7 宴
巨人王の言葉と共に、広場に集まった巨人族の人達はどっと沸き上がった。
王の叫びが宴の始まりを告げ、皆が騒がしく喋りだしたり食事を始めたりする。
僕が巨人達の勢いと騒がしさに圧倒されていると、僕の隣に座る巨人王が僕達に食事を勧めてくれる。
差し出された食事は谷川でとれた魚の丸焼きのようで、僕達のためにわざわざ用意してくれたのか小さめの皿に載せられていた。……それでも僕達にとっては少し大きかったけど。
「い、いただきます……」
僕は丸焼きにされたままの川魚を見つめ、迷った末にそれにかぶりついた。かぶりつくと、じゅわっと口の中に脂と肉汁が充満する。
僕は目を丸くした。もしかしたら、巨人族の人達はかなりの美食家なのかもしれない。ほっぺたが落ちるほど美味しい料理に、僕は感嘆する。
「美味しいです! これって、特に味付けはされてないんですよね?」
「ああ、素材そのままの味だ。絶品だろう? この谷の清流で捕れた新鮮な魚だ」
リューズ邸で料理を経験している僕だったが、これは信じられない。
何味付けをせずに、ここまでの味を出せるなんて。素材が完璧過ぎる。
「アリスも食べてごらんよ」
僕は魚の皿を隣に座るアリスに回した。
アリスは驚き頬を染めるも、躊躇せず丸焼きの絶品料理に食らいついた。
彼女も、それを口にして絶句する。目は見開かれ、衝撃を受けている事を誰が見てもわかる様相だった。
「な、なんて美味しいのですか……」
彼女がそう言葉に出来たのは、料理を口にしてから暫くしてからだった。
アリスの隣に腰を下ろしているユーミさんが、アリスに微笑みかける。
「どう、美味しいでしょ? これが巨人族の料理の味よ。あたし達は、素材に余計な手なんて加えない。あくまでもそのままの味を楽しむのが、あたし達の食事の楽しみ方なのよ」
巨人族の豪快な料理は、これまで僕達が食べてきた料理は何だったんだと感じさせるものだった。
自然の恵みをそのまま頂き、余計な手は加えない。そのままの自然を頂いている。
何だか、料理に関する考え方を改めさせられた。
「ほらシアン、ジェード! 出来るだけ多く食べておくんだ」
「わ、わかりました!」
少し離れた所では、エル達が長テーブルに並べられた沢山の巨人族の料理を見て張り切っていた。
巨人の少女達は、そんな彼女達の様子を面白そうに眺める。一人の少女が、エルに声をかけた。
「あ、あの……少し、お話いいですか?」
「構わないけど……食べながらでいいかい?」
エルが図々しく言うと、少女はやや不承そうだったが頷く。
赤いショートヘアの少女は、胸の前に手を当て緊張した様子で話し出した。
「わ、私はナミ……。ユーミの妹です。あ、あなたはとても綺麗な髪をしていますね……」
ユーミより少しばかり背の低い巨人の少女は、顔を赤くしながら恥ずかしそうに言う。
エルは、自分が『綺麗』だと褒められて照れ笑いした。
「ハハ、そんなことないよ。君だって可愛らしい顔をしているじゃないか」
「い、いえそんな事は……」
喋りながらバクバクと恥じらいもなく食べ物を胃に詰め込んでいくエル。
彼女のそんな様子を目にして、ナミと名乗った巨人の少女は若干肩を落としたように見えた。
「わ、私……あなたと、もっと話がしたいです! あなたの話、聞かせてください!」
ナミは、エルに顔をぐっと近付けて迫る。
エルは少し戸惑いながら、彼女の相手をする事に決めた。
それが彼女にとって、後々かなり厄介な結果になるのだが……この時の彼女は、そんな事知る筈もなかった。
