第七話 地下への螺旋階段
「研究所っつぅか、ホテルリゾート施設みたいな内装だよな」
高い天井のキラキラと光り輝くシャンデリアを見上げながら惚けて言い洩らすボンドにリナも足を止めた。それにボンドも、安堵の息を吐いた。
「アイツはインテリなの」
辺りを見渡すリナの目に防犯カメラが映った。リナの視線の先にボンドも、ああ、と防犯カメラを視る。しかし、急になんだとリナを見れば中指を立てている。防犯カメラの向こうにいるであろうトント博士にメンチを切っているのだ。何してんだ、とボンドも呆れた表情で口もへの字に曲げた。
「トント博士っ、首を洗ってなさいよ!」
勇ましく吠えると、リナは上へと向かおうとした。それにはボンドも、思わず、首を曲げてしまった。どういう理由で上に行こうとしているのか。立ち止まっているリナに声をかけた。
「なんで二階に行こうとしてんだよ?」
「何、言ってんのよ!? 大概、上の階に居るってなもんでしょう! ラスボスってのは!」
幼稚にも、当たり前でしょ! とばかりに言い切るリナの言葉には、流石のボンドの表情も信じられない、といった目に変わっていくのが、リナの目からも明らかだった。
心の声が駄々洩れとボンドの率直な言葉がリナにぶつけられる。
「……なんだそりゃあ~~マジで言ってんの? マジか????」
「な、何よ!」
呆れられた言い方にはリナの口も突き出されていく。委縮する彼女にボンドも、それなら起こり得る状況も話した。二階にラスボスがいる、という考えがあるのであれば、さらに、その逆も然りだ。
「悪の巣窟の研究所ってのは大概、地下施設ってのも掘ってあるもんだ。つまり、この研究所にも地下はあるのは間違いない。山頂に建築する時点で視えなくすることも目的だっただろうしな。仕方ないな、さて、元には戻れるかな?」
「っち、地下ったって! どうやって探すの!? 馬鹿なんじゃな……ぇ?」
否定の言葉にリナもボンドの方を見て吐き捨てようとしたが、信じられない彼の容姿に言葉の語尾も掠れて消えた。
「ボンド。アンタ、その、すすすすががががっ」
「父親がニホンオオカミの獣人だって言ったじゃんか」
「っで、でも、そんな! ぅ、嘘だとおも――」
ボンドがニホンオオカミの人狼姿に変化していた。いや、本来の容姿に戻ったというのが正しいのかもしれないが、顔は毛深くなり、耳も頭の髪の毛の中に生えている。映画や漫画、小説の中でしか出会ったことのない人狼が、今まさに、リナの目の前に立っている。視界の外で、左右に大きく膨らみのある尻尾が揺れていた。
「俺は人狼だ! 嗅覚は人一倍なんだぜ!? カッコイイだろう!」
にこにことリナに聞き返すのだが、リナはそっぽを向いてしまう。
「フツー……くっしゅん!」
「おい。待て!」
そして、頬も朱に染めてボンドを見据えてほくそくんだ。そんな彼女の表情にボンドの耳もぴくぴくと動いた。
「何なんだよ、その顔は」
「昨日やってたアプリゲームにも、あんたみたいなのが敵キャラに居たわね。くっしゅん! くっしゅん!」
「ふふん?? 実物はカッコイイだろう?! ほら! よく見ろよ!」
リナに俺を見ろと吠える人狼に、リナも可愛いとかカッコイイとかモフりたいと、感情も揺れ動くのだが、相手はボンドだ。あの憎たらしい、クソにも役立たずな魔法使いの彼なのだ。
「はぁああ???? くっしゅん!」
目を細めてシャベルで掌を弾いた。その音と態度にボンドの揺れていた尻尾も大きく膨らみ、目も大きく見開いてリナを見据えた。
◆
ボンドはさらに小型化。つまりは本格的なニホンオオカミの容姿になり、四本足で地面に鼻先をつけて、前に進んで行く。
ニホンオオカミ姿の彼を目の当たりにしてリナも改めて、本当にボンドは人間じゃないのだと、ようやくここで納得をした。
(本当に。人狼も、魔法使いも、魔法界もあるんだ)
羽織っている、黒い布の尻辺りからは、白に近い銀色の太くも長い尻尾が左右に揺れる。
「ねぇ。どうなのよ。くっしゅん!」
「んぅー~~?? っか、しんだよなぁ~~?」
「分かんないの? そんな姿になっても???? くっしゅん! くっしゅん!」
ボンドは人狼の二本足に戻り、リナの顔に顔を近づた。
「《人類》に近づくと、能力が弱体化すんだって! だから魔法使いからの侵略も受けないってことに感謝しろよなっ!」
「アンタたちの事情なんか知らないわよ! くっしゅん!」
もっともなことを言われたボンドも身体を翻して、ニホンオオカミ姿の四本足に戻って臭いを嗅いで歩き出して、すぐに目的のものを見つけ出した。
「お。地下に行く階段だぜ! つぅか、絶対。玄関の案内図とかに載ってたんじゃないか? ここは」
見つけたことにボンドの尻尾も左右に大きく揺れるのだが、入ったときの玄関にあった案内図のことを思い出してしまった。時間のロスをしていると、薄々と気がついている。しかし、過ぎてしまったことを言ったところで仕方がない。今は見つけたことに喜ぶことにした。自身の嗅覚も捨てたものではないと獣人としての自信もついた。いつか父親に言おうと誓う。
それはさておきだ。
「ええ。結構深い……階段のようね。くっしゅん! くっしゅん!」
「ああ、螺旋状になってやがる」
深く。さらに、深くと続く螺旋状の階段を二人は、ただ階段を見ていた。
「臭いはするの? くっしゅん!」
「ぅう~~ん。人の気配の匂い? みたいのはここからしか流れ来ていないんだよな。あとは、なんつぅか、……蜘蛛みたいな嫌な感じの気配に似た匂いも辺りいっぱいに浮いてあるぜ。だから、とっとと地下に行った方がいいかもな」
ボンドの言葉に信憑性を感じたリナも意を決した。
「降りて行こうじゃない。くっしゅん! くっしゅん!」
「ああ、そうだな」