闇の聖女は?
「レティ…………」
「レティシア………」
「 レティシア 」
暖かい光から声が聞こえます。
聞きなれない声ですが、一度聞いたことのある声です。
私はゆっくりと瞼を開けて、その声に答えます。
「ふふ、鑑定眼。初めましてですね」
目の前に瞳を潤ませる黒髪ロングの可愛らしい女性。今までの言動からこんなに鑑定眼が可愛いとは思いませんでしたね。
「起きるの遅い……何してんだよ……」
涙も拭いもせず、私の肩をギュッと抱きしめてくれます。言葉とは裏腹に、心配してくれたんだと分かります。と言うか、どうゆう原理で人型になったのかよく分かりません。
「レティ? もぉ、無茶したらダメでしょぉ?」
微笑みながら私の手をとるモニカ、少しむくれてる様にも見えますが、嬉しそうです。
「お姉ちゃぁぁぁぁん」
ルルがガバリとお腹辺りに飛び込みます。わんわんと泣いていますが、無事な姿に笑みがこぼれてしまいます。
ルルの頭を優しくなでながら、私は鑑定眼に視線を向けます。
「ありがとう。みんなを守ってくれたんだね」
「当たり前だろ? 余裕に決まってる」
涙を拭い、そっぱむく鑑定眼。少し頬が赤く染まっています。もしかして照れ屋なのかもしれません。
「だから、お前はもう無理しすぎるな」
ツンデレって奴ですか? そうですね?
キィ っと音が鳴り部屋の扉が開きます。扉に顔を向けると町長さんとギルドのマスターの姿が現れました。
「目が覚めたか? みんな心配しておったぞ? 特に鑑定眼がな」
「うみゅぅぅぅぅ!!」
なぜか怒ったうーたんが私の頭にしがみつきました。
「あれから、どうなったんですか?」
◇◇◇◇◇◇
私は三日程寝ていたそうです。
鑑定眼はいわゆる精霊化で実態化した様です。強い生命力を持つ者が、強い生命力を持つ者に魔力、気を施すことで精霊化を行う事が出来ます。
普通は実態あるものにしか出来ない事のはずなんですが、鑑定の輪の魔道具を媒介に、自我を持つ魔眼であった鑑定眼を合わせる事により、
大きくなった生命力は人体を形成したのだろうと町長さんは教えてくれました。
今は出来る人はいないそうですが、昔エルフ族でも。十数人の生命力を大樹に宿し、そこから生命を作り出す事が出来たと聞きました。
ただ、昔に比べ衰えた生命力では、今は何十人でやろうと生命を作り出すだけの生命力を集める事は出来ないらしいです。
闇の聖女の力はとてつもないなと町長さんは笑って話しました。
今にして思えば、昔の人が今の人より生命力が強かったのには理由があるのでしょうか? 明日にでも町長に聞こうと思います。
光の破壊者がエルフ族を、長寿の種族を破壊しない理由も分かりません。
光の破壊者が竜を束ねる竜王だという話も出来る限り詳しく知りたいですね。
色々聞きたい事は盛りだくさんです。
そして私が目覚めてすぐに気づいた事が一つ。
私の右目は鑑定を行う事は出来なくなっていました。
鑑定眼が一人立ち、っと言ってはおかしいですが、個として存在しているのです。私の眼に鑑定眼が残っているはずがありません。
今まで見えていたものが見えなくて不思議な感じですが、鑑定は鑑定眼が行ってくれるでしょう。
まぁしっかり鑑定してくれるとは思いませんけどね。
どうせ意地悪を言うに決まっています。長年付き合った私には分かります。確実です。
優しいくせに、意地悪なんです。
今日はゆっくり休めとの事で、町長さんから光の破壊者の話は明日教えてもらうことになりました。
催促されるままベッドに横になると、何故か私のベッドにルルとうーたんが潜り込み、モニカがベッドの傍らに置かれた、クッション付きの大きな椅子に腰かけながら私の手を握りしめます。
鑑定眼は当然の様に私の横で眠り出しました。
私の寝ているベッドがでかい理由が分かりました。わけわかりませんけどね。三日間こうやって寝てたんですか?
