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第五話 スタートライン

「へんてこな布を着て、箒を持ったコスプレイヤーじゃんか!」


 役に立たないと分かったボンドにリナが悪態を吐きながら、シャベルで巨大な蜘蛛たちを裂いていく。


 月明りもなくなってしまった真っ暗な中で、引き裂いた巨大な蜘蛛たちから血液が噴き出し、辺りに舞い散ってキラキラと視える。普通の一般の人間で、しかも女性であったならあるはずの躊躇もなく、切り裂き殺すということをやり遂げるリナの態度に、ボンドも引き気味な様子に声も掛けられない。


 リナ自身も興奮気味と殺さなければならない、と決意と後のない怒りに顔も強張り、シャベルの柄を握る手にも力がこもる。大きく息を吐いて、ゆっくりと吸い込む仕草をするリナに、ようやくここでボンドも彼女に聞くのだが、大した事でもない質問でもあった。


「シャベル? それの殺傷能力ってそんなにすごもんなのか?」

「知るかっ!」


 冷徹なリナにボンド自身も、手助けは要らないのかと思った。リナが巨大な蜘蛛を撃退が可能なら、手を貸すことなんかない、相手は魔法使いではない、至って普通の【博士】という人間なのだから。ただの同属同士の諍いだ。


 島民でもない、たまたま偶然と上空から孤島を見てしまい、気になって降下してまで来たが加勢は必要ない事態だった。命を助けなきゃ、ということと、見過ごすことは出来ないとは思ったが、彼女一人でどうにかなりそうだった。


 地上に落ちてから思い知った事は、やはり、魔法界と違い魔力が掻き消されてしまうということ。自身の中にあったはずの魔力が、一切合切と掻き消されたかのように感じなくなっていた、つまりは、箒すらも動かせないという瀕した事態にボンド自身が見舞われている。


 弱り果てていたのは彼も同様だった訳だ。それを、今のリナに話したところで「だから?」の言葉で済まされてしまうと思ったので話す真似もしないが。魔法がどうして使えないかということをどう、魔法の【い】の字も架空の夢物語と疑わない《人類》であるリナに話すかに気も揉んでしまう。


 悩ましい、とすら思うし言葉での伝え方もどうしたものか、という事態でもある。


「巨大な蜘蛛たちも家族を殺されれば、蜂のように大勢と加勢に来るとは思うのは、俺だけなのかな?」


 ボンドの言葉に「うっさい!」と低い口調で言い返した。彼女の態度にボンドも頷きながら、得られた情報を口にする。


「ま。お前が言う、そのトント博士? の研究所まで行けば。この状況が分かるって訳だな? 分かりやすい構図でよかったよ」


 頷くボンドにリナも血液が付着をして垂れ落ちるシャベルの先端を山頂の研究所に向けた。


「元凶は! そこの山頂にある研究所! すぐ! 目と鼻の先によっ!」


 リナが、その研究所を睨み唇を噛み締めた。


 ◆


 山の斜面をリナとボンドが駆け上がって行く、途中、途中で、リナが巨大な蜘蛛たちを倒していく様子を目の当たりにするボンドも引き気味に「うへー~~」と声を小さく漏らした。


 二人が走り上がった路には、シャベルで切り刻まれた巨大な蜘蛛の遺骸が数多くと大雑把に散らばり、路も血液でダムのように溜まりが出来ている。その中を足を取られてもたつきながら走り進んでいた。


「ここが研究所よっ」


 二人は、ようやく山頂の鬼灯トント博士の研究所正面玄関の門前に辿り着いた。立派な門構えにボンドは口笛を吹いたがリナは目を細めて睨んだ。手で軽く押せば、ゆっくりと案内するよう開門する。二人は見合うが、すぐに一歩と入り、少し歩いて玄関前に立った。瞬間に玄関の灯りもいきなりと点いたことに驚きも隠せない。


「中に入るよっ!」


 リナは足を一歩前に踏み出した。それを「ちょっと。待てよ!」とボンドが呼び止めた。


「!? ボンドっ、何よ! 怖くなったらっていうな――」


 突然と行くことを止められてしまったことで苛立ったリナも、当のボンドに訊き返した。


「まさか。そのシャベルだけで中に入って行く気とかじゃないよなぁ!?」


 武器がリナが手にする金属製のシャベルだけ。ボンドの杖は人間界では使えない。ただの木の棒に過ぎないのだ。つまりは攻撃が可能なのはリナだけであって、万が一にもシャベルの柄が折れるようなことがあれば武器もなくってしまうという事態になってしまう訳だ。


