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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第5章  共生編

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プロローグ  潮騒の少女

 ストルムの市壁を出た僕達は、スレイプニルが引く馬車で都市から西に進んでいた。

 街道は都市へ向けて馬車が頻繁に通るため、そこだけ雪が踏み固められている。そのため、僕達は馬車の車輪にチェーンを付けて馬車が滑るのを防いだ。

 雪道のため、馬車の進行速度は遅い。だけど、僕達はそのゆっくりとした旅を楽しんでいた。

 馬車はそろそろ、港町エールブルー付近に着く。


「寒いよ、トーヤくん。もっと近付いておくれ」


「えー、もう充分近づいてると思うけど……。あっ、スレイプニル、その先真っ直ぐね。そこの門を潜って……」


 僕はくっついてとせがむエルを半眼で見ながら、走るスレイプニルに指示を出す。

 スレイプニルは人並みの知能を持っていて、指示した事は常に完璧にこなす。一度通った道は絶対に忘れないので、エールブルーへの道は特に指示を出さずともスレイプニルだけで進む事が出来た。

 そうこうしている内に、馬車はエールブルーの東門を潜る。

 窓の外には、港に停まる幾つもの船が見えた。マーデルへ出るあの巨大な帆船もある。




「まずはこの街で、これからの旅に必要なものを買い込もう。それから、『潮騒の家』のサーナさんの所に顔を出して……武具屋のおじさんの所で新しい防具も揃えておきたいな」


 僕は街でするべき事を一通り上げてみる。

 エルはこくりと頷き、一つ案を出した。


「うん、そうしよう。でも全部を皆でやるのは効率が悪い。ここはそれぞれやることを決めて、役割分担するのがいいと思うんだ」


「いいですね! 私は賛成です」


「私もそれで良いと思います。それでトーヤ殿と一緒に行動するのは私が」


「黙ってろ、エロ小人」


「なっ、何ですかその言い方は! 酷いですっ!」


 みんながエルの提案に賛成し、各自の役割分担を決める。

 アリスとジェードが何やら言い争っているのには、僕は目を瞑った。


「トーヤ、こいつに厳しく言ってやれ。人生そんなに甘くないんだって」


「ジェード、原因は僕なんだ。アリスは悪くないよ」


「前科があるだろ。ほら、あの時の……」


 僕はその『前科』を思い出し、苦笑いした。

 例の寝起き事件である。


「ああ……。あれは、ちょっと思い出したくないなぁ……」


 アリスの暴走を恐れた僕は、一緒に武具屋に行く相手を彼女ではない人物にした。


「じゃあ……シアンには、僕と一緒に武具屋に行ってもらおうかな」


「はい、よろこんで!」


 シアンはリューズ邸を出てからあまり浮かない表情だったが、僕が彼女を指名すると美しい花のような笑顔になった。


「う、嘘ですよね……? トーヤ殿」


「トーヤ君は、平等だからね。あまり君ばかりに構っていられないのさ。少し我慢してくれよ」


 沈むアリスの小さな肩を、エルがポンポンと叩く。

 その様子は、まるで姉と妹みたいだ。


「そ、そんなぁ……」


「じゃあ、私達は買い出しに回ろうか。ジェードくん、君も一緒にね」


「わかった。エロ小人を見張るためだからな」


 ジェードの毒のある言葉に、アリスは涙目だ。エルは獣人の少年を「まあまあ」と宥める。

 こうしてみると、僕達は血が繋がっている訳ではないけど家族みたいだ。

 僕が長男でジェードが次男。エルがお姉ちゃんで、その下にシアン、アリス。

 僕は、胸の辺りが何だか暖かくなるのを感じた。


「とりあえず先に『潮騒の家』に寄ろう。馬車はそこに停めさせてもらって、それから、それぞれ行動すればいいよね」


 僕はスレイプニルに言って馬車を宿屋まで運んでもらう。

 港に近い海沿いの古ぼけた宿屋の前に馬車を停めて、僕は宿屋に備え付けられた黄ばんだ看板を見上げた。


『潮騒の家』


 僕が以前よくお世話になっていた宿屋だ。

 ここに住み込みで働いている女の子、サーナさんに僕は好かれてしまっている。僕の顔を見れば、彼女は嬉しさのあまり涙を流すに違いない。

 この前の事件でエールブルーに寄った時は、時間が無くて彼女とはあまり話せなかった。しかもその時僕馬車の凄すぎる揺れで酔って吐いてたし。

 僕は宿屋のドアを叩き、中にいる筈の懐かしい人達に呼び掛ける。


「こんにちは、トーヤです!」


 元気よく戸を叩くと、すぐに中からボサボサな茶色の髪の女の子が顔を出す。

 サーナさんの目は歓喜に見開かれ、腕は僕を抱き締めようと大きく広げられた。


「トーヤ! 久し振りね……。元気にしてた?」

 

