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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
間章 

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4  トーヤの道程

「ハァ、ハァ……楽しかったわ、ありがとう!」


「どういたしまして。僕も楽しかったよ、ミラ」


 僕達はダンスを終え、軽く汗をかきながら近くのテーブルの水差しの水を飲む。喉に染み込む水の味と、共に踊った時間は同じ味だった。


「トーヤ。あなたとこうして楽しい時を過ごすことが出来て、嬉しかったわ」


 ミラは少し寂しそうに笑みを浮かべる。

 時計を見ると夜の十時。あと一時間でパーティーは終わりの時間である。

 僕はミラの白い手袋に包まれた手を、その上からそっと包む。


「うん。僕も嬉しかったし、楽しかった。出来ることなら、また会いたいと思ってる」


「あなたがそう思っていてくれれば、私は幸せよ。仕事、これからも頑張ってね」


 悲しみを抑え、ミラは精一杯の笑みを浮かべているようだった。

 王女である彼女は、ただの使用人である僕には簡単には会えない。王女としての務めが最優先だからだ。

 彼女には、僕を王宮に引き込める権力はない。僕にとってはそれで良かったと思っている。王宮に仕えるのは色々と大変そうだと、アンさんを見てそう感じた。

 ミラは重ね合った手と手を見下ろし、何か言おうとする。


「トーヤ、私ね……」


「ちょっとトーヤく~ん! 少しは私とも踊ってくれないか~い?」


 そこに酒に酔ったエルが割り込んでくる。

 赤くなった目で僕だけを見て、胸をぐいぐい押し付けるようにして誘惑してきた。酔っているせいもあるのか、かなり積極的になっている。

 でも、ミラの前でそんな事はしないで欲しいなぁ……。


「ちょ、ちょっとあなた何やってるのよぉ!? 私とトーヤがお話していたところに割り込んで来てぇっ……」


「いいじゃないか王女様~。どうだい、王女様もワインを一杯」


「要らないわよ! 今はそんな気分じゃないの」


 今度はミラにベタベタとくっつくエル。

 ミラは大変鬱陶しそうに緑髪の美少女を両手で押し返す。

 ミラ、ホントごめん……。


「あーもうっ! トーヤに言いたい事あったのに、邪魔するんじゃないわよ!」


「ごめん。後でしっかり言い聞かせておくから」


「酷いトーヤくん! でもそんなところも好きだ!」


 エルはミラの細い腕を押しきって彼女に抱きつく。酒に酔った少女の勢いは思った以上に強かった。

 ミラはあからさまに嫌そうな顔になる。

 

