闇の聖女とマッツ
眼前に広がる光景は真っ白の雲の海です。遥か向こうには真っ青な海が広がっています。
雲を上から見下ろせる高さです。観光地として訪れる人がいるのも納得の町です。
ティルノーグは城壁ような壁の中に作られています。橋の目の前ある門の扉は開けられているので、自由に出入りしていいのでしょう。私はトコトコと門を通ります。
壁の中は壁と同じ煉瓦造りの町並みでした。標高が高いので木材は取れないのかもしれません。
私は宿を探し、テコテコと石畳の地面を歩いていきます。
知らない町に来た時は人通りの多い方へ歩きます。人通りが多い方には大体商店通りか酒場があるのです。宿屋、商店通り、酒場は近くにある事が多いので商店通りに辿りつければこっちのもんです。
反対に人通りの少ない道に歩いて行くと居住区。立ち入り禁止の場所に辿り着いたりするのでお勧め出来ません。
私は人通りが多い道へと歩いて行きます
トコトコトコトコトコトコ…………
辺りを見渡しながら歩いていると、先に冒険者ギルドが目に入ります。
それなら先に天人族の方の話を聞いて、ついでに宿の場所を教えてもらおうと思い。私は冒険者ギルドの扉を開けました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギルド内に人はまばらです。掲示板で依頼書を見ている人が数人いるだけでほかに人はいません。ティルノーグには観光客は多くとも冒険者は少ない様です。
私はマスターに話を聞く為にカウンターの椅子へと腰を下ろします。
「何か聞きたい事でも? 一杯注文してもらうよ? 私の名前はマッツ」
冒険者ギルドで話を聞くときは何かを注文するのが暗黙の了解です。私も情報屋さん時代タダで情報を渡す事はしませんでした。支払いを情報でしたが……タダではないのです。何かを聞くのであれば、頼むのが筋と言うものです。
「何かお勧めの飲み物を」
「わかった。お勧めを差し上げよう。そして私はマッツ」
マスターはそう言って黒い液体の飲み物を入れてくれます。一口飲んでみると苦いだけでした。もう飲みたくありません。ご馳走様でした。
「この町で伝説やおとぎ話に詳しい方をご存知ですか?」
早々と黒い液体を飲むのをやめて、私はマスターに尋ねます。
「それならマゥ婆さんに話を聞くといい。私はマスターマッツ」
マッツターはスーツをビシッと着こなし、上を向く角の生えた魔族のマッツターでした。ギルドのマッツターも色々です。
「どんな方なのでしょう?」
チラリと脳裏に妖精の森の村長の顔が過ぎります。出来れば普通の方に話を聞きたいもんです。
「物腰の柔らかい優しい人だ。皆マゥ婆さんには何かと助けられている。私は柔らかマッツ」
どうやら普通の方の様で安心します。覚悟を見る為にダンジョンに送り出される事はなさそうです。
「その方にお会いする事は出来ますか?」
「あぁ、家を訪ねるといい。町の裏門をでると向かって左側に町で唯一の樹木が立っている。その樹木の傍らにある小さな家にいる。神聖な樹木を代々守っているそうだ。何でも世界樹の加護を受けている樹木らしい。噂だがな。私が噂のマッツ」
世界樹。この世界の生命力の源と呼ばれる大樹です。世界で唯一の木。何処の大陸にも分類されない島に存在する神樹です。
「分かりました。ありがとうございます」
私はコップに注がれた黒い液体をぐいっと飲み干します。全然美味しくはありません。
「もう帰るのか? もう一杯どうだ? もうマッツはどうだ?」
「いえ、宿も探さなければいけません。また寄った時に頂きます」
「そうか、銅貨1枚だ。ティルノーグを楽しんでくれ。マッツとも楽しんでくれていい」
「ありがとうございます」
銅貨をテーブルに置き、ペコリと頭を下げギルドを後にします。
外に出ると陽は沈みかけていました。遅くに家を訪ねるのは失礼かと思い、先にマゥさんに会いに行く事にします。
正門とは逆の方向に確認できる門があります。あれが裏門なのでしょう。私は裏門目指して歩き始めます。
裏門を抜けると向かって左側に樹木を確認できます。それ程大きな樹木ではないのですが、他に樹木が無いので間違えようがありません。
正面に続く大きな道は人の手で作った道だと分かるのですが、樹木に続く道は小さく、あまり人の通らない道なのかもしれません。
樹木までは大した距離はなく、私はすぐに樹木へと辿り着きます。
ティルノーグに唯一ある樹木。世界樹の加護が宿ってると言う話でしたが、確かに何やら不思議な感じがします。
私は樹木に寄り添う様に近寄るとそっと手を添えます、暖かい何かが手の平から伝わってくる気がします。
「お嬢さん。私に何か用かい? それともその木に何か用事かい?」
「えぅ!?」
不意に話しかけられビクつきながら声をした方に振り返ると、そこにはお婆さんが杖を突いて立っていました。背中には折りたたまれた様な白い羽が付いています。
「あ、あの。マゥさんに話を聞きに……」
戸惑いながらもそう言うと、お婆さんはニッコリと屈託なく笑います。素敵なお婆さんだと直感で思いました。
「家の中に入りなさい。外だと体が冷えてしまうよ」
お婆さんはそう言って家へと視線を移します。煉瓦造りの小さな家です。この人がマゥさんで間違いないのでしょう。
「熱いお茶はきらいじゃないかい?」
マゥさんは微笑みながら家の中へと案内してくれました。
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