唐突に闇の中へ
今日からこの迷宮に挑まなければならないかと思うと足が震える。
欲望の大迷宮と呼ばれるそこは、とある都市の中心にある、世界に点在する迷宮のなかでもひときわ大きな迷宮である。
この迷宮に挑んだものは数知れず。
しかし、戻ってきたものの数はたかが知れている。
日本にあったなら、自殺の名所にでもなってそうだなあと思うくらいの場所だ。
まさに清水の舞台から飛び下りるような気分、実際はそれよりもはるかに危険な場所に日本の一学生にすぎなかった俺が挑まなければならないなんて、
「はぁ……まあしかたねえか」
仕方ない。いつもの口癖で思考をとめる。
これ以上は考えるだけ無駄だ。
「どうせ、行くしかないんだからな」
俺はただ一人、その迷宮の暗闇へと進んだ。
迷宮のなかはただひたすらに暗かった。人が入っているのだから、すこしは整備されていてもと思う。
ここにくるまえに酒場で聞いた話では、整備しようにも、迷宮のシステムがそれを許さないらしい。
とにかく、右手の松明だけが俺の生命線ってわけだ。
背中のリュックにもいくつか入れてあるがあくまで最低限だ。
身軽に動けるようにしていなければならない。
なぜなら、ここには魔物がいるからである。
立ち向かうため、右手には剣を持っている。
短くもなく長くもない、小回りがききそうな剣だ。素人でも使えそうかと、街の武器屋で購入した。
「あまりに心許ないけどな、未知の化け物と戦うには」
またひとりごとを呟く。
「仲間でもいればいいんだが……」
酒場でバカにされたことを思い出して、俺はまた黙って暗い道をそろそろと進んだ。