第五十二話 海岸
「これは……風か?」
日もすっかり沈み、月の光が夜の森を照らし始めた。
幸い夜でも殆ど見えるため大した違いにはならずそのまま探索を続けていたスグルは顔に風が当たるのを感じた。
森の中で風は殆ど吹いていなかったため、この風は森の外から来たものかと考えたスグルは風に逆らって進んで行く。
そしてだんだんと木々が途切れ始め、感じる風が強くなっていく。
そして完全に森の外に出た時、感嘆の声をあげた。
「おお」
目を見開いて向こうの方を見やる。
森の外にある、丘に出たスグル達は自然とその先にあるものが眼下に見えた。
白い砂浜が横に延々と続いており、向こうにはただひたすらに黒いものが見える。
そして、それは波飛沫と音を立てながら上に浮かぶ月を光ごと映し出していた。
『主君、これはなんだ?』
ルーが不思議そうに聞いて来る。
それを聞いてスグルは納得したように言う。
「そうか、ルーは見たことなかったか。これは海だ」
少し自慢げにスグルは言う。
丘を下りて行き、そのまま砂浜に立った。
夜の海は穏やかで波一つ立っていない。
海特有のザァー、と言う波の音が聞けないのは残念だ。
「うん、しょっぱいな」
海面に指を入れ、それを口に含む。
口の中には海特有の水が欲しくなる塩辛さが広がった。
ルーもそれを見て少し海面に舌を伸ばすと、驚いたように後ろに飛び下がった。
『辛いぞ主君!』
「そりゃ辛いわ。塩水だからな」
その様子を笑って見る。
(海があったのは完全に予想外だ。まあ良い意味で裏切られたってことか。それでもここに来るまでの時間がかかり過ぎだ。森の中を突っ切るので少し遅くなるとしても十時間は移動して来たぞ)
実際、ここに来るまでかなり時間が費やされた。
その甲斐もあって『探索者』のレベルもかなり上がった。
しかし実用となるとここまで来るだけで一苦労だ。
森を拓いて行くにもどれだけの時間がかかるかわからない。
「とりあえず保留だな。ルー、ここで今日は休もう」
「了解した」
砂浜に簡易テントを広げる。
どこかの某アニメのようにボタン一つでテントができたら楽なんだが、流石にそのようには行くはずもなく。
この世界に来て野宿もそれなりにやって来たので現代っ子にしては珍しくテントを張るのも簡単にできるようになった。
広げたテントの中に入ると、中心に結界棒を立てる。
結界棒というのは魔道具の一つだ。
仕組みはよくわからないが、10センチ程度の棒を地面に立てるとそこから半径10メートルの範囲に結界が張られる。
強い魔物ならわからないがオーク程度の打撃なら何度食らっても大丈夫らしい。
なったことはないから聞いた話だが結界が破られると棒も壊れる仕組みだとか。
まあ作成費も馬鹿にならないらしく、一本で50万ゴルドという年収に匹敵する値段だ。
それくらいなら、とスグルは買ったが他に使うのは大手の行商人くらい。
普通の商人は傭兵や冒険者なんかを護衛に雇ってやりくりする。
いつも通り周りに結界が張られたのを確認し、スグルはテントの中に戻る。
「じゃあ結界も張ったから見張りはしなくて良いぞ」
『ああ、我も休もう』
二人は直ぐに寝息を立てた。
◆◇◆◇◆◇◆
「んん……」
翌朝、テントの布に遮られまぶしさだけを与える太陽を疎ましく思いながら起きた。
横を見るとルーはまだ大きな寝息を立てている。
「朝か。起きるかぁ」
手を大きく上に伸びしながら起き上がる。
今の時刻を見たら朝の11時。
昨日寝たのが夜の2時頃だったから九時間寝たことになる。
結界棒を地面から抜き取りまたアイテムボックスの中にしまう。
特に何か思うところもなくテントのたれ布をくぐり外に出る。
一瞬目に日光が入ってきたが手のひらで傘を作って周りを見た。
周りにあるのは一面の砂浜で、後方には昨日通ってきた山が見える。
普通に納得しかけるが、何か違和感を感じてもう一度砂浜を見る。
きらきらと日光を反射して所々で光っているくらいで特に何もおかしなところはない。
もう一度あくびをしながらそろそろルーを起こそうかともう一度テントに入ろうとして、今度こそ目を見開いた。
さらにもう一度砂浜を、昨日まで海があった砂浜を見る。
「海どこだよ!」