 じゃあ、他にも武器を探すべきではないかとボンドも思った訳だが、リナは不機嫌に顔を傾げている。


「……はァ?! 何、言ってんのよ」

「ま、だよな? 普通は――」


 安堵もつかぬ間と、リナもにやりと笑うときっぱりと言い切った。


「これだけに決まっているじゃないの! さ! 行こ――」


 恐れていた答えにボンドも血の気が引くのが分かる。巨大な蜘蛛たちが研究所の中にいる確率はかなりと低いのは明らかだが、では小さい蜘蛛たちが数多くと遭遇した場合はどうなるだろうか、何かに齧られて、食べられてウンコになる運命と諦めるのか。堪ったものではない。


 ボンドは魔法界の学校に戻らなけばならない。母親も父親にも心配をさせたくはない、来月の誕生日に貰えるはずの欲しいものを、まだ両親にも言ってもいないのだから、死ねない。


 何かのウンコになりたくもない。


「待て待て、待て」

「何よ! いい加減にしなさいよ!」


 低い声でボンドが腕を掴んで引き止めた。


「《人類(ヒューマタルト)》のお前でも魔法が使えるようになる方法もあるんだよっ!」


「!? ……はァ?! あんたは何を言ってるの?!」


 胡散臭いボンドの言葉にリナも眉をひそめた。ただ、あるのなら憧れでもある【魔法】というの力が、今は欲しいとも思った。


 しかし、そんな言葉も能力も、お伽噺うんぬんという前に非現実的な、ただの盲信的な欲望に過ぎないものだ。実は嘘でしたという言葉も、それ依然に【ないようなもの】は要らない。手の内に金属製のシャベルが存在を金属の重さでリナに教える。


「あんた。私を騙そうとしてない?」


 低い口調で腕を振りほどいてボンドに聞く。聞かれたことにボンドも反応も大きく牙を剥けたが、声は極力抑えるという気持ちと理性で言い返した。


「はぁ? お前なんかを騙して、俺に何の得があんだよ?」

「っそ、それは……そぉだけど……」

 

 それもそうだとリナも言い淀むのだがやはり、内心で、そんなことをよくもわからない人の言葉一つで信じられるのは宗教の信者か、洗脳者ぐらいなものではないかと思った。


 信じさせるだけの言葉の重みも指導者のように身も心も捧げますというような、心酔させることの魅力がないボンドに、っは! とわざとらしく息を吐いた。


「それってっさぁ? 代償とか、絶対あるやつでしょう? 使えるようになる方法ってのわ」

「ばぁああっか! ぅんなの変な映画やドラマの観過ぎだ。変な影響を真に受けて死ぬってのはフラグだからなっ!」


 ボンドの言葉にはリナも、何もデメリットがないのであれば、と心も揺れ動き、少し言い辛そうに彼に尋ねた。


 彼は身勝手にリナ自身のファーストキスを情報欲しさに奪った。他の誰に配慮をする、という頭すらないとんでもなく傲慢で地上の常識が通用しない相手である。


「本当に、何もないの?!」

 

 さらに確認をされたボンドも眉間にしわを寄せた。


「しっつこい女だなぁ! ちょっとばっかし、人間離れするだけだよっ!」


 しつこいリナにボンドも苛立った声を張る。

 さらに、どういうことをするかの前に【結論】を口走ったのだった。それにはリナの目もぎょっと見開いてしまう。


「ちょっとのことじゃあ死ななくなるだけだっ!」

「!? は、はぁーー~~?!」


 死ぬとか以前の問題である。人間離れをさせる気なのかと。耳を疑うリナに、さらにボンドも喜々と自身の生い立ちを語り出した。


「俺は【人狼】と【魔女】との間の子供だ。色々あって、今は地上で魔法は使えない状況下だが人狼としての――」


 熱く熱のこもった説明するボンドを他所に、リナが研究所の入り口の扉をシャベルで押して開いた。ぎィいい、と鈍い音を立てて玄関の口が二人を招き開く。


「もういい! 行くよっ!」


 聞く耳のないリナにボンドも口をへの字に目も吊り上げ、腕を組むと顔が宙を仰ぎ見た。どうして気になって地上に降下してまでこんな孤島なんかに降り立ってしまったのかと、今更ながらとボンド自身も後悔をし始めている。


 ひしひしと思い知った。人間と魔法使いは歴史が証明するように、決して相容れないのだということを。


「先生ェ~~」

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