涙が零れたのは内緒にしておきます。
私自身この時は気付いていませんでした。
この時、私は闇の聖女としての力を失っていたのです。
正確には闇の力だけを失っていたんです。
隣で眠る鑑定眼が私の服をギュッと掴んでいます。
鑑定眼だけは分かっていたんだと思います。
私は 闇の聖女 ではなくなっていたんです。
はい。私にもよくわかっていません。分かるわけないです。
それがどういう事かなんて、分かるわけがないのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「光の破壊者が竜王だと、なんでエルフ族は知っているんですか」
5人でテーブルを囲みながら、町長さんの話を聞きます。うーたんは私の頭の上にいるんですが、まぁいいでしょう。真面目な話なんですけどね。
「エルフ族の寿命は長い。前回の世界の境を目撃したのはワシの曽祖父じゃ。語り草にするにはちょいと早すぎるじゃろ」
人族であれば2000年という月日が経てばおとぎ話になるでしょう。人族の寿命は約100年、二十代前の話がしっかりと語り継がれるとは少し考えにくいです。
「でも、何故破壊されないかはご存知ではないんですよね?」
もしも理由が明確であれば、魔竜に騙される事はなかったのです。
2000年前に破壊されない事実は伝えられつつも、その理由についてはエルフ族も知らないのでしょう。
「うむ、分からん。が……魔竜が竜王と繋がっていないと知って少しだけ思い当たる事があるんじゃ」
町長さんの言葉を待ちます。どんな事でも、手掛かりになるかもしれません。
「今ある世界樹は、元々天神族とエルフ族を加護する世界樹じゃったと言う話は、知っておるか?」
「どういう事ぉ?」
モニカが眉を顰め、しなやかに体を傾けて問いに聞き返します。
「世界には元々四つの世界樹があったと言われとる。それぞれの種族を加護する世界樹じゃ。天神族とエルフ族。魔族と妖精族。人族と獣人族。巨人族と小人族。それぞれに加護する世界樹があったらしいの」
ルルは何がなんだか分からないと言った感じですが、真剣な話だと分かるのでしょう。懸命に話を理解しようとしています。
「なぜ今世界樹は一つしかない? その理由も知っているのか?」
「こればっかりは言い伝えじゃ、竜王の話とは違う。ただ、純血のエルフ族と混血では確かに違いがある」
そういって町長さんは右腕の袖を捲ります。
そこには何か紋章が刻まれています。情報屋をしていた時でさえ聞いたことのない話です。
「天神族が純血を守るために町に制限をかけているじゃろう? それはこの紋章を守る為ではないかと思っているんじゃ」
「全く分からん。どういう事だよ?」
艶めく黒髪を揺らしながら、鑑定眼が片手で頬杖を付きながら、もう一方の手の平を上に向けます。物凄く可愛いのに女の子らしくない口調に少し笑ってしまいそうです。
「この紋章は純血にしか現れん。他の種族の血が混じった混血には現れんのじゃ」
「エルフ族とぉ、天神族以外のぉ 純血にも現れるのかしらぁ?」
「昔妖精族の長と話をした事があるが、紋章を持つものはいなかったそうじゃ。ワシも破壊に関係があるとは思っていなかったが、光の破壊者がエルフ族と天神族を破壊しない理由は、それに関係してるんじゃないじゃろうか?」
「え? ま、待ってください。確かに天神族は2000年前の破壊で生き残った人がいると聞きましたが、まさか、天神族の中で生き残った人がいる。じゃなくて……2000年前の破壊で天神族は町ごと生き残った? という事ですか?」
「天神族の事は分からんが、言い伝え通りエルフ族と天神族の世界樹であったなら、天神族の純血も殺される事はあるまい。そもそも長寿のエルフ族と天神族の純血がこれほど残っているのが何よりの証拠じゃろう」
言われてみればその通りですね。今エルフ族には男性はほとんどいないと言うのに、ギルドが点在する町ほどの規模があります。
天神族の町は小さな都市並みに天神族がいて住宅街まであったぐらいです。世界の八割近くが混血の今の現状でエルフ族と天神族の純血はかなり人数は多いでしょう。
「いつ頃昔かは分からんが、エルフ族は生命を作り出す事が出来たと言ったのを覚えているか?」
「はい、覚えています。昔の人は生命力が強かったのかと疑問に思っていました」
「うむ。ワシも推測の域を出んが、世界樹が4本あった頃だとは考えられんか? その頃の力がまだ残っておるんじゃないだろうか?」
生命の源とされる世界樹、その世界樹が4本あり、それぞれの種族に加護が合ったと仮定すれば、今では信じられないことも出来る可能性はあります。