僕は立ち歩いてテーブルの料理をアリスの分まで取り分けながら、巨人族の人達と会話を交わしていた。
その中には、さっき僕達に【神殿】の事を訊いてきた少年達も混ざっている。
話してみてわかった事は、とにかく巨人族の人達は明るくおおらかで、賑やかな人達だという事だ。
僕は巨人族の人達に、巨人族の人達は僕に、それぞれ質問を何度もした。互いの文化の違いに触れ、また同じ部分に共感したりして楽しい団欒の時を過ごした。
アリスも最初の内は僕にくっくいてばかりいたが、ユーミさんが積極的に話しかけてくれ、やがて巨人の女の子達の間に少しずつ入っていくようになった。
「小人族はキノコやコケが主食なんです。村の地下の洞窟で採れるそれらは、とっても美味しいですよ」
「へえー。私達はお肉がメインだから、あまりそういった物は食べないねー。小人族は、お肉は食べるの?」
「そりゃあ、少しは食べますが……そんなに多くはないです」
「ヘルシー指向なんだねー」
片手にでっかい骨付き肉を持っているのんびりとした感じの女の子、エマと話すアリスの表情は笑顔だった。
どうやら、巨人族の友達が出来たようだ。
エルの方を見ると、こちらはこちらで仲を深めているみたいで……。
* * *
「エ、エルさん、あ、貴女は、素晴らしい人です……! ど、どうか、わわ、私と、お付き合いしてくれませんか!?」
どもりまくりながら、最後は叫ぶようにエルに告白したナミ。
赤髪の巫女の妹は、顔も髪と同じ色に熱くさせていた。
対するエルは彼女とは正反対に顔を蒼白にさせ、引きつった笑みを浮かべている。
彼女は、友であり恋敵の獣人の少女に助けを求めて叫ぶ。
「シアン、助けてくれっ! 私はトーヤくん一筋なんだ、彼女と禁断の恋をする訳にはいかないんだよ!」
だが、シアンは返事をしない。口一杯に食べ物を頬張り、見ないふりをしていた。
ジェードはどうして良いかわからず、茫然とエルとナミを見つめている。
「エルさん、エルさんエルさんエルさん……」
ナミは頭から湯気が立つほど熱くなり、やがて熱くなり過ぎたのか勝手に自爆して倒れる。
姉であるユーミが、倒れた妹の体を引きずりどこかへ連れていった。
「ごめんね、エル! あの子ったら、いつもあんなんだから……気にしないでね」
戻ってきたユーミは、開口一番エルにそう謝った。
エルは魂が抜けたような虚ろな目で、ユーミの顔をぼんやりと見上げる。
「ホント、ごめん……」
「まーた、ナミがやっちゃったんだー?」
アリスと仲良くなったエマが、骨付き肉を振り回しながらユーミの背中に声をかける。
ユーミはエマを振り返り、疲れのたっぷり溜まった表情で苦笑いした。
「ええ……。今回も、駄目だったけどね」
ユーミは立ち尽くすエルの肩に手を置き、本当にすまないと再度謝る。
彼女はお詫びにエルを酒の席に誘った。
「……お酒?」
「ええ、お酒よ。あたしと一緒に、今晩は飲み明かさない?」
エルはやはり、そのユーミの誘いに乗った。二人とも、酒を愛するという点では完全に意見が一致している。
ユーミとエルはこの夜一つのベンチを独占し、そこで一晩中酒を飲み続ける事となるのだった。
* * *
ユーミさんがエルに謝っているのと同じ頃。僕は巨人王と【神殿】攻略の冒険を語り合っていた。
巨人王は【神殿】スルト攻略時の武勇伝を、誇張し過ぎだと聞く人に思わせてしまうような過剰な演出を交えて話す。
彼の話は聞いていてとても面白く、時折『ほら話』も混じるがそれもかえって話の面白さを助長させた。
