第五十六話 特訓
「ちくしょぉぉおおお!」
谷の奥底から大きな声がこだまする。
その声の発生源であるジェイルは全力で地底深くを走っていた。
正確にはジェイルとねこの二人がだが。
「おーいジェイルにねこさん。逃げてたらだめだろうが。せっかく買ってやったその玉鋼の鎧は飾りか何かかー?」
「それでもこんな数に追われるのはごめんなのにゃー!」
ひたすらに走り続けている姿に上から覗いていたスグルがため息をつく。
二人が何から逃げているのか大体の察しはつくだろう。
ここはジェイル達が見つけたゴブリンの巣窟となっている谷。
そして勿論追いかけているのは住処を襲おうとした侵略者を排除せんと顔を真っ赤にして、
ギャギャギャ!
ギャギャギャ!
と必死に叫びながら槍やら小型ナイフやらを振り回している存在。
ゴブリンだ。
「仕方ないな。ルー、行けるか?」
『無論だ』
スグルの問いにルーは力強く返す。
「じゃあ俺らは後ろから少しずつ間引きするから。レイとユーリはその間にあの2人の援護。ナイは……はぐれた個体がいたら各個撃破で」
「分かりました」
「分かったのですわ」
「……俺のだけ適当じゃないか?やるけどさ」
三人はそれぞれ返事をし、自分の役割を果たすための持ち場に向かって行った。
みんなが行くのを確認してからスグルはルーの上にまたがる。
「じゃ、俺らも行くか」
『承知!』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「依頼?」
スグルの問いかけにジェイル達は疑問の顔を浮かべる。
「俺が今死んだのは敵が強かったからなんだが」
「そりゃそうだろな。スグルが死ぬなんて珍しい」
「最低でもレイドクラスの敵だと思う。お前らレベルはどれくらいだ?」
「40行くか行かないかくらいだな」
それを聞いて、意外と高いなと思う。
普段歩いているだけでレベルが上がる旅人と違って戦士職は敵を倒すことでしかレベルが上がらない。
もちろんこの世界のそこかしこにモンスターが蠢いている訳じゃないし、同業者もいる中でそれだけのレベルがあるということはかなりの努力が見受けられる。
「じゃあ今日から三日で50まで上げてもらうか」
「はぁあ!?無理無理無理。てめえ戦士職の上がりずらさ知ってんだろ!」
「いやー、だって最低限50行ってサブ職業くらい解放してもらわないと戦力にすらならんだろ」
「まだ参加するとも言ってねえよ!というか地味にサブ職業ってなんだよ!」
スグルは思わず口が滑った内容に一瞬顔を顰めるが、
(あ、そう言えばサブ職業のこと知らない奴が殆どだったか。まあどうせすぐレベルが上がったら知ることになるだろうし別にいっか)
とすぐに割り切った。
「レベルが50になったらサブ職業ってのを取れるようになるんだよ。しかし良いのか?玉鋼装備一式ってのはお前らの言い分からしてかなり高いんだろ?それをお前らが参加するだけで負担してやるって言ってんだ。お買い得だと思うけどな」
なにせ無償で取れるからな、と心の中で呟く。
玉鋼はスグルのフィールドの超級ダンジョンでいくらでも生産可能だ。
「ううむ……」
ジェイルの悩んでいる姿にあと一押しか、と思う。
「レベル50になるのは簡単だろ?丁度御誂え向きの敵もいることだしな」
「うん?そんな奴いたか?」
「お前が言ってたんだろ。ゴブリンの大群がいるってよ」
それを聞いて後ろにいたメンバーも真っ青になる。
「あれ、あれだけはやめましょう!あんなキモい奴らに迫られるなんて御免です!」
「スグルさんはあの量を知らないから言えるのですわ!」
「確かにあそこの敵全滅させたらレベル50になるかもしれないけどな!」
「無理無理無理無理無理無理」
どうやらトラウマレベルまで引き上げてしまったようだ。
「逆にそんなゴブリンを退治したらスカッとすると思わねえか?それともお前らはゴブリン如きに負ける弱い奴らだったのか。こいつは失礼した。そんな奴らに声をかけた俺もどうかしていたわ」
スグルが安い煽りを吹っかける
その声にジェイルがぴくん、と動いた。
「今なら玉鋼の装備一式前払いで支払ってやろうと思ってたんだがなぁ。あ、使い手が雑魚じゃ使われるのも可哀想か」
「おっしゃ良いだろ!そこまで言うんならやってやんよ!!」
ようやくジェイルがのってきた。
「お前ら、さっきの屈辱を忘れたのか!あんなゴブリン如きに良いようにされて悔しくなかったのか!こんなスグルに煽られるほど俺らは弱かったのか!」
いや、こんなスグルってなんだよと口に出さずに思う。
「幸いこいつの敵に参加するだけで玉鋼装備一式貰えるっていうんだ!精々このクソ生意気なスグルから金をふんだくってやろうぜ!」
残念ながら元締めなので金をふんだくることはできない。
ただ、この声でうな垂れていたメンバー達の目にも火が灯った。
「ふふふ、僕の氷で永遠に溶けなくしてあげるよ」
「ウチのレイピアが火を噴くにゃー!」
「「玉鋼、玉鋼!」」
2人ほど別のことに気が向いているようだが別に良い。
その様子に満足したジェイルはスグルの方に向き直る。
「さっきは散々言ってくれたな。俺たちはスグル、お前の依頼に参加するぜ!」
そう言って朗らかに笑った。
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