5 巨人の王
ユーミと名乗った赤髪の女の人は、僕達に笑いかける。
彼女の歓迎的なその態度に、僕達の緊張していた心も少し解された。
僕はユーミさんに自分達の名前と目的とを明かす。
「僕はトーヤです。この子はアリス。後ろの緑色の髪の子がエル、そっちはシアンとジェード。僕達、この谷を進んでルノウェルス王国を目指しているんです」
馬車の後ろから顔を出し、興味津々といった様子で辺りを見回しているエル達を見て、ユーミさんは苦笑した。
だが表情とは裏腹に目は笑っていない。やはり、ルノウェルスと聞いたからか。
「あんた達、本当にあの国へ行くの? あたしは止めておいた方がいいと思うけどねぇ……」
「どうしても、見ておきたいんです。お願いです、この谷を通してくださいませんか?」
ユーミさんは無造作に伸ばされた赤い髪をいじりながら、目を閉じてしばし考える。
「まぁ、いいわ。谷を通るのは構わないけど……その前に、少しここでゆっくりしていかない?」
ユーミさんは柔和な笑みを浮かべて僕達に言った。
急ぎの旅でもない、ここで少し立ち止まっても良いだろう。
僕はエル達の表情を窺ってから、ユーミさんに頷いてみせる。
「決まりね。じゃあ、私に付いてきてくれる?」
ユーミさんがもと来た道を戻り出し、僕達に手招きする。
「進んで、スレイプニル」
僕は馬車を引く八足の黒馬に呟く。
隣に座るアリスは、僕にくっついて少し怖がっているようだった。
「大丈夫だよ、この人達が悪い人には見えないし……」
「いえ、それは分かっているのですが……やはり、怖くて」
小人族は、自分達より遥かに体の大きな巨人族を恐れているのだろうか。それも、本能的に。
あまりアリスには無理をさせたくない。ここでの滞在は短めにしようかと、僕は巨人族の村の風景を見渡しながら考えた。
アリスとは対照的に明るい表情なのはシアンである。
「何だか、わくわくして来ましたね~。巨人族の文化がどんなものなのか、しっかりとこの目に焼き付けたいです」
彼女は初めて見る異文化に、目を輝かせる。
好奇心、探求心の強いシアンは、僕達の中で一番日々勉強に励んでいた。異文化を目の前にすれば、様々な発見に心を踊らせるのだろう。
「ふふ、私も今の巨人達がどんな風に暮らしているかには興味があったんだ。シアン、後で一緒に村を見て回ろうか?」
「いいですね! あっ、トーヤさんもどうですか?」
エルはシアンに微笑んで提案し、シアンは僕の方を向いて訊いてくる。
僕も巨人族の人達の事を知りたかったし、それには賛成だ。
「うん、いいよ。ジェードはどうする?」
僕がジェードにも尋ねると、彼が応えるより先にエルが口を開いた。
「ジェードくんは、アリスと二人で馬車を守っててくれ。アリスは巨人達の中に進んで入りたがらないだろうし、ジェードくんが付いてれば彼女も安心するだろう?」
ジェードはエルとアリスを見比べ、茶色の瞳を揺らした。
ほんのり頬を上気させ、どこか落ち着かない様子だ。
「ジェード、どうしたの?」
「ト、トーヤには関係ない」
彼の様子を怪訝に思った僕の問いに、ジェードは視線を下に向けて応える。
「私は、ジェード殿と二人でも構いません。巨人達の領域に入るのは、怖いし……一人で待つよりかは安心出来ますし」
アリスが後ろに身を乗り出して、うつ向くジェードに声を掛ける。
「そ、そうか。なら良いんだ」
アリスの言葉に顔を上げたジェードは、絞り出すようにそれだけ言って、またアリスから視線を逸らしてしまった。
さっきから様子がおかしいけど、彼はどうしたのだろう? 僕は首をかしげる。
エルはジェードと、ついでにシアンに何やら囁きかけた。
「ジェードくん、これはチャンスだぞ。馬車の中で二人きり、この機会に彼女との仲を深めておくんだ」
「で、出来るかな……俺には、無理だよ」
「そうして貰わないと、私が困るんだよ。ライバルを減らすためだ。頼むジェードくん、アリスとくっついてくれ」
「! そんな思惑が……エルさん、たまには良いこと思い付きますね。ジェード、私からもお願いします」
「え、ええっ……」
何を話しているのだろうと僕は三人を見やり、視線を前に戻す。
