唐突に仲間?
迷宮から脱した後、入り口から少し離れた外壁のなかで座り込み、俺はまずギルドカードを確認した。
「あ、あの……」
おずおずと横に座った女のことなど構いもせずにだ。
ギルドカードにはこう記載があった。
所有GM10250
「い、いちまん!?」
「ひゃぁ! ど、どうしたんですか!?」
思わず叫んでしまった俺を一体誰が責められよう。あまりにも想像を越えすぎている。
しかし、隣の女を驚かせてしまった。俺は見間違いじゃなかろうかともう一度ギルドカードを確認して懐にしまった。
見間違いじゃなかった。
「いや、なんでもないよ。うん、なんでもない」
「なんでもないって反応じゃなかったと思うんですけど……。ギルドカードに何かあったんですか?」
何かも何もとんでもないことがあったよ。だが、それはあまり知られたくなかったので、ごまかすことにした。
「そういえば、一万とか聞こえたような……」そう呟く女の声に手遅れだと思わなくもなかったが。
「そんなことよりだ。とりあえず迷宮から無事に帰ってこれたわけだし、すこし話でもしないか」
「え? まあ……はい」
もうこの唐突な話題転換で突っ切ることにした。
「そうだな……まず名前を教えてくれないか? 俺はレイという」
「私はロードといいます」
女、ロードは言葉少なく答える。
素っ気ない感じではなく、なにを話せばいいか分からず戸惑っている感じだ。
しかし、迷宮の暗闇の中ではよくわからなかったが、月明かりに照らされたその顔はやたらと整っていた。
金色の髪は月の光に呼応するようにきらきらと光って見え、碧い瞳はわずかに潤んで……ってキモいな俺。
まあ絵にかいたような金髪碧眼の美少女だった。
唯一欠点をあげるならば、その綺麗さを隠しているということか。
今日は風が強く顔がよく見えるが、前髪が異常に長く、通常時だと顔を覆い隠していることだろう。
……俺にとっては名前以外どうでもいいことだが。
「ロードか。名前で呼ばせてもらっていいか? 俺のこともレイと呼んでほしい」
「分かりました。その……レイ、さん」
「ああ。で、早速で悪いんだが、ロードのことをすこし聞きたい。いいか?」
「はい、お答えできることであれば」
さて、なにを聞こうか。
まずは話を聞きやすいところからだな。
「ロードは、探索者なんだよな? いつも一人で潜ってるのか?」
「いえ……いつも、というか迷宮に潜ったのは今回が初めてなんです。私、探索者になったばかりで……」
そういうロードは何故か落ち込んだように顔を俯かせた。
「どうした?」
「いえ……本当は仲間もほしかったんです。でも、その」
「仲間になってくれるやつがいなかったのか」
それなら俺と同じだが。
「それ以前の問題でして……誘えなかったんです。私、人付き合いが苦手で」
「あぁー」
俺への声のかけ方も弱々しかったしな。納得の声をあげた俺に、ロードはますます落ち込んだ顔を見せた。
名は体を表すんじゃないのかよ。正反対だぞ。しっかりしろ、ロード。
「やっぱりレイさんも、私のこと話しにくいやつだと思ってますよね……」
「そりゃあ思ってるけど」
「ですよね……」
さらに落ち込ませてしまった。というか、俺も人付き合い苦手なんだよ。咄嗟に言葉が出ず、本音を言ってしまった。
何かフォローしなければ。
「……俺もたいして変わらないさ、ソロ探索者だし、新米だしな」
「……ありがとうございます」
「別に慰めたわけじゃないぞ。本心だ。それよりお互い新米なんだし、情報交換しよう。そっちも何か聞きたいことがあれば言ってくれ」
「はい」
頷くもののロードから問いかけはない。
それならそれで構わない。俺はここぞとばかりに怪しまれる可能性を考え、情報収集できなかった根本的なことをきいた。
例えば、この世界の成り立ちとか。魔法についてとか。
ロードは間違いなく俺のことをおかしいと思っただろうが、聞いたことには答えてくれた。
すこし慣れてきたのか、それなりに円滑に話は進んだ。
この世界はやはりステータス、レベル、なんていうものはないらしい。
しかし、魔物を倒していくことで強くなっていくような考え方はあるようだ。
魔法もある。人間が魔法を使えるようになるには生まれもっての適性と、ある魔道具が必要らしいが。
ロードは何を隠そう、その魔法使いであるらしい。
あんな虫で逃げてたのにとは思うが、本来は後衛の役だし、そういうものかもしれない。
色々といい話も聞けたし、辺りももう暗い。
そろそろ解散して宿に戻ろうと思った。
「色々教えてくれて助かった。ありがとな」
そういって土を払いながら立ち上がる。
「いえ、お役にたてたのなら……」
ロードは立ち上がらずに言った。
「じゃあそろそろ帰るよ。そんじゃな」
行く先は同じだろうが、一緒に行くと面倒ごとが起こるかもしれない。
俺は背中を向けて、一歩を踏み出した。
「……レイさん!」
そこに大声とは言わないまでも、ロードにしては張り上げた声が届く。
「なんだ?」
振り向くと、ロードは一段と顔を下げ、金髪に顔を覆い隠して、
「い、一緒に帰りませんか……。私、その、こんなに人とお話ししたの、はじめてで、なんというか……」
聞き取れないほどではないが、先ほどの声が嘘かのようにもごもごと言い募った。
その様子に本当に人付き合いが苦手なんだなと嘆息する。すこし呆れも含んでいた。
しかし、さすがに色々と教わった相手の願いを無下にするのは気が引けた。
「わかったよ。なら一緒にギルドに戻るか」
顔を伏せたままのロードに一歩近づき手を差し出す。
「ほら行くぞ。もう眠いんだから」
「は、い……!」
俺の手を掴んだロードをそのまま引き上げて立たせる。
手を離すと、さっさと帰りたい俺は足早に歩き出すのだった。
「……レイさんなら、私とパーティー組んでくれるかも……」
再度もごもごと発せられた言葉は俺には届かなかった。