闇の聖女のカブトムシ はじめまして
「……ねぇモニカ……あれ何……?」
私は目に映ったものを理解出来ません。ここは森、大森林です。
「あらぁ? 全く分からないわぁ♪ 関わるのはやめしょぉ♪」
モニカはおっとりとした口調ながらも、はっきりと言い放ちます。私も大賛成です。
大きな木や背の高い茂みが生える大森林。その中にひっそりとたたずむ様に小さな家がありました。
家と言うよりは小屋に近いかもしれません。看板とのぼりが出ている事から、何かしらのお店である事は伺えます。
私は確認の為にもう一度看板と旗に書かれた文字を見直します。
『カブトムシ はじめまして』
……?
カブトムシ 初めまして?
「モニカ……何あれ……?」
カブトムシ初めまして……全く意味がわかりません。挨拶? 挨拶ですか? カブトムシに挨拶しているんですか? カブトムシの為のお店なんですか? え? 商売にならなくないですか? 何をやってるんでしょうか?
「あらぁ♪ レティ? 見ちゃだめぇ♪ 人類にはぁ 早すぎるお店なのよぉ♪」
モニカの言う通りです。全く理解できません。怖くて近寄る事も出来ません。なんなんですか? 軽い恐怖感を覚えますよ? 理解できる人いるんですか? お店をやってる人は天才なんじゃないですか?
「ねぇ……モニカ……もしかしてあれって。カブトムシ 始めました の間違いなのかな?」
それはそれで意味が分かりませんけど、だってここは森ですよ? 少し探せばカブトムシぐらい見つけられるのです。カブトムシを売る意味も分かりません。第一こんな所に子供は来ません。商売として成り立つわけがありません。
「あらぁ? 小屋の横にも文字が書いてあるわぁ?」
私達はお店を通り過ぎながら、見ちゃいけないと思いつつ、そのお店から視線を外せませんでした。
小屋の横にも看板の様な木の板が取り付けられていて、そこにも文字が書かれています。
『早い 安い うまい!』
………………え?
食べ物屋さん?
「私達はぁ♪ 何も見てません♪」
私達はそっと視線を外し、目の前の森へと進みます。
私達は何も見なかった。そう、何も見なかったのです。ここにお店なんて無かった。カブトムシ はじめまして なんて無かったのです。そんなお店が存在するわけがないのです。
「何で……カブトムシはじめちゃったんでしょう……」
「ねぇ……なんで始めちゃったんだろうねぇ……」
言いようもないモヤモヤとした気持ちを抱えながら、エルフの町へと向かいます。
途中体にカブトムシをいっぱい体につけた、ヒゲモジャのずんぐりとした小人族っぽいおじさんとすれ違いました。裸の上半身に蜜を塗りたくっているのか、甘い匂いに包まれたおじさんは嬉しそうにお店の方へと歩いて行きました。
見ちゃいけないものとは、こういうものを言うんだと初めて知りました。
『ありゃ!? クワガタ混じってるがなぁ!?』
私達はそのおじさんと目を合わせる事はありませんでした。
『あぁ……やっちまっただぁ……』
クワガタ混じってるとそんなにダメなんでしょうか……?
むしろ私は近いうちにあのお店に クワガタムシ はじめまして と訳の分からない看板が立つんじゃないかと不安で仕方ありません。
いえ、お店でカブトムシを提供していると決まったわけではありません。もしかしたらカブトムシを鑑賞しながらご飯を食べるお店なのかもしれないのです。
お店に入る勇気は無いので確認はとれませんが、カブトムシを好む種族なんて聞いた事はありません。私達の早とちりの可能性もあるのです。
『こらぁ! ケンカすんなぁ!』
何が、どうやって、どうして、ケンカをしたのかよく分かりませんが、私は深く考えない様にします。
「レティ? エルフの町ではちょっと高くてもいいからぁ♪ 料理屋さんは選んで入ろうかぁ♪」
「うん、食材がちゃんと書いてある所がいいな」
私達は深い森を先へと進みます。
『カラっと揚げるべぇ! 秘伝のタレで仕上げるだぁ!』
何も聞こえません。カブトムシを揚げるとは言っていません。私達は何も聞こえなかった。
私達は何も見ていないし、聞いていないのです。
速足で声が聞こえなく距離まで移動したのは言うまでもありません。