しがない聖女は吐き散らす
「マイルさん、よろしくお願いします!!」
私はマイルさんにお姫様抱っこされ、彼の首を抱え込みます。
強く強く、ぎゅっと体を密着されます。
「レティシア、くっつき過ぎじゃねぇか?」
「プリシア、油断したら死ぬよ?」←?
家先で見送るプリシアがそんな言葉を吐きますが、全くくっつき過ぎじゃありませんね。
出来る限り密着しないと多分私は余りの速度に気絶するでしょう、意識を失いながら胃の中を空っぽにする自信があります。
「じゃ、行くよ」
「ふぅ、すぅ……で、出来るだけ優しく……」
パリリ っとマイルさんの足が放電さながら、雷を纏います。
パリリィ─────ッッッ!! ドンッ────────っっっ!!
夜の時みたいな凄まじい衝撃が無かったのは、きっとマイルさんが出来るだけ優しくしてくれたのでしょう。
キュ───────ッッッッッッッ!!!!!!!
まぁそれでも人が出せる速度ではありません、私は目を瞑り頭をマイルさんの胸元にピタリと合わせ、身を縮こませていたのですが……
「ゃさしくぅぅぅぅぅううぅぅぅうぅ・・・・・・・・・・・・!!!」
体が吹っ飛んだと思う程の重さと風を感じました。
怖すぎて目を開ける事も出来ません、もっと私を強く抱いて!! 抱きしめて!! 絶対離さないで!!
なんて乙女チックな事ばかり思いました。
まぁ当然ですよ、だってこれ多分私マイルさんから離れたら死にますもん。
きっと稲妻に近い速度とは言いませんが、そういうレベルの速度なのでしょう。
人が体験していい速度ではないのです、これで辞めてほしかったら僕と付き合ってって言われたら喜んでお付き合いしますと懇願するかもしれません、吊り橋効果もびっくりのときめきを感じてしまうでしょう。←??
「あぁ……別にくっつき過ぎじゃないな……」
プリシアが言葉を発した時、私は既にその言葉が届く場所にはいませんでした。
空を飛んでいたと思います。
私は青い一本の稲妻になったんです。←(実は正しい)
◇ ◇ ◇ ◇
竜王に会う前に、どうしても行きたい場所がありました。
多分、察しの通りです。
世界樹に会いに行かなければ行けない、そこに答えがあるとは思いませんでしたが、世界樹が何かを知っている事は容易に予想出来ます。
竜王が行ってきた世界の境や、竜王が過ごした日々を知っている事は想像に容易く。
それ以外の、何か核心に迫る事を知っているだろうと思いました。
『貴方の声ならばあるいは……』
それは私が闇の聖女で唯一の可能性だからこそかもしれませんが、確かめられずにはいられませんでした。
「おぇぇぇぇぇ……オロロロロロォ…………」
「……えっと……レティシアさん……? 大丈夫……??」
私は世界樹が聳える野原に降ろされると、とりあえず傍らで吐きました。
目の前には悠悠閑閑と佇み、燦爛と光を放っている様にもみえる世界樹があるのですが、本当にそれどころではありませんでした。
それよりもマイルさんの胸で吐かなかった私を褒めてあげたいと強く思います。
「だ、だいじょうぶえぇぇぇぇ……余裕ゔぇぇぇぇぇぇええええぇぇ」←(死にそう)
ふふ、水を持参しておいてよかったです。
もうこうなったらトコトン吐いてその後で綺麗に口を濯ぎ、何事も無かった様にしましょう、そうしましょう。
マイルさんが私の背中をさすってくれました。
私は今までで一番と思える程吐き散らしました。
「心配しなくてウボォォォォォ…………大丈夫でぱぁぁぁぁぁぁ……」←(吐きすぎ)
「あ、うん……そ、そうだね……」←(若干引き気味)
いや、あのですね? 無理ですよ?
