甘すぎるんだよ。正直言うと緊張しすぎて飯の味とかわからねぇよ。そのくせ正面に座っている彼女は
「美味しいね、コウくん」
と、俺の緊張にはまったく気づいていない様子でにこにこと食事を頬張っているので、可愛いやら複雑やら。
「美味しいなら良かったよ。五年目の記念日だし、大事にしたいもんな」
「うん、ありがとう!」
まるで花が咲くような(ありきたりだが俺にはこのくらいしか言えない)笑顔に、俺の心臓がまた激しく鐘を打つ。ああ本当に俺、こいつのことが好きなんだなぁと、今更ながら実感した。
プロポーズするなら、今かもしれない。
いけ俺、頑張れ俺、勇気出せ俺!
「あ……あのさ、」
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
「えっ、あ、うん」
……タイミングが被った。なけなしの勇気を振り絞った結果がまさかのタイミング被り。これは手痛いミスだ。
若干傷心になりつつ彼女の後ろ姿を目で追うと、彼女の着ていた服のポケットから何かが落ちたのが見えた。慌てて声をかけるが、俺の声は届かなかったらしく彼女は行ってしまった。
とりあえず席を立ち、落ちた物を拾う。あとで彼女が戻ってきたときに返しておこう。
「……メモ帳?」
彼女が落とした物は花柄の模様が可愛い、小さなメモ帳だった。そういえば彼女が以前『私忘れっぽいから、やりたいこととか買いたい物とか色々メモしてるんだ』と言っていた気がする。このメモ帳を見ればあいつのやりたいことが全部解るんだな、と思うと中を見てみたい衝動に駆られたが、人の物を勝手に見るのは気が引けるのでやめておく。
と、ちょうど彼女が戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえり。これ、落としたぞ」
「え、あれ!?ほんとだ!」
彼女はワタワタと慌てながら俺の手からメモ帳を受け取り、恥ずかしそうな顔で「……見ちゃった?」と聞いてくる。見てないよ、と首を横に振ると、ほっとしたように笑って席に着いた。
(そんなに変なこと書いてあったのかな)
見ないつもりでいたが、そういう反応をされると逆に内容が気になる。
彼女も俺がそう思っていると気づいたのか、耳まで真っ赤にしながらメモ帳を俺に差し出した。
「見てもいいよ……?」
見たいと思っていたところに嬉しい申し出を受け、遠慮無くメモ帳を見せてもらう。どんなことが書いてあるのやら、とパラパラとページをめくっていくが、特に変なことは書いていない。
『買う物』『録画する番組』『料理のレシピ』……一行目に書かれた内容説明とその下の内容を見ながら、彼女は何を恥ずかしがっていたんだろう、と、どんどん疑問が膨らんでいく。
しかし直後に、とあるページでめくる手が止まった。
『コウくんとやりたいこと』
……『旅行に行きたい』『ピクニックをして一緒にお弁当食べたい』『ドライブがしたい』『海で遊びたい』『コウくんの笑顔をずっと見たい』『ずっと一緒に過ごしたい』……。
目が文字を読み終わるのと、脳に言葉の意味が届くまで、少し時間差があった気がする。が、意味を理解した途端、今自分が彼女と同じように耳まで真っ赤になっているとなんとなく解った。
「これ……」
「私、やりたいこととか色々メモ帳に書いてるって言ったでしょ?だから、コウくんとやりたいなって思ったことも書いたんだけど……結構、量が多くなっちゃったし……なんか恥ずかしくて」
はにかむ彼女を見つつページをめくると、次のページにもその次のページにも、そのまた次のページにも、やりたいことリストが続いていた。
(……こんなふうに想ってくれてたんだ)
こんなにたくさん、彼女はやりたいことを考えてくれる。それを忘れないように大切に書き残して、いつか俺と叶えられる日を楽しみに待っている。
その事実は、どこまでも暖かい愛おしさに包まれて。
(……今しかないよな、俺)
さっきは振り絞っても届かなかった勇気でも、今なら届けられる。
「あのさ、ちょっと聞いてほしいんだけど」
その声に彼女は「?」と首を傾げたが、すぐに真剣な話だと察したのか姿勢を正して目を真っ直ぐ見つめてくる。
俺はメモ帳を開いて彼女に見せながら言った。
「このやりたいことリスト、正直言ってめちゃくちゃ量が多いし、全部叶えるとしたら相当時間かかると思う。……でも」
と、そこで一旦言葉を切り、目を閉じて、深呼吸。
頑張れ。
「それでもお前のやりたいことなら一生かけて叶える。約束する。だから俺を、一生隣にいさせてください。俺と、結婚してください」
用意していた結婚指輪を差し出す。バクバクする心臓はもう抑えられる気がしないが、それでも彼女の目をどうにか真っ直ぐ見る。
彼女の返事は──
「ありがとう……よろしくお願いします」
薄っすらと涙を浮かべながらも幸せそうな彼女の笑顔は、いつもの満面の笑みとはまた違った美しさがあって。
別の理由でどきりと脈打った心臓は、たぶん俺の中で一番素直な場所なんだろう。そんなことを思いながら、俺は彼女の指に指輪をはめた。