 僕も顔を綻ばせてサーナさんの問い掛けに応える。

 サーナさんに抱き締められると、無い胸がやたらと気になった。が、僕はそれを表に出すことはなかった。


「はい、元気です! 色々ありましたけど、何とかします!」


「ふふ、トーヤは私に会えて嬉しいのね。待ってて、今お茶を出すわ……」


 サーナさんは僕達を中に通し、自分は奥に引っ込んでお茶の準備を始めた。


「この宿も、懐かしいですね……」


「ああ。トーヤに解放された後、一週間くらいここで働いたんだったな」


 シアン達は、宿屋に入ってすぐの所の食堂を見渡して呟く。

 サーナさんがテーブルに人数分の紅茶が入ったマグカップを運んできて、僕達に席に座るよう言った。


「シアン、ジェード……。あんた達も久し振りね。猫の双子は、どうしてるの?」


 自らもテーブル席に座り、お茶を飲みながら頬杖をつくサーナさんは、シアン達に訊く。

 彼女の眠そうな目元が緩み、獣人の少女達を思い浮かべて懐かしがっているようだった。


「あいつらは、リューズ邸で元気にしてる。実は連れて来ようとしたけど、自分達が生まれた街から離れたくないって、断られた」


 エル達には話していなかったが、僕とジェード、シアンは元奴隷の猫耳の双子に共に来ないかと持ちかけたのだ。

 彼女達の選択は間違っていたとは思わない。モアさん達もそうだったように、彼女達にもまた考えている事がある。結果、僕達は彼女達の意思を尊重して彼女達は連れていかない事にしたのだった。

 僕達が双子の少女、プレーナとフローラの事を話すと、サーナさんは残念そうに目を閉じて息を吐く。


「あの子達にも、また会いたかったのに……。あ、ところで今日は何の用で来たの? まさか、ただ私に会いに来た訳じゃないでしょ?」


「はい。実は、僕達……」


「そ、そうなんだ……」


 僕が首を縦に振ると、サーナさんはがくりと首を折った。

 僕は慌てて彼女に弁明する。


「でも、サーナさんに会いたいとは思っていましたよ! それより大事な事があるだけで」


「……私に会うより大事な事って、何よ?」


 サーナさんは眠そうな半眼の片方をひん剥き、僕に圧力をかける。

 って、サーナさん怖いよ(まぶた)めくれて白目見えてる!


「じ、実はですね、ある事情があってリューズ邸での仕事を辞めちゃったんです」


「……は?」


 硬直するサーナさん。沈黙する僕達。

 数十秒に渡る長い静寂の後、サーナさんが驚愕の声を上げた。




「え、えっ……!? 辞めた? 仕事を? あんなにお金をくれる所、他にないのに……。どうしちゃったの、トーヤ!?」


 普段のサーナさんからは考えられない程の動揺振り。僕達はリューズ家に隠されし秘密を伏せながら、仕事を辞めて馬車の旅に出たのだと彼女に説明した。


「……ふーん。まぁ、いいんじゃない? これでいつでも、トーヤは私に会いに来れるって事だもんね」

 

「う、うん……。そういう事になるのかなぁ?」


 僕は困惑したが、すぐにいつもの事だと割り切った。

 僕達は、サーナさんにこれから買い出しに行くことを伝える。

 すると、サーナさんは喜んで自分も手伝うと言ってくれた。僕は喜んで彼女の手を取る。


「あ、でも馬車が心配だなぁ……」


「大丈夫。おじさんに見張りをさせるから」


 サーナさんは片目を閉じ、ニコッと笑って言う。

 まぁ、いいか。宿のおじさんには申し訳ないけど、少しの間馬車とスレイプニルを守っててもらおう。

 シアンが控えめに手を挙げ、サーナさんに尋ねる。


「エルさんとジェード、アリスで買い出し、私とトーヤさんで武具屋さんに行くことになってますが……サーナさんはどうしますか?」


 サーナさんは、即答した。


「そりゃ、トーヤと一緒の所に行くに決まってるでしょ? 人数のバランス的にも、それがベストな筈……」


 僕一人の武具を買うのに、三人で行く必要は無いと思うんだけどなぁ。サーナさん、僕と一緒にいたいだけなんじゃ……。


「あ、俺の分の防具も新しく買っといてくれ。金は渡す」


「では私も。小人族でも使えそうなものがあったら、買っておいてください」


 ジェードとアリスに頼まれ、サーナさんはニッコリ笑顔になった。

 とても可愛いけど、何だろうこの感じ……。


「ありがとう……。あんた達の武器は、私がしっかり選んでくるからね。そして、トーヤと共にいられる時間を満喫するの……」


 サーナさんは椅子から立ち上がり、僕の後ろに来て僕の肩に両手を置く。

 僕の右隣にいるシアンの耳元に唇を近付けると、何やら囁いた。


「……トーヤに近寄るオジャマ虫は、さっさと追い払っておかないとね」


 シアンの目が、野生の獣のものに変わった。

 その唇から、柔らかくも内部では硬く棘のある言葉が放たれる。


「ええ。どちらがオジャマ虫なのか、思い知らせてあげましょう」


 笑顔を浮かべ、それでも目は睨みあっている二人。

 彼女達の間の空気が、緊張に張り詰める。青白い電流がバチリと流れた。


 何だか、危険なバトルが巻き起こりそうだなぁ……。

 僕はこれから起こるであろう二人の女の子の争いに、今から胃が痛くなる思いだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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