闇の聖女とマゥ婆さん
コポコポと小気味いい音を立ててコップに飲み物が注がれます。柔らかい香りが鼻腔をくすぐります。マッツさんお勧めの飲み物より余程そそられます。
マッツさんの名前? 聞いてましたよ? あれだけ名前を言われたら誰でも覚えます。
「飲んでみておくれ。大陸じゃ珍しくもないかも知れないが、ここだと茶葉を仕入れるのも大変でねぇ」
マゥさんはにこやかに微笑みながらお茶を差し出してくれました。頂きますっと頭を下げ、出されたコップに口を付けます。
「美味しい……」
ほのかな甘味。それでいてすっきりした味わいに私の口からは自然と言葉が出ます。
「そうかい。嬉しいねぇ、私も好きでねぇ」
マゥさんはそう言って、緩やかな動作でお茶を飲みます。
「うん。今日のは特に美味しく出来たよ」
コップと置き、マゥさんは言葉を続けます。
「聞いてもいいかい? 私に何を聞きに来たんだい?」
私もコップを置いて、マゥさんの言葉に答えます。
「光の破壊者と、世界の終わりについてです」
「私が知っている事は伝え聞いた話だけだよ?」
マゥさんは言いながらも、どこか嬉しそうに笑いました。
「はい。その話を聞きたいと思っています」
「そうかい。私の知っている話を話そうかい」
マゥさんは理由を尋ねる事もなく、私に知っている事を教えてくれました。
世界の境に光の破壊者が現れてすべてを破壊する事。
2000年前、世界はその業火に焼かれ。僅かな人が生き残った事。
天人族の一人も破壊を防ごうと戦いに挑んだ一人だが、光の破壊者に敗北したこと。
「…………」
私はやはり違和感を覚えます。私が聞いた伝説の話に繋がる部分もあるのですが、繋がらない部分がある様に思います。
マゥさんは難しい顔をする私に微笑むと言葉を続けます。
「光の破壊者はすべての生命力を奪う。生命力を持つ私達は光の破壊者にとってエサだと聞いてるねぇ」
「え?」
「私の知っている話はこれだけだよ。役に立てたかい?」
マゥさんは笑います。私は慌てて言葉を返しました。
「あ、あの! 少し……変じゃないですか?」
私の違和感。私が聞いた伝説の話は2000年で世界に何かが起こる事。妖精族の村長さんの話と照らし合わせ、マゥさんの話を聞いて光の破壊者が世界を破壊する伝説があるのは分かりました。腑に落ちないのはその話。生命力を奪う。私達がエサと言う話。
マゥさんは静かに私の言葉を待っている様でした。私は少し間を空けて話し始めます。
「その……2000年を境に、世界の境に光の破壊者がすべてを破壊する伝説があるのはわかったのですが、破壊と生命力を奪う。私達がエサだと言うのは、何か話が食い違っている気がするのですが」
伝説の話。伝わる話には尾びれ背びれが付くのはわかっています。どこかで誤って伝わってしまったのかもしれません。それでも、それだけで納得できる事ではない気がします。
「私も聞いた話だから分からないねぇ」
マゥさんはもう湯気の立たないお茶に手を伸ばします。先程と変わらない動作でお茶を飲むと、思い出したかの様に言葉を出しました。
「ただ、貴方が触れていた木。あれは2000年前、世界が破壊されたすぐ後に私のご先祖様が世界樹の種から育てた木だと聞いてるよ。意味が分かるかい?」
マゥさんの言葉に私は答え合わせをする様に言葉を紡ぎます。
「世界樹は……2000年前から存在してる?」
「そうだろうねぇ。普通の樹木と違って成長は大分ゆっくりだけど。2000年でこれぐらいでしょう? あの世界樹は、何千年前からあるんだろうねぇ……」
マゥさんは窓から見える樹木を見つめています。私も自然と樹木に視線を移しました。
「世界樹は……破壊されない?」
それだけではありません。世界樹は生命力の源と呼ばれる神樹。世界樹が無くなれば、人は生きていけなくなると言われる程です。その世界樹が2000年以上あると言う事は、生命力を奪うという話は辻褄が合わない気がします。世界中の生命力を奪うと言われる伝説で、生命力の源である世界樹が無事でいられるものでしょうか?
「生命力を奪う。世界中の人はエサと言う話は。どこかで話しが間違って伝わったんでしょうか?」
「どうだろうねぇ。すべて伝え聞いた話だからねぇ」
もしかしたら、すべてを破壊しながら生命力を奪う。っと言う事かもしれません。何故世界樹が破壊されないかはさておき、二つの事は一つなのかもしれません。
「どこにでも流れている様な伝説さね。私にも教えておくれ、何故こんな話を聞きに来たんだい?」
マゥさんに問われ。少し返答に困ってしまいますが、話を教えてくれた後に理由を聞いてくれるのは、私への配慮なんだと思います。
「変わった夢を見たんです。多分、光の破壊者の夢を」
私は正直に答えます。話を教えてくれたマゥさんに対しての礼儀です。嘘偽りない話だけに、これで何かを言われるのなら仕方ありません。
「そうかい。この木が嬉しそうなのは、貴方が来てくれたからなのかねぇ」
マゥさんはもう一度樹木を見つめて、そう言いました。
「嬉しそう……? ですか……?」
私もマゥさんと同じように樹木を見つめます。そよ風に吹かれ サワサワ と枝葉が揺れています。
「えぇ。とっても」
「今日は泊まっていきなさい。大したものは出来ないけど、料理も作らせてもらうよ」
嬉しそうなマゥさんに負けて、私はマゥさんの家に泊まらせてもらうことにします。
サワサワと音を立てる樹木が、何故か気になりました。