闇の聖女の港町ベイラン
大陸の港町ベイラン。ラースカド大陸に渡る船が出港する大きな港町です。
ティルノーグでマゥさんと別れた後、そのまま大陸の端沿いに移動しました。勿論歩いてです。馬車はもう乗りたくありません。
徒歩での移動でも夜にはベイランに辿りつく事が出来ました。
私は今ベイランの冒険者ギルドに来ています。
「次にラースカド大陸に渡る船は一週間後だにゃ」
ギルドのマスターは獣人族猫族の方でした。ぴょこんと頭に生えたこげ茶色の耳、小さくてピンとした耳は可愛いです。声は低くて可愛いとは言えません。
「そ、そうですか……」
私はあからさまにマスターから視線を外します。直視出来ません。
「一週間はのんびり過ごすといいにゃ。周辺にはダンジョンもあるし、やる事はいっぱいあるにゃろう」
その……なんと言いますか……猫耳とか語尾とかは可愛いと思うんですが……
マスターはそう言って太く逞しい腕をカウンターに乗せ、ずぃっと私に近寄ります。
「ひ、ひぃ!?」
「どうしたんだにゃ? 噂話を教えようとしただけにゃ。黙って聞くにゃ」
「は、はいぃ!!」
見た目とのギャップに恐怖を隠せません。マスターは猫耳。語尾に にゃ をつける男性です。隆々とした筋肉。ムッキムキです。服装はタンクトップにローライズの短パン。変態です。黒光りした肌が眩しくて私はマスターにこれ以上近寄って欲しくないです。
神よ……何故マスターはこの世に猫族として生まれたのでしょう。
いえ、そんな事言ってはダメなのですが。ごめんなさい怖いんです。変態です。私の知っている猫族ではないんです。
タンクトップにローライズの際どい短パン履いているマッチョターも悪いですよ。変態ですもん。
「今ベイランで変態の情報が相次いでるにゃ」
マッチョターの事ですよね?
「何処からともなく現れて抱きついてくるらしいにゃ。そんなうらやま……そんな破廉恥な事は許せにゃい」
へ、変態です。ここに変態がいます。
マッチョターは逞しい腕を ドン! っと勢いよくテーブルに叩き付けました。
「俺が密かに狙っていたイケメン剣術師も……! 抱きつかれたにゃ!!」
「俺だって……! あの人を抱きしめたい! 羨ましいにゃ!」
あの……危険な発言にギルド内の人が此方を見ていますが……いいんですか……?
「肌を触れ合わせたいにゃ! 愛し合いたいにゃ!」
マッチョターはドンドンとテーブルを叩きます。
黒光りしたムキムキの筋肉。タンクトップにローライズの短パンを履いたマッチョターがイケメン剣術師と愛し合いたいと言いながらテーブルを叩いているのです。正気の沙汰とは思えません。
「ぐぅぅにゃあぁあぁ!! ぐぬぬぬぬぬぅぅぅ!! うにゃぁぁぁあぁ!!」
目から血の涙が出るとはこの事でしょう。マッチョターは火山の様に噴火しそうな怒りを歯を食いしばりテーブルに力を込める事でなんとか我慢しようとしています。
ぴょこんと生えている猫耳が逆に恐ろしいぐらいです。私にはマッチョターが猫族には到底見えません。魔物です。変態です。
「ふにゃぁぁぁ!! にゃぁあああぁぁっぁぁっぁん!!」
にゃんにゃんと叫ぶマッチョター。あまりの怖さに私は震えあがります。
(こ、怖いです。本物の変態です!)