「王女様、是非私と一杯やりましょう! トーヤくんのあれやこれや、教えてあげますよ!」


「お、教えてくれるの?」


「はい! トーヤくんの全て、私が語って差し上げます!」


 ミラの表情が変わる。ニヤリと品のない笑みを浮かべ、エルに囁いた。


「じゃあお願いするわ。そこの席でいいわね?」


 僕は目を丸くして驚く。


「い、いいの、ミラ!?」


「ええ。あなたの情報この子から全部聞き出してやるから、安心してねっ!」


 いや、安心出来ないんだけどなぁ……。

 エルは僕の全てを話すと言った。その『全て』がどこまでを指しているのかが気になる。

 僕の恥ずかしい事をミラに話されたら……。


「エル、少しは遠慮しちゃっていいからね?」


「えー、遠慮しなーい。折角の機会じゃないか!」


 無理だ。諦めるしかないのか。

 僕は二人のいる席を外れることにした。

 三十分で戻ると言い残し、僕は沢山の人の中からシアン達を探す。

 パーティーが始まってからずっとミラと一緒にいたから、彼女達とは話せていない。人生に一度あるかないかの機会だし、一緒に楽しむ時間が少しは欲しかった。




「うーん、シアン達どこ行ったかな……」


 どうやらシアン達は、エルとは別行動していたらしい。エルも彼女らの居所を知らなかった。


 五分程大広間をさ迷っていると、僕はルーカスさんに出会った。

 ルーカスさんは、僕を見て赤い瞳を細くする。

 僕は、彼にシアン達の居場所を聞いてみた。


「彼女達ならさっき外庭で見たぞ。あと一時間だ、彼女達とも楽しんでこいよ」


「ありがとうございます。行ってきます!」


 僕は気前よく笑うルーカスさんに頭を軽く下げ、急いで外庭へ向かう。

 涙を流したミラを抱き締めたあの植え込みの近くに、シアン達は立っていた。

 シアン、ジェード、アリスの三人は僕に気付くとホッとしたように顔を綻ばせる。


「トーヤ殿、(ようや)く戻って来られたのですね。良かった……」


「トーヤさん、私心細かったです……」


「二人とも、何かあったの? 」


 アリス、シアンの様子は邸で働いている時とはまるで違っていた。

 何か、怖がってるような……?


「周りの目が、怖かったって。だから、ここで時間を潰してた」


 ジェードが二人を見やり呟く。

 僕は事情をすぐに飲み込んだ。


「……もう大丈夫だよ。アマンダさんに言って、先に帰らせて貰おう」


 二人は、亜人に向けられる人間達の視線に、感情に耐えられなかったのだろう。

 僕は東洋人でミトガルドの人達とは人種が違うけど、それでも同じ人間だ。だけど、シアンやアリスはそもそもの種族が異なる。

 向けられる感情も、僕よりも厳しく恐ろしいものになるかもしれない。


「ジェード、シアン達を邸まで送っていってくれる? アマンダさんにこの事は伝えておくから。あの人だって亜人だ、気持ちはわかって貰えるよ」


 ジェードは頷く。彼の獣耳がぴくりと立ち上がった。


「わかった。……行こう、シアン、アリス」


 ジェードが手を差し出し、二人は彼の手を取る。

 ジェード達が外庭を出ていくのを見送り、僕はパーティーが終わるまでどうしていようかと考えていた。




「……そうだ」


 スウェルダ王と、話をしよう。

 王様と対面したのはパーティーが始まった直後だったけど、あんなに短い時間だけでは勿体(もったい)ない。

 エルとも語り合ったじゃないか。王様に会って話をしてみたいって。


 そう決めれば早かった。僕は宮殿の中へ早足で戻る。

 王様にどんな事を聞こうか。

 国の事や、政治の事……それは僕には難しすぎるな。

 でもとにかく、王様というものはどんなものなのか聞いてみたい。

 これまで突き当たってきた見た目や種族の違いによって起こる差別、偏見。国王から見て、そのような問題はどう映っているのか知りたかった。


 広間に戻ってくると、僕が見つけるより先に王様が僕に気付いて声をかけてきた。

 でっぷりとした腹を叩きながら笑う王様は、僕を息子に向けるような優しい目で見てくれる。


「トーヤ、ここでは話しづらいだろう。ワシの自室に案内してやる、ついてきなさい」


「は、はいっ」


 緊張する僕に、王様は笑いかける。 僕は、本当にこの人はいい王様だと思った。

 侍従も付けずに王様は僕の前を歩き、宮殿の自室へ向かう。

 大広間から階段を使って上階へ。王様の部屋は最上階の四階にあるようだった。

 そういえば、マーデルのマリウス王子の部屋も最上階にあった。王というものは、自室を最上階に作らせたがるのだろうか。

 長い階段を上りきった王様は息を切らしていた。


「ふうっ……ワシももう年だな。最近、部屋へ向かう度に階段を上る事が辛くなってきたのだ」


 僕は何と答えたら良いかわからず、ただただ苦笑を返す。

 王様は少し休んでから階段の先の廊下を歩き出した。


 ドアまでもが黄金の部屋に通されると、僕はその部屋の装飾に目を見張った。

 