現に今の時代でも精霊化は実現出来て、闇の聖女としての力でしょうが、鑑定眼が実体化しました。出来るのであれば、きっとその時代なのでしょう。
「加護の力が残っている……と言う事ですね」
「そう考えるしかあるまい。何故加護の力があって、光の破壊者に狙われないかは分からんがのう……」
「詳しく調べるには……」
長寿と言われる種族には話は聞きました。どうやら話の真相は世界の境、2000年前が重要になってきそうです。
しかし2000年も生きている生命なんて……
「竜王か、世界樹ぐらいか?」
同じことを考えていたのでしょう。鑑定眼が腕を組み俯きながら答えます。
「もう一人心当たりがあるぞい? 不死の魔族じゃ」
「話に聞いたことはありますが、居場所は分からないのでは?」
不死の魔族の話は情報屋時代に聞いたことがあります。旅をしていてどこにいるか分からない。見た目からは不死だとは判断出来ないとか、会っても気付くことも出来ないらしいです。
「ダンジョン内に町を作っているらしいぞい? 先々代の頃かの? 光の破壊者の話を聞きたければそこにこいと旅の不死者が言っておったらしい」
「それぇ 先に言うべきじゃないかしらぁ?」
「何時言うタイミングがあったか聞きたいわい。言うタイミングなんてなかったじゃろう」
「まぁ、魔竜にレティシアの事に聞くタイミングはなかったな」
「どれ、場所を教えてやろう。地図はあるか?」
地図を取り出し私は気付きます。この大陸の地図持ってないですね。
「あの……どこかに地図売ってますか……?」
世界地図を買っておくべきでしたね。贅沢は敵なのです。地図を持ってなくても仕方ないのです。
「代金なんていらんわい、エルフ族の英雄達じゃぞ。持って来るからちと待っておれ」
町長さんは椅子から立ち上がり、思い出したように手を叩きます。
「おっと、魔竜から出た魔石と素材を換金した金貨も持って来るから待っとれよ」
「あらぁ。魔石とか出てたかしらぁ?」
「全く知らなかった」
「お主らに余裕はなかったじゃろう。ワシらも見つけたのは昨日の事じゃ。それどころではなかったからのう」
町長さんは笑いながら部屋から出ていきました。
どうやら私の事で頭がいっぱいだったみたいですね。目頭が熱くなります。
微笑むモニカに、照れる鑑定眼。
「鑑定眼。名前をつけよ? 鑑定眼じゃ色々不便だよ?」
「はぁ? 別に名前なんてなんでもよくね?」
「名前を聞かれてぇ 鑑定眼 っていうのは変よぉ?」
「お姉ちゃん可愛い……可愛い名前がいいと思う……」
私にとって鑑定眼はずっと一緒にいた存在です。姉妹みたいで実態化したことが実は嬉しかったりします。
意地悪な妹ですけど。妹ですよね? 鑑定眼がお姉ちゃんって感じではないですよね? 私がお姉さんですよ?
「プリシア」
だからと言うわけではないのですが、私に近い名前が頭に浮かびます。
「プリ姉!」
「あらぁ 可愛い名前でよかったわねぇ♪ プリシア♪」
「プリシアって(笑) おまっ(笑) なんか姉妹みたいじゃね(笑) プリシアって…………いいよ」
笑っていたはずのプリシアは、頬を染めてにやける口元を必死で閉じようとしている様に見えます。口角がピクピクと動いています。
まぁいじめたら可愛そうですし、私がお姉さんですしね。こうやって見ると可愛いですねプリシアは。
「ダメな妹を守ってやるよ。美しく可愛い似ても似つかないお姉さんのこの私がなっ!」
「待って! 私がお姉さんだしっ! 私のが可愛いし!!」
「お前……私と体を比べてみろよ……」
そう言われて初めて意識してみると、モニカには及ばないまでも、私より胸が大きい(泣) 私よりしなやかな体(泣) そして長く艶めく黒髪。
「う……うぅ……」
「ほれ? どうした? 言ってみ? どっちがお姉さんか言ってみ? ほれ、どしたどしたぁ!?」
眼前に突き出されるたわわな胸。わ、私だってどっからどう見ても女の子です! モニカとプリシアがちょっとセクシー過ぎるんです! ふ、二人が化け物なんですよ!!
「う……くぅ…わ、わたしが……おねえさ……」
「ほら、レティシア? 触ってみる? 柔らかい? 柔らかいだろ? ほら、みてみ。女らしい曲線だろ? レティシアはちょっと緩め……だけど……な(笑) あ、おっぱいだったのそれ?(笑)」
「わ、わたしがお姉ちゃんだもおおおおおん!!(泣)」
「レティ姉どこいくのぉぉぉぉぉ!!?」
「あらぁ……レティは相変わらず可愛いわぁ♪」
「くっくく。あっはっはっは HAHAHAHAHA☆」
「うみゅぅぅぅぅぅ!!」
頭の上に乗っかっていたうーたんが必死にしがみついていました。