バッと自分の体を抱え込む様に守ります。身構えた結果魔眼に魔力も込めてしまいました。マッチョターにかなり怯えている私がいます。
マッチョター
職業 魔術師
これだけマッチョで魔術師!? ま、まぁ魔力か気かは選べませんからね……数は少ないですが前衛の魔術師なのかもしれません。何か前衛の能力を持っているのかもしれないです。
マッチョター
職業 魔術師
得意属性 治癒
ほげぇええええ!?!? まさかの回復役!? ししし信じられません。まままって下さい。得意属性が治癒なだけで前衛も出来るのかもしれません。
マッチョター
職業 魔術師
得意属性 治癒
強さ B級(肉体的な強さが)
生命力 C級
固有能力 状態異常回復魔術 状態異常無効化魔術 常時微弱回復魔術 範囲回復魔術 身体能力(猫並)
器 3割
生命力質 特殊(B級相当) 治癒魔術に相性良し
開花前才能 にゃーん
次習得可能 範囲状態異常治癒+範囲回復複合魔術
一言 マッチョターに回復してもらった術師(男性)は口を揃えてこう言った。「きき気持つぃぃ!! もうこれがなきゃ生きていけない!!」 中毒性有 変態←これ注目
「ひぃぃぃいいぃ!!?」
私は思わず悲鳴をあげました。マッチョターの治癒魔術はどうも怪しい効果がある様です。恐ろしい治癒魔術です。
「変態の怖さが分かるにゃ? 気を付けるんだにゃ!」
私はブンブンと首を縦に振ります。マッチョターを夜道で見かけたら近寄らないと心に決めました。
後で聞いた話です。マッチョターは男にしか興味がない様です。女性にとっては話を聞いてくれるいいマッチョターとの事です。男性にとっては隙あらば家にお持ち帰りされるみたいです。
マッチョターの回復魔術は受けるな。奴から離れられなくなるぞ。ベイランの男性冒険者の鉄の決まりだそうです。
『へへっ 俺はもう駄目だ 奴から離れらんねぇよ 気持つぃぃんだ 気持つぃぃんだよぅ(涙)へへへっ(白目)』
話を教えてくれた弓術氏さんは、遠い目をしながらそう言っていました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギルドからの帰り道、港の近くにある宿へと戻る時の事です。
幾つかの帆船が停泊中の港は静かでした。夜の暗い海は昼間とは違い何か悲しい感じがします。
私以外は誰も歩く人はいないかと思っていたら、丁度向かいから歩く人の姿が見えました。
女性だと分かります。スラリとしたフォルムが家の中から漏れる明かりで確認できます。
(すごいスタイルいいかも……)
はっきりとは分からないまでも、大きい胸 細い体 反るように膨らむお尻 魅力的な女性なのでしょう。
あまり見ていても失礼かと思い、すれ違う前には視線を前にと移します。私とは逆に女性は私は見ながら立ち止まりました。
(え?)
私の事は知ってる人でしょうか?
私も立ち止まる女性を見ます。下向きの角が生えた私より背の高い女性、髪の途中から大きく波打つ癖のある髪、胸辺りまである髪は青く見える気がします。
丈の長い柔らかそうな生地の黒いワンピースが揺れています。腰の辺りはキュッとしまっているものの胸元が弾けそうです。
(完全に負けました────っ!)
お互い視線がぶつかりますが、知っている人ではありません。女としての敗北感に打ちひしがれつつ、そのまま素通りしようと丁度横に並んだ時でした。
「えーい」
女性が出した声とは思えませんでした。少なくとも、私の目に映った女性が出した声とは思えないほど子供の様な声でした。
ガバッ
「ふぇぇぇぇぇ!!?」
女性はガバリと私の胸に顔をうずめる様に抱きつきました。予想だにしない出来事に私はどうしていいか分からず声を上げその場に硬直してしまいます。
もしこれがマッチョターなら魔術放っていたと思います。いえ、きっと途中で方向を変えてすれ違わない様にしたでしょう。
相手が女性という事もあり、反射的に払いのけはしなかったものの、胸に顔をうずめるのはやめてほしいです。
女性のたわわな胸が私に押し付けられています。ショックで立ち直れないかもしれません。おっきいです。
「やったぁ♪ 強い人見つけたぁ♪お願いがあるのぉ」
上目遣い。艶やかな唇。密着する体。
「はははい!? あのあの!?」
私は女性を無理やり振り払う事が出来ずも、狼狽します。こんな状況は初めてなんです。
「私と一緒に『月下美人(珍しい薬草)』採りに行ってくれないかしらぁ?」
月下美人。夜に咲くと言われる治癒効果の高い魔草です。煎じて飲めば特殊な病も治せると言われる大変珍しい薬草です。
瞳に涙が溜まっているのか、少し潤んでいる気がします。
「え。えと。その。えっと……どういう事ですか?」
慌てふためく私とは違い、女性はおっとりとも艶めかしいとも言える言葉で答えます。
「あのね。助けたい人がいるのぉ。月下美人は見つけたんだけどぉ。魔獣がそこを根城にしてるみたいで。私一人じゃ倒せないのぉ」
女性の腰辺りに小さな槍、でしょうか? 矛? がぶら下げられている事に気付きます。何か訳ありなのかもしれません。
「あ、あの詳しく教えて下さい」
体に押し付けられる胸に私の女心が悲鳴をあげています。もうそろそろ離れていただいてもいいでしょうか?(涙)
「ありがとぉ。私の借りている宿にいきましょー♪」
女性は屈託なく笑います。笑顔が子供っぽくて可愛いです。そしてグラマラスボディです。
ひどい敗北感を噛みしめながら、私は女性と共に宿へと向かいます。