「その時、吸血鬼はこう言った。『全身の血を吸われたくなければ、とっととその武器を捨てて尻尾を巻いて逃げるがいい!』……だが、俺は逃げなかった。逆に奴の首を引っこ抜いて、汚い血を飲み干してやったわ!」
「吸血鬼の血は、どんな味がしましたか?」
僕は笑いながら訊く。巨人王は真面目くさった態度で返答した。
「うむ、意外と渋い味だったな」
巨人王は部下の男に命じて、赤いお酒が入った瓶を持って来させる。
彼はそれを空けると、バケツのようなコップにお酒を注いだ。僕の分も、お酒を注いでくれる。
僕は吸血鬼の話の後という事もあって、その血のような赤のお酒をまじまじと見詰めてしまった。
巨人王は僕のそんな様子を見て、悪戯っぽく笑う。
「ハハ、その酒は『ドラキュラ・ブラッド』。だが本当に吸血鬼の血が入っている訳ではないぞ」
巨人王は僕の前で、その『ドラキュラ・ブラッド』をごくりと飲んで見せた。
「……飲んでも、何の問題もない。この酒の味は吸血鬼の血の味と酷似していると言うが、真実かどうか」
躊躇った末、僕は暗めの赤色の酒が入った巨大過ぎるコップに口をつける。
「……あ」
口に染み渡るその味は、この世で誰も知らないような不思議な味がした。
渋くて苦いが、どこか甘味を感じさせる。若干の鉄の味がしたのは、気のせいだろうか。
僕は一口だけ飲んでコップから口を離す。
巨人王もあまり多くは飲まなかったようで、立ち上がると、僕にもそうするよう言ってきた。
そして、彼は僕を見下ろして僕が思いもしなかった事を訊ねてくる。
「トーヤ、俺と一勝負交えてくれないか?」
「い、今ですか?」
僕は宴で弛緩した雰囲気の人々を見回し、尋ねる。
巨人王は大刀の柄に手を当てると頷いた。
「少しパフォーマンスを入れないと、皆が退屈してしまうだろう。ただ食って飲むだけでは、納得しない輩もいるからな」
巨人王の台詞には、何やら隠された別の意味があるようだった。
僕は黙って首を縦に振る。
「よし。それでいい」
巨人王はそう呟くと、広場に集まった全員に聞こえるような声を上げる。
「皆、よく聞け! 今から俺とトーヤ、二人の【神器】使いによる決闘を行う! 血に飢えた同胞達よ、この戦いを目にしてその欲望を満たされよ!」
「うおおおおおおっっ!!!」
巨人王が【神器】である『スルトの大刀』を抜刀する。彼の赤い目が鋭く僕を射ると、巨人の男達は雄叫びを上げた。
即席の決闘場がこの広場に作られ、僕と巨人王は【神器】を持って対峙する。
僕は冷や汗をかきながら、血走った視線の数々に鼓動が乱れるのを感じていた。
この視線……。巨人達の『本質』? アリスが恐れていたものの正体は、これなのか。
戦いを求める本能。血と暴力の衝動。
「トーヤ、すまんなぁ……。皆が皆、自制心が強い訳ではないのだ」
巨人王は、声を出さず唇を動かして僕に伝えてきた。
僕は【神器】グラムの柄を握り締め、柳眉を吊り上げて巨人の王に顔を向ける。
「トーヤ殿! お願いですから、負けないでください!」
興奮する巨人達の中で縮こまってしまっていたアリスは、意を決して僕に応援の叫びを放つ。
僕は彼女の叫びで、覚悟が完全に定まった。
初めての【神器】を使う相手との戦い……未知しかないが、やってやる。
この経験こそが、後に悪魔と戦う時に大いに役に立つ筈だから。
そして何より、確かめたい。
僕の力がどれだけ通用するのか。これまでの戦いや毎日の鍛練で積み重ねてきたもの……それがどこまで活かせるのか。
この人と戦って、確かめるんだ。
「さあ、行かせてもらいますよ」
背の【神器】グラムを抜いた僕は、肩に大剣を担いで駆け出した。




