6 小さき者達
巨人王が持つ赤い光を放つ大刀を目にして、僕は目を見張った。
彼が今言ったように、それは【神器】と呼ぶに相応しいオーラと、魔力を感じたのである。
巨人王は赤い髭の下に笑みを浮かべながら、大刀を引く。自分の腰の剣帯に鞘のない剥き出しの武器を差し、屈み込んで僕の頭をポンポンと叩いた。
巨大な彼の手に叩かれ、僕は強烈な衝撃に目の前に星を飛ばしてしまう。
「い、痛いです……」
「す、すまん。何せ『小さき者達』への力加減を忘れてしまったようでな」
『小さき者達』。巨人王は僕達の事をそう呼ぶ。
人間とか、亜人とか関係なしにひとくくりに『小さき者達』。何と言うか、巨人王のおおらかさ……そんなものを僕は感じた。
「トーヤ、今宵は宴だ! お前とお前の仲間達の、この谷への来訪を盛大にもてなそう!」
巨人王はガハハと大声で笑い、僕の頭を今度は人差し指と中指で慎重に撫でてくる。
傷付いた小動物に触れるようなその動作に、僕もユーミさんも笑っていた。
「アハハ、パパったら可笑しいわよ」
「で、ですね……」
巨人王は僕の頭をくしゃくしゃにした後、ユーミさんに向き直って指示を出す。
ユーミさんは彼の指示を受けると、赤い髪を翻して石の神殿を走って出ていった。
「お前達も、先に行っておれ。俺は後から向かう」
巨人王は何やらまだ神殿でやることがあるらしく、僕達は先に馬車に戻らせて貰う事にした。
薄暗い石の神殿を出ると、これまで黙っていたエル達の口から堰を切ったかのように言葉が溢れ出す。
「厳粛な神殿に巨人の王様っていうんだから、どんな凄い人が待ち構えてるのかと思ったらあんな陽気な感じの人だったなんてね。びっくりしたよ」
「ええ、エル殿。私も少し驚きました」
「宴ですか~。どんなおもてなしをされるのでしょうかね~」
「うまい料理が一杯食べられるぞ。これは好機だ、今日の内に溜め込んでおかないと」
「確かに、料理を振る舞われるのなら沢山食べてお腹に溜めた方がいいかもね」
ジェードのこの考えに同調してしまう辺り、リューズ邸を出てから変わったなと自分を見つめて思う。
リューズ邸では必要以上のお金を使うことは無かったし、食費はリューズ邸の方で用意してくれていた。
でも、旅を始めてからはそうはいかない。袋一杯の金貨を貰ったとはいえ、旅には予想外の出費が常に伴う。しかも、実はエールブルーの武具屋のおじさんにそのお金で借金を完全に返済していたため、残ったお金はそんなに多くない。
五人分合わせればまだそこそこのお金はあるものの、出来ることならお金は節約しておきたかった。
僕達が一旦馬車へ戻ると、そこには三人の巨人の少年達がいた。顔立ちを見るに、僕達と同い年くらいだろうか。
彼らは面白そうに僕達の馬車とスレイプニルを眺めている。僕達が戻ってきた事に気付くと、興味津々といった様子で訊いてきた。
僕達は彼らの質問に、二メートル以上ある彼らを見上げて答えてやる。
「なあ、この車に馬を引かせて動くのか?」
「うん。人間が使う馬車っていうんだよ」
「この馬、変な馬じゃねえか? 足が八本あるぞ。それに、俺達が乗れそうなくらいでけぇ」
「ああ、この黒馬はスレイプニル。君達にはわからないかもしれないけど、【神殿】からやって来た神様の馬なんだぞ」
エルがスレイプニルを指して紹介すると、巨人の少年達は少しざわつく。どうやら、【神殿】という言葉に反応したようだ。
「し、神殿って……俺らの王様が行った、あの世界の事か? すげーな、お前らあの場所に行った事があるのか!?」
「どんな感じだったんだ!? 怪物がうじゃうじゃいるって、本当なのか!?」
「神器が『神の間』に用意されてたり、神様の声が聞こえてくるんだろ!? もしかして、今お前が持ってるその剣が【神器】なのか!? よく見せてくれよ!」
興奮して【神殿】のあれこれを尋ねてくる少年達の熱気に押されながらも、僕達は彼らの問いに丁寧に答える。
「うん、僕は二回【神殿】に行ったことがある。この腰の剣と、背中の大剣はその時に手に入れたものだよ」
「恐ろし~い怪物が何度倒しても次々と現れるんですよ。あの時の『グール』は怖かった……」
「俺達で行った【神殿】の神様は、何か暑苦しい感じの神様だったな」
僕達は【神殿】での出来事をそれぞれ思い返しながら、好奇心旺盛な巨人の少年達に『神の館』の事を教えてあげた。
彼らにとって全く想像のつかないであろう未知の領域の知識を伝えてやると、少年達はとても嬉しそうに顔を綻ばせる。
彼らは僕達に軽く礼を言って、宴の準備を手伝いに戻っていった。
アリスは彼らが僕達に話しかけている間、ずっと僕の背に隠れていた。巨人の少年達がいなくなると、やっと彼女は顔を出す。
「やっぱり、苦手? 巨人の人達」
「はい……。彼らだって私達とそう変わらない存在であると分かっているのに、私は……彼らが怖い」
アリスはうつ向き、身を腕で抱える。
僕はそんな彼女に、どう声をかけたら良いかわからなくなってしまった。
『怖い』という感覚。これは、そう簡単には拭い去れるものだとは考えにくい。では、彼女のその感覚を取り払ってやるにはどうしたら良いだろう?
