しがない聖女とレティーシャの話
「きっと、不死族を探していたんだと思う」
子供が喜びそうなファンシーが余す事なく店内を彩る軽食屋さん。
運ばれた飲み物には白いフワフワが乗っていて、それは信じられない甘さです、まさに魔法のフワフワと言っていいと思います。
「レティーシャさんは、不死族を探す為に鑑定屋さんをしていたのですか?」
「うん、私と出会った時はそうだったんじゃないかな? だって、私が不死族と分かると飛びついてきたもの」
彼女は白いフワフワが入れられたカップに両手を添えて、丸いテーブルの対面に座る私を見て口の端を持ち上げました。
不死族を探していた、それだけを聞くと私達と同じ様に世界の事を知りたかったのかなと思います。
「その当時も世界の境は行われていたんですか?」
これはきっと世界の境目の後の事、世界の境目は唐突に現れた光の破壊者が行った出来事で、世界の事を知りたいと思うなら、それはきっと世界の境の事を知っているからなのでしょう。
「行われてないよ、初めての世界の境が行われるほんとに少し前の事だから」
「え?」
予想外の言葉に丸い声が飛び出しました。
私とマイルさん以外のみんなは不思議そうに私に振り返ります。
「なんでお前が驚いてるんだよ? 世界の境に関係する人だから話聞きたいんじゃないのか?」
私が話を聞きたいと言った理由は、レティーシャと言う名前に聞き覚えがあったからです。
その人が世界の境に関係してるなんて考えはありませんでしたが、ちょっと分からないので黙っておきます。
「え?そうなの? 私そんな話は知らないよ?」
逆に彼女が驚き、小さく身を乗り出す様に私に問いかけましたを
「いえ! いいんです! 気にしないで下さい!」
私は慌てて腕を振りながら弁明しますが、彼女は顎あたりに自然に立たせた人差し指を当て、少し考えました。
「そう言われると、レティーシャは世界の境の事を知りたかったのかも知れないね」
「そうなんですか?」
でもそれはおかしな事だと思います。
だってそれは初めての世界の境が行われる前の事、そんな事は竜王にしか分からず、ただ世界の事を知りたかったと考えるのが妥当だと思います。
なんで知りたかったかは私には分かりませんが。
「うん、光の破壊者の事を詳しく聞かれたかな? どうして現れたのか、光の破壊者はその後どうなったかとか、大体言い伝わってる事しか話せなかったけど、妙に納得してたなぁ」
「単に昔の話に興味があっただけじゃないんですか?」
「どうだろうね、その話の後からレティーシャは世界樹の事を調べ出したの、私が知っている事や一緒にいろんな文献を読んだりしたわ」
「世界樹を?」
「そうよ、昔の話というよりも、生命力や世界樹はどうやって出来たのか調べてたよ」
好奇心、それで済ませられそう気もしますけど、なんとも言えませんね。
「当時は一緒にいたんですね」
特に意味もない言葉です、当時は一緒に過ごしてたんだろうと思い口を出た言葉。
「ライオルの街ではね、レティーシャはいつも峠を登って帰っていったから、不便な所に住んでたものよね」
「ん? 峠ってラース峠の事かい?」
今まで黙って話を聞いていたマイルさんが初めて口を挟みます。
「そうよ、ラース大陸端のラース峠、先には海が広がるだけでなにもないあそこ、毎日あの峠を上り下りしてたのに、いつも元気だったよ」
一緒にいる時間が余程楽しかったのか、彼女は目を細めますが、それとは対照的に考え込む様に真剣な表情のマイルさんがいました。
「そうだね、あと世界樹も見えるよね」
「マイルさん、行ったことあるの? 確かに位置的には見えるかもしれないね」
「うん、度々行ってるよ。小さくて素朴だけど、素敵な小屋が確かにあるね」
「ん?多分その小屋じゃないよ? もう何千年も前の話よ? レティーシャの作った小屋とは別物だよ、流石にもう朽ちてるよ」
マイルさんは軽く息を吐く様に ふっ と何か悟ったかのように微笑します。
「そうだね、普通なら朽ちてるよね。その後レティーシャさんとはどうなったの? 」
彼女は少し不思議そうに目を丸くして頭を傾けていましたが、マイルさんの問いかけに眉をしかめます。
「私は一度ここに戻って来たの、レティーシャが見たいと言った本を取りにね。次の日にはライオルの街で落ち合う約束をしてたんだけど」
「世界の境が行われたんだね」
「話の流れから分かっちゃう? うん、丁度その時に世界の破壊が行われたの」
…………?
二人のやり取りに私は小首を傾げます。
確かに世界の境が行われたと想像する事は出来ますが、タイミングがなんというか……偶然ってそんなものです?
彼女は残念そうに顔を俯けましたが、すぐにぱっと顔を上げました。
「あ、でもレティーシャは破壊に巻き込まれてはいなかったみたいなの、私はその後ライオルの街に行った、ライオルの街はその原型をほとんど留めていなかったけど、約束の場所に行ったらこれが置いてあったから」
そう言って上着に隠れた右腕をさらけます。
彼女の右腕には、丸い手作りの輪っか。腕輪には見えませんが、そういうアクセサリーにも見えなくはないそれを、私は見た事がありました。
「レティーシャが鑑定の時に使っていた鑑定の輪っか、彼女が魔力を込めながら作るみたいで、彼女の魔力じゃないと上手く扱えないの、これは失敗作だって見せてくれた奴だから、尚更使えないけどね」
彼女は自分の右腕から輪っかを外しテーブルの上へと置きました。
「え? あ、あの? 見てもいいですか?」
遠目に見ても、私はそれに似た物を知っています。
それはプリシアを精霊化する時、媒体として使った鑑定の輪っかにそっくりでした。
「うん、いいよ。でもさっきも言った通り、本人じゃないと使えないよ? 一番新しいのなら私でも色々鑑定出来たんだけどね」
私に彼女の言葉は聞こえている様で、聞こえていません。
偶然? 偶然ってこういうもんですか?
私は不思議に思いながらその輪っかを手に取り、恐る恐る輪っかを通して彼女を見ました。
「エルシャ・クゥウェルハイム……」
輪っかを通して見えたのは名前だけ。
「え? うそ? なんで見えるの?」
「なんで……見えるんでしょう……?」