長く伸ばされた赤い髪を揺らしながら大股で歩くユーミさんは、僕達を振り返り「そろそろ着くよ」と告げた。
近付いて来たのは、村でも恐らく最も大きいであろう石造りの神殿のような場所だ。
ユーミさんは、この建物の前で足を止める。僕もスレイプニルをここで止めさせた。
「さ、馬車を下りて頂戴。あんた達は、これから偉大な巨人の王と対面するのよ」
ユーミさんの表情がキリッと引き締まる。
僕も少しの緊張を感じながら、アリスの手を引いて馬車を下りた。
エル達も下車すると、ユーミさんは石の大神殿の門を潜り、僕達に付いてくるよう言う。
神殿の中に足を踏み入れると薄暗く、灯りは松明が幾つか燃えているだけだった。天井はかなり高く、見上げると夜空を彷彿させた。
一つだけの大広間の奥には祭壇があり、玉座に鎮座するのは一人の男。遠くから見ても、その体はかなりの大きさである事が分かる。
ユーミさんは静かにその男の元へ歩み寄っていった。僕達も生唾を飲みながら玉座の巨人へ近付く。
「巨人の王、ウトガルザ・ヨトゥン・ロキよ。我が一族に訪れし旅人の一行を紹介したく参りました」
ユーミさんは玉座の王に跪く。僕達も床に膝をついた。
「…………ユーミ」
巨人王は娘の名を呟き、豊かな口髭を撫でる。
そして立ち上がると、大声で笑いだした。
「ガハハハハハッッ!! ユーミ、どうした!? そんな態度、お前らしくもない!」
「あははははっ! ちょっと真面目にやってみたの! でも、こんなのあたしには合わないわね」
ユーミさんも立ち上がり、笑いだす二人に呆気に取られる僕達。
そんな僕達を他所に、二人の笑い声は暫く薄暗い神殿に響き渡った。
「ガハハハハッッ! 最高だユーミ、こんなに笑ったのは数年ぶりだぞ!」
「あははっ、パパったら笑いすぎよ! そんなに面白かった?」
「ああ! 流石は俺の娘だ。……で、そこに這いつくばっている小さいのが旅人とやらか?」
巨人王が赤く光る眼光で僕達を見下ろしてきた。
身長は誰が見ても巨人の王と納得させてしまう五メートル超。横幅も広く、僕五人分はありそうだ。赤みがかった長い髪に、豊かな髭。筋骨隆々なその体は歴戦の証だろう。
「は、はい。僕達はこのヨトゥン渓谷を通りたく、この場に参じました」
「そう畏まるな、肩の力を抜いていい。……『守護の霧』を抜けて来れたというのなら、お前達に我が一族への害意は無いという事だろう。通りたいのなら、通るがいい」
巨人王はモジャモジャの髭の下に少年のような笑みを浮かべる。
僕は静かに安堵の息を吐いた。
ユーミさんが僕達を見渡し、自分の倍の背丈の父親を見上げて笑う。
「今日はね、この子達にこの村に滞在して貰って、私達の文化を知ってもらいたいと思ってるの。どう? 良い試みだと思わない?」
「ああ、異文化について学ぶのはとても良い事だからな。俺達にも、色々知れる事は多いだろうし……ん、それは?」
巨人王は、僕の背と腰に装備された【神器】に目を留める。
彼は口許を小さく歪め、「面白い」と呟いた。
「少年、お前は【神器】を二つも手にしているのか。若いのに、良くやるな。名を聞いておこうか」
僕はすっくと立ち上がり、巨人王と相対する。
彼の赤い目を見上げ、静かに名乗った。
「僕はトーヤ。更なる強さを目指して、旅をしている者です」
「ほう……強さ、とな」
巨人王の口許の笑いが広がっていく。
彼は僕達みんなをじっくりと観察するように見ると、自分が腰に差している大刀を抜いた。
僕達は瞬時に身構え、武器を巨人の王に向ける。
「待て待て、別にここで戦うつもりはない」
彼がそう言っても、僕達は気を抜かず武器を構えたままだった。
巨人王は溜め息を吐くと、自分の大刀の柄を力を込めて握る。
すると、大刀の刃に刻まれた紋様が赤く浮かび出した。
どうやら、普通の大刀ではないようだ。
「その刀は?……まさか」
「その通りだ。こいつは、【神器】」
僕達は息を呑み、その大刀を見据える。
大刀は炎を纏い、薄暗い神殿内を煌々と照らしだした。
巨人王は赤々と目を輝かせ、僕を見下ろして大声で名乗りを上げる。
「俺の名は、巨人の王ウトガルザ・ヨトゥン・ロキだ! 契約した【神器】は『スルト』! 最強の炎の巨人だ!」




