唐突にお金が?
「はあ……」
迷宮の入り口兼出口から飛び出て、ようやく危機から脱した俺は色んな感情を、ため息で吐き出した。
迷宮の入り口を広範囲で囲っている、まるで城壁のようなところに唯一ある門へとぼとぼと歩く。
「その様子では、収穫はなかったようですね。はい、どうぞ」
見張りの門番。歯に衣着せぬ素晴らしい物言いである。
俺は会話する気力もわかず、門番の差し出した書面を受け取った。
これは俺が迷宮から出たことを証明するものであり、ギルドでこれを渡すと、今回の迷宮探索の成果から、幾分か徴収されるという仕組みになっている。
また、これをさしださなければ、次の入門証が発行されない。
といっても今回の儲けなんてないし、むしろマイナスだ。さすがにないところから取ったりはされない。
精々、この結果を見てバカにされるくらいだろう。
辺りは大分暗くなっていたが、迷宮よりはマシ。ギルドは営業中のようで、外に光が漏れている。
扉を開くと、からん、と来客を告げる鐘の音。
それに合わせてこちらを振り向く探索者連中。
「おう、坊主生きて戻ったか」
その中でも体のでかい男が、これまたでかい声で言う。
周りのやつらは酒が入っているのか、赤ら顔ではやしたてた。
「なーんだ、結局ラモンさんの一人勝ちかよ、あんなひょろい男、絶対死んでると思ったのによぉ」
「全くだぜ。ラモンさん、なんで生きてる方に賭けたんだ?」
他のやつらの名前は知らないが、前にここに来た時、真っ先に絡んできた男「ラモン」が笑って言う。
「そりゃあ、俺はこいつが魔物と戦わずに逃げ帰ることに賭けたのよ。なあ、腰抜け?」
ラモンが俺の肩に固い手をどすんと置いた。
しかし、俺には腹を立てる気力もない。ただひたすらに面倒だという気持ちしかなかった。
仕方ない。感情は捨てて上手く切り抜けよう。
「ああ、迷宮というところは恐ろしいところだな。身の程を知ったよ。逃げ帰るだけで精一杯だった」
ひたすらに逆らわない発言。だめ押しに、あそこで戦えるラモンさんはすごいな、と付け加えておく。
「お、おう……まあ分かってりゃあいいんだ。精々、死なんように逃げ回ることだな」
「ああ」
ラモンは俺の肩から手を外して仲間たちに声をかけると去っていた。
別のところで飲み直すらしい。
ひとまず一件落着だ。
事を静観していたギルドの女性職員に声をかける。
「手続きを頼む」
「かしこまりました」
差し出した退門証とギルドカードを職員が手に取り、背後の機械的なものに通した。
「あら……? 先ほどは嘘をつかれていたのですね」
「なんのことだ?」
「300GMも獲得しておりますよね。この値だと、最上層では難しいでしょう? 初めてで中々優秀ですね」
「あ、いや……」
冷たい目をしていた女性職員がにこりと笑った。
だが、俺は混乱しきりだった。
待て、すこし情報を整理しよう。
300GM……GMとはゼネラルマナの略称だ。
この迷宮街……いや迷宮都市の通貨であり、この都市が栄える礎となる最も大きな産業だ。
本来、マナと呼ばれる世界の中心の神木から生まれるとされるそれは魔法使いにしか扱うことはできない。
しかし、迷宮の魔物を構成しているとされるゼネラルマナはそれよりも多様性がある。
魔道具などに利用されるのはゼネラルマナの方であり、このギルドの灯りも魔道具が使われている。
日本風にいえば、この迷宮都市は電力会社みたいなもんだ。探索者はそこで働く従業員といったところ。
迷宮では宝箱からとてつもない宝が出たりするが、そんなのは稀も稀。仮に出たとしてもギルドに徴収されることはない。
ギルドが徴収するのはギルドカードに貯蔵され、その獲得量が明白なGMだけだ。これは魔物を倒した際に得られる。
だが、俺は倒してなどいない。
あの下半身が粒子になったときに、獲得したのだろうか。
職員の口振りだと、二層目くらいの敵を倒したのに匹敵するようだが……。
「はい、手続きが終わりました。1割を差し引かせていただきました。これからも頑張ってくださいね」
俺の思考は遮られた。仕方ない、とりあえずここを出よう。
「ありがとう」
一言職員に声をかけてから、俺は足早にギルドを後にした。
一人になって、色々と考えたかった。
俺は今朝借りた安宿へと足をすすめた。