馬車では到底味わえない空気の圧を感じましたよ? いえ、あれは馬車とは別物ですね。
この世のものとは思えない色んな圧を感じましたよ?
多分空から落ちるよりも強い風を感じましたよ?
内臓が持ち上がるなんてレベルじゃないです、人間が味わったらいけないレベルの体験だと自負しました。
「マイルさん……後はお願いジバズゥゥゥゥゥ オロロロロロォ」←(もういい、休め)
「あ、あぁ……ま、任せて……後は僕が……やるよ!」←(本当に死ぬかもと思ったマイルさん)
その言葉を聞いた私は何故か安心してしまい、マイルさんを見上げフラリと意識を失いました。
緊張の糸が切れたんです、それだけ限界だったんです。
まぁ、マイルさんを見上げた時、マイルさんが私の顔を見て少し引いたのが分かりましたけどね。
そんな酷い顔だったんでしょうか?←(そりゃおまえ……)
◇ ◇ ◇ ◇
『吐き過ぎです』
随分久しぶりに世界樹が私に問いかけました。
久しぶりとは思えない内容だったのは言うまでもありません。
「ご、ごめんなさい……」
素直に謝ります、真っ白な世界に佇む大きな世界樹、それは先程みた世界樹と何一つ変わらなかったと思います。
私は世界樹の前に立っていて、ペコリと頭を下げました。
言いませんけど、私はマイルさんにも若干の責任があると思いますよ?
だってあんなの私じゃなくても吐き散らすと思いますもん。
『お久しぶりですね、ずっと見てはいたのですよ』
耳に聞こえる優しい声、いつか聞いた声よりもはっきりと優しい声色を感じます。
世界樹は白く煌々とした柔らかいレースの様な光を纏い、それが揺らめいている様に見えました。
神様がいるとしたら、きっとこういう存在をいうのでしょうね。
「あの……竜王の事を聞きに来たんですが……」
緊張をしながらも、私は世界樹に問いかけます。
何も知らないままでは、私の言葉は竜王に届かないと思ったのです。
『えぇ、私は知っています。ですが、それを教える事は出来ません』
「え……? 何故……ですか……?」
知っていれば教えて貰えると思った私は少し驚きます。
それを教えて貰った方が竜王の気持ちや、抱いてる思いだって共有出来ると思っていました。
『それは、あの二人だけしか分からない事だからです』
「?? どういう事ですか……??」
世界樹がふっと微笑んだ気がしました。
きっと姿があれば笑ったと思います。
『大丈夫です、竜王も気付きます、気付かない訳がありません』
「えぇ……?? あの……全く分からないのですが……」
『貴方は、貴方の思う方向に足を踏み出せばいいのです。そうする事で確かに伝わる物があるのです、私達の知らない所で』
何故でしょう、すごい疎外感を感じますね。
きっと私はその事について蚊帳の外なのでしょう。
「えっと……私は私の思う事をすればいいんですか?」
『そうです、それで大丈夫です。竜王も、或いはもう気付いているのかもしれません、後は貴方が背中を押してあげるのです』
「あの……背中を押してあげるも何も……何も分からないのですが……(涙)」
ちょっと泣きそうになりました。
意味が分からなくてです、私はそれを知ったらダメなのでしょうか?
『えぇ、貴方は貴方なのですから、レティシア・プリシエラとして、前に進むのです、私はその先がどうであれ、世界を見届けましょう』
「レティシア・プリシエラとして……ですか……?」
『私は信じていますよ、闇の魔石を宿した貴方を感じた時信じる事にしたのです。思いは、ずっと紡がれていたのだと分かりましたから』
その言葉を最後に、私の視界は白く眩んでいきました。
『何千年の時を超え…………貴方の……思いは……形を……なしましたね……』
もう途切れ途切れに聞こえる声は、耳に届いても頭には入ってきませんでした。
『レティー……シャ…………』
それは誰の名前だったのでしょうか。