「どうだ? 素晴らしいだろう」


 言葉が出ない。

 王様の部屋はソファーも机もベッドも全てが黄金色であり、壁には高名な画家が描いた絵画がかけられている。天井には巨大なシャンデリア。これも黄金の光を放っている。

 贅を尽くしたその部屋に僕は圧倒されていた。


「す、凄いですね……」


「そうだろう。我がスウェルダ王家の権力が作り上げた『作品』。素晴らしい芸術だ」


 開いた口が塞がらない僕に、王様はソファーに腰かけるよう促す。

 王様が座ったあと、僕は応接机を挟んで対になっている黄金のソファーにおずおずと腰を下ろした。


「さて、何を話そうか」


 僕が座ったのを見て、王様は顎に手を当てて言う。

 僕は、聞きたかった事をそのまま訊いてみた。

 

「……王様、王様は僕達みたいな人の事をどう思われていますか?」


 王様は眉間に皺を寄せ、目を閉じる。うーむと唸り、考え込んでいるようだった。


「いきなり難しい問いをしてくるのう」


「す、すみません。でもどうしても聞きたかった事なので……」


「いや、構わん。ワシはな、お前のそういった部分も見込んでいるからな」


 僕が冷や汗を流していると、王様は胸の前で手を振る。

 腕組みして黙考していた彼は、しばらくすると答えが定まったようで口を開いた。


「トーヤ、お前は差別や偏見は悪い事だと思っているかね?」


「……それは、勿論です」


「そうだろう。ワシもそれは決して良くはない事だと承知しておる」


 スウェルダ王の表情が引き締まったように見えた。

 ふくよかで普段はとても温厚そうな顔が、王たる者の貫禄をかもし出している。


「では……」


「ああ。それは決して良いことではない、良いことではないのだが……」


 王様はそこで言葉に詰まった。

 僕は困惑と、期待を裏切られたような気分になる。

 

「……人間のそういった感情は無くならない。王であるワシにも、かつてはそのような感情を抱いた事があった。王という立場に就いてからは、この国の民のあり方を考え、そういった感情を払拭してきた。だが……国民達はそれを考える事がない。正しくは考える機会がない、だろうか」


「それでは、王様がそうした機会を設ければ良いではないですか」


「……残念だがな、トーヤ。そうした機会を作っても、ワシの話術では国民の心を揺るがせる確証が持てない。それにその事に失敗すれば、ワシは異民族や異種族の肩を持つ異端の王として国民からの支持を失ってしまう。……まだ、ワシは王座を退くわけにはいかないのだよ」


 この人でも、駄目なのか……。

 僕は心の底にがっかりした思いを抱いた。

 追及する気も無くなり、僕は口を閉ざす。


「そんな顔をしないでくれ、トーヤ。ワシが無理なら、お前自身が動けば良いことであろう?」


「な、何を言っておられるのですか、王様。王様に出来ない事がこの僕に出来るとでも……?」


 僕は驚愕するが、王様は本気のようだった。

 彼は白い髭を擦り、首を縦に振る。


「ワシには、お前がそれを成し遂げられるような予感がするのだよ。何せお前は、【神殿】を攻略してしまう程の勇者であるからな」


 僕が、人々の僕達に抱く感情を、意識を変える……?

 本当に、そんな事が出来るのかな?


「あくまで、ワシという一個人の意見に過ぎないがな。頭の隅にでもしまっておいてくれればそれでいい」


 僕は王様の言葉に頷くだけだった。

 三十分で戻るとエル達に約束していた事を思い出し、王様に対談を終わりにするよう頼む。

 王様は心残りそうだったが、了承してくれた。


「では、帰り道は気を付けるのだぞ。女子(おなご)にでも間違えられて襲われでもしたら、たまったものではないだろうからな」


 お、王様までこんな弄りをしてくるなんて……。

 僕は王様相手に反抗する事が出来ずに、「気を付けます」と答える。

 王様は微笑み、僕を部屋の外まで送ってくれた。




 王様の部屋を出て大広間に戻るまでの道程(みちのり)で、僕はさっき王様に言われた事を考えた。

 僕自身が、人々の考え方を変える。人々の心を動かす。そんな事、本当に出来るのだろうか。

 今は、まだわからない。

 でも、いつか……それを現実のものに出来たらいい。そう思った。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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