第八十六話 鍵と扉
「おっ、これ美味いな。おっちゃんもう五つくれ」
「あいよ、100ゴルドだな」
硬貨を渡し屋台に立っている男性から紙袋を受け取る。
中に入っているのはパンを軽く揚げたもので、中にはふわふわのマッシュルームとボアの肉がたっぷり入っている。
熱々のそれを一つ手にとって残りはアイテムボックスの中にしまい、食べ歩きながら次の屋台を見て回る。
砂の海を渡る事が出来ずダンジョン攻略を中断してから二日の時が過ぎていた。
午前中で授業も終わり、すぐにこちらにログインしてきたスグルは特にやることもなく、屋台の食べ歩きをしていた頃、一通のメールが入ってきた。
熱々のパンを頬張り肉汁を口に広がらせながらメールの内容に目を通す。
(なになに……『建国終了。全員一度会議を開くから集合。時刻:3:00〜 場所:ダンテの商館(始まりの町)』か。ダンテらしい簡潔な内容だな)
メニューウィンドウを開き今の時間を見る。
(まだ1時か。ちょっと早過ぎだな。何して時間潰すか)
うーむ、と頭を捻り何かなかったかと考える。
突然「あぁー!!」と思い出したように大声をあげた。
街中でそのような大声をあげたため当然のように人の注目を集める。
すぐにペコペコと謝り、路地裏に行く。
(そうだよ、忘れてた。クラーケンの時の鍵まだ開けてなかった。暇だし時間までまだ余裕あるからどうせなら行ってみるか)
思い立ったが吉日ということですぐにクラーケンの洞窟の奥まで次元の門で移動する。
「あったあった」
壁に小さな鍵穴を見つけ、クラーケンドロップの鍵を差し込みぐりっと回す。
ガシャン、と大きな音を立て中で歯車が噛み合ったようになにかが動き始める音が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
洞窟全体が揺れているような感覚に襲われ、思わず手を床につけ態勢を整える。揺れは10秒ほどで静止した。
前を向くと、鍵穴を中心にガラスが割れたような模様の光が壁に広がっていた。
「……鍵をさしたら目の前に光が差し込んでる感じの壁があった、なんてか?つかこっからどうすんだよ」
スグルは恐る恐る1番光が強い鍵穴の部分に手を当てる。
何か起こるかと身構えていたが、予想に反して壁があった部分一瞬で崩れ落ち光がスグルの周りを囲い込む。
(……っ、吸われる?これは次元の扉を潜る時に似ているな。ということは逃げるだけ無駄か)
何が起ころうともすぐに反応できるようにと冷静に判断しながらスグルは流れゆくままに光に吸い込まれて行った。
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次元の扉と違い数瞬の間浮遊感に身体が包まれていたが、すとん、と地面を踏みしめる感覚が足に戻った。
「やっと着いたか。で、此処は一体……?」
何もない空間。その一言に尽きた。
世界が白に染まっており、全てが白に包まれた世界。
今乗っている地面も、そこにある花も全てが白。
(此処からどうしろっていうんだ?何かするわけでもないなら早く帰りたいものだが)
この世界に来ても何もアクションが起こらないまま時間だけが過ぎて行くのに苛立ちを感じ始める。
そもそもで待たされるのは嫌いであるので余計に腹立つ。
(ふむ……帰るか)
普通の人間ならその発想は湧いてこなかっただろうが、此処にいるのはスグルだ。
そしてスグルは【次元の扉】という移動アイテムで帰ることができる。
妙案だとばかりに早速思いついた通り次元の扉を出現させた。
そしていつものように入ろうとした時、どこからか分からないが声が響いた気がした。
後ろを向いたが誰も居ないのを確認した。しかし、声はどんどん大きくなって行く。
上にも範囲が伸びている【空間把握】がいきなり物体が入って来たのを感知した。
それは物凄いスピードで一直線に落ちて来ている。
しかし、事前に分かれば対処も可能ということでスグルは余裕を持ってステップで回避した。
ドスン!
と大きな音を立て地面に人型の穴が生まれる。
そこからうぅ、という呻き声とともに手、身体と続いてはいでてきた。
「誰だ?」
スグルは短く問い、鍔に手を添える。
普通なら痛いなどという話でなく、一瞬でポリゴンとなるはずの致命傷にも関わらず
「あーいたたた。出現位置間違えちった。君も受け止めてくれたら良かったのに」
「受け止めたら俺が死ぬわ」
などといきなり軽口で服の埃を払っている。
「それは困るね。ようやく来てくれたのに」
彼女はそう言ってにっこり笑った。
鍵の話をいつ出すかずっと迷ってたんですが、そろそろ存在も忘れられるころかなと思い今出しました。