すぐには、答えが出せなかった。
渓谷がオレンジ色に染まった頃、ユーミさんが僕達を呼びに来た。
どうやら、宴の準備が整ったようだ。
「ごめん、遅くなっちゃって! 谷のみんなが集まって、あんた達を待ってるわよ」
ユーミさんは谷中を駆け回っていたらしく、汗ばんだ赤い髪を掻き上げながら笑って言う。
「いえ、大丈夫ですよ。その、僕達はどこに向かえば良いでしょうか?」
「ああ、あんた達はあたしに付いて来てくれればいいわ。それじゃ、行くわよ」
僕が訊くと、ユーミさんは歩き出しながら応える。
僕達は『宴』を楽しみに彼女の大きな背中の後ろに付いて行った。
「……アリス」
僕は小人族の少女の小さな手を引いていく。
きっと、宴は彼女にも楽しめる筈だ。美味しい食事を共にすれば、少しは巨人族の人達にも慣れてくれるかもしれないし……。
アリスは繋がれた自分の手と僕の手を見て、頬を赤らめて見上げてきた。
「どうしたの? アリス」
「あ、あの……トーヤ殿。宴の時は、そのまま私の手を握っていてもらえませんか? その方が、安心出来るので……」
「ずっと手を繋ぐのはちよっと恥ずかしいけど……アリスがそれで安心出来るなら、僕は構わないよ」
僕は一旦立ち止まり、屈んでアリスと目線を合わせる。
眉を下げて笑いかけると、アリスは更に顔を熱くして僕から目を逸らした。
「……は、はい。お願いします」
エルとシアンは、僕達のその様子を見て溜め息をついた。ジェードも、どこか沈んだ表情である。
「くそっ、これでアリスがつけ上がらなければ良いけど……」
「もう、トーヤ……。どんな女の子でもあんな風に接してしまうから、私達の敵がどんどん増えるんですよ……」
「もう無理だ……。女性相手なら、トーヤが強すぎる……」
ユーミさんの方を向くと、彼女も僕を見てぼうっとしていた。
足を止めて僕を見つめていた彼女は、僕に見られていることに気付くと慌てて体ごと僕から背ける。
「い、今トーヤが凄くイケメンに見えたんだけど、あたしの見間違いだったかしら……」
「ユーミさん、分かってるじゃないか。私のトーヤくんは普段はとっても可愛らしいけど、時折見せる彼の格好いい一面にドキッとさせられるんだよね」
ユーミさんが頭を抱えてブツブツと呟き、エルが彼女の腰の辺りを軽く叩いてフッと笑みを浮かべる。
か、格好いい……エルが僕の事を、ようやくそんな風に思ってくれたのか。僕はつい嬉しくなってニヤッと笑ってしまった。
「さ、さあ行くわよ! 急がないと、パパに怒られちゃうわ!」
ユーミさんがそう大声で言い、早足で歩き出す。巨人の早足は人間の駆け足に等しいので、僕達は走って彼女の後を追った。
川沿いを駆け、そこを逸れると石造りの人家の間を通り抜ける。
ユーミさんの後を追って僕達が辿り着いたのは、谷の中央に位置する広場だった。
そこには老若男女多くの巨人族の人達がいて、それまで騒がしかったのが僕達が来たのを見ると静かになった。
広場の真ん中に焚き火があり、激しく立ち上る炎の音だけがその場を満たす。
炎を囲むように木製の巨大なベンチが幾つも用意され、そこに皆座っていた。食事も既に作られていて、広場に配置されたこれまた巨大な長テーブルに大量に出されている。
僕達がポカンと口を開けてその光景を見ていると、巨人王が僕達に手招きして隣の空いている席に座るよう合図してきた。
僕は広場の巨人族の人達に会釈すると、巨人王の左隣に腰を下ろす。アリスがその隣、ユーミさんがアリスの横に座り、僕とアリスは巨人王とその娘に挟まれる形となった。
巨人王は僕達が全員座った事を確認すると、勢い良く立ち上がって声を張り上げた。
「皆、良く聞け! 今宵は客人の『小さき者達』を歓迎し、皆で盛り上がり、楽しんでくれ! ……さあ、宴の始まりだ!」
巨人王が叫ぶと、たちまち皆が張り裂けんばかりの大声を出す。
僕は圧倒されながらも、宴を思いっきり楽しもうと彼らと一緒になって歓声を上げるのだった。




