第四十一話 意思
リースティアは、しかし、と続ける。
「此度の会合。開催したは良いが特に何か決める、というような事も考えておらん。もちろん、一番としてはそちらにはヘルネ王領の民となって頂きたいが」
「当然、断らせてもらうよ」
リーシェは間髪入れずに答える。
リースティアも答えを予想していたように、うむ、と頷く。
「勿論そうじゃろうな。こちらとしてはそなたらを敵に回したくない。それよりはお互い、友好的に行きたいと思うておる。何せそちらの情報があまりにもないからのう」
「それはこちらも同じだよ。何せ急に霧が晴れて困ったのは私達なんだから」
「それもそうじゃ。して今回の会合、何か決めることはあるかの?」
テーブルに出された茶を口にしながら話す。
「そうだね、正直私達為政者でも人の足を止めることはできない。私達がいくら止めようと交流はするだろうね」
「じゃろうのう」
「私達が聞きたいことはまず、ヘルネ王国はこのような事態にどのような対処をするのか。そこのルージュ辺境伯殿とは隣り合わせの土地にあるのだからね」
リースティアは、ふむ、と目を瞑りながら答える。
「此度の件。ワシら、ヘルネ王国側としては手を出すつもりなど毛頭ない。先程も言うたと思うがこちらはそちらと友好的な関係でありたい。そう思うとるのじゃ。こちらが出す国令としてはこの会合次第じゃがそちら側に害はないものにするつもりじゃ」
「へえ、こっちは小さな町一つだって言うのに随分と気前がいいね」
「そんなこと出来るわけないじゃろう。わしらとて最低限相手のことは知っておるつもりじゃ。のう、叛逆の英雄殿?」
リーシェが少しだけ震えた。
そしてニヤリと笑う。
「へえ、そこは知っているんだね」
「勿論じゃ。そしてそちらのシルク殿。そなたも『激震』の名を冠した偉人じゃろうが。残念ながらそちらの少年は知らぬがの」
「そりゃ、この少年はこっちの秘密兵器だからね」
リーシェはスグルの頭に手を置いて答える。
それを見ながらリースティアは言う。
「話を戻すがの。ワシらはそちらに敵意など持ち合わせておらん。手土産も持ってきたが、その中に世界の歴史書も入れて置いたのじゃ。無論、信じるかはそちら次第じゃが、少なくともすぐに調べて出て来るようなことで関係を崩す何てことはする気はない。そこだけは信じてもらいたいのじゃ」
「それは、こちらとしても本当にありがたいね。交換みたいになって無粋だけどこちらも少しばかり手土産を持ってきておいた。あとでのぞいてみると良いよ」
リーシェも最初に纏っていた剣呑な雰囲気は消しており、かなり穏やかになっている。
少なくともスグルからはそう見えた。
「それはかたじけない。と、話が弾むおかげでどんどん脇道に逸れていくのう。此度の交流で何か言っておきたいことなどはあるじゃろうか?」
「そうだね。この領主館に来るまでに町の様子を見させてもらったけど、沢山の種族が一緒に居たよね。これは普通のことなのかな?」
確かに言われてみれば、とスグルは今更ながら町の風景を思い出す。
始まりの町で見慣れて居た光景だっただけに代わり映えしないと感じて居たが、元はと言えば種族間の抗争のせいでリーシェ達は始まりの町をつくったんじゃないか。
それがヘルネ王国では一般化していると言うことはつまり、そう言うことなのだろうか。
そう思ってスグルはリースティアの方を見る。
視線が自身に集まっているのを感じたリースティアは残念そうに首を振った。
「残念じゃが、それはワシらヘルネ王国だけがそのような状態じゃ。歴史書から分かると思うから先に言うておくが、ワシらもこの世界では異端の国。先にリーシェ殿が通ってきた道をワシらも通ってきたのじゃよ」
「成る程。一つ聞いておきたいんだけど、使徒はどうなったのか知ってる?」
「勿論じゃ。ワシらヘルネ王国は大陸の東を占める大国として位置しておる。ヘルネ王国の近隣にはエルフの森もあっての。今は国交を盛んに行っておるよ。エルフの使徒、ヴェラストルは百五十年前にワシの祖父が討ち取ったようじゃ。と言うてもエルフの民もいい加減使徒には愛想をつかしておったらしいからのお。それほどの力は有しておらなんだらしい」
エルフの使徒は既に居ないと知りリーシェは何やら複雑な表情になる。
元はと言えばその使徒が原因でエルフの森を出ることになったのだ。
色々と思うこともあるのだろう。
リースティアは一息入れて続きを言う。
「町にはドワーフも多くおったじゃろう?既に使徒の束縛は離れたようじゃ。実際ドワーフの国とも国交は行っておる。ただ、使徒の消息は不明じゃ。同じくして、獣人の使徒も既に居らぬ。ただこちらもその存在は掴めとらん」
リーシェ達が霧の中で過ごしていた間に時はかなり進んでいたようだ。
リースティアの口から聞いてスグルは改めてそれを実感した。
「あとは人間だね?」
リーシェが確認するように言う。
「そうじゃ。人間の使徒のみは未だ存在を確認しておる。その前に事前知識としてじゃが。この大陸には数多くの国がある。ここいらの国では、ワシらヘルネ王国、そしてエルフの森、ドワーフの国。この3つは同盟国じゃ。逆に人間至上主義、他種族は奴隷としか思って居らん国、ミザール教国。先程言った人間の使徒もそこにおる。そして独立、中立の位置にあるアマレッティ帝国。帝国は最もよくわからん国じゃ。ただこの帝国が位置している場所がちょうどヘルネ王国とミザール教国の間じゃから小競り合いなどはここ数十年おきて居らん」
「成る程ね……一応はエルフの使徒を倒してくれたことに感謝しておく方がいいのかな?」
「その分も仲良くして貰えるとワシは嬉しいのう」
そう言いながらリースティアは外を見る。
窓から差し込む赤色の日差しは既に夕方を過ぎていることを示していた。
リースティアは、パン、と再度手を鳴らす。
「さて、そちらも急にたくさんの情報で思うこともあるであろう。一旦会談は終了、また後程再開するとしようではないか?」
「やっとか!小難しい話ばかりで腹減ったぞ!」
ルージュが勢いよく立ち上がる。
「これ、ルージュ。お主はもう少し貴族としての認識を持つべきじゃ。とは言え腹が減ってはなんとやら。リーシェ殿、当然じゃがそちらがこの街に滞在する間の面倒はしっかり見させてもらうがよろしいじゃろうか?」
「勿論だよ。よろしく頼むね」
「ふふ、了解した。では腕によりをかけた料理を作ってもらうとしよう。今日は出会いを祝して、宴といこうではないか」
リースティアは嬉しそうに笑ってそう言った。
3人称視点の方が安定してる気がする...もちろんわからないけど




