3 白の少年と赤の少女
白髪で、深紅の瞳。僕達がさっき見た少年の見た目の特徴は、リューズ家の人達にとてもよく似ていた。
僕は奇妙に思いながら、その少年の跡を追う。
「ちょっと、どうするのよぉ……」
「あの子気になるんだ。少し様子を見たい」
嫌な胸のざわめきがする。
あの時、ルーカスさんに感じたものと同じ……リューズ家から感じる気配と同じものを、僕は確かに感じている。
ゆっくりと歩を進める少年の跡を静かにつける。
少年は、僕達に気付かずに前を向いていた。
開け放たれた玄関を抜け、ロビーを通り大広間へ。
その時、僕はやはり何かが変だと確信した。
「門衛のおじさん達が反応してないよ。やっぱりおかしい」
玄関の前に仁王立ちになっている二人の兵士は、少年を見ても何も口を開かない。それどころか、素通りさせた。
それに、王宮に入るにはまず最初の門を通らなければならない。そこにも門衛はいる筈なのに、彼は止められる事なくここまで来ていた。
「ミラ、中に入ろう。僕はあの子に話しかけてみるから、少しの間待っててくれる?」
「え、ええ。いいわよ」
僕は少年を追いかけて大広間へ移動する。
ミラはどこか目立ちすぎない端のテーブルに待たせておいて、僕は少年との接触を図った。
「あ~っ、ト~ヤく~ん!」
エルが手に葡萄酒の入ったグラスを持ち、ほろ酔い加減で声をかけてくる。
どうやらエルは僕の見ていないところでしっかりとパーティーを満喫していたようだ。
僕は彼女に手を振り、顔に苦笑を浮かべながら「あとでね」と身振りで伝える。
エルは真っ赤な顔で親指を上に向け、白い歯を見せて笑った。
「さてと……あの子、どこ行ったかな」
僕は辺りを見回して彼を捜す。多くの人で賑わう大広間にざっと目を走らせると、僕から少し離れたところに白い頭が見えた。
近付いて声を掛ける。
「あ、あの……君はどこから来たの?」
少年はビクリと肩を跳ね上がらせた。触角のような髪の束もそれに呼応して動く。
「ご、ごめんね。いきなり話しかけられたら驚くよね……」
少年が赤い目を見開き、怯えた素振りを見せたので僕は謝った。
すると少年の表情が少し和やかなものになる。
「き、君は誰なの……?」
か細い声で、彼は訊いた。
僕より一つか二つ年下のように見える彼に、僕は自分の名を告げた。
「僕はトーヤ。ストルムのリューズ邸で働いているんだ」
「リューズ……」
「君に訊きたい事があって……君は、リューズの人間なの?」
僕は自分より背が低い少年と目を合わせる。
少年は頷いた。
「あらあら、エインじゃない! 久しぶりね」
僕と少年が振り返ると、そこにはアマンダさんがいた。
ワイングラスを持ってはいるが、エルのように酔ってはいないようだ。はっきりとした言葉遣いで少年に挨拶する。
「アマンダお姉ちゃん……久しぶり」
エインと呼ばれた少年は笑顔になった。
アマンダさんは膝を屈めて彼を抱き締め、頬にキスをする。
少年はポッと顔を赤らめた。
「トーヤくん、この子と会うのは初めてでしょう?」
「はい。アマンダさん達に似ていたので、気になってしまって」
「そう。私達の見た目は目立つものね。彼はエイン……私達の従兄弟よ」
アマンダさんに紹介され、エインは僕の顔を見つめて恥ずかしそうに顔を赤らめた。
この反応を見るに、この子は恥ずかしがり屋なのかもしれない。
「彼はトーヤくん。彼は、【神殿】を攻略して【神器】を手にしたのよ」
神器と聞いて、エインの目付きが変わる。
僕に一瞬向けられた眼差しは、鋭い刃物のようだった。
アマンダさんは一通り紹介を終えると、にこやかに言う。
「エイン、今日は何の用でやって来たのかしら? 邸の方には行かなかったの?」
「……お姉ちゃん、お母さんがこれをルーカスお兄ちゃんに渡して欲しいって」
モゴモゴと聞き取りづらい声でエインは言った。
彼は腰のナイフを鞘ごと取り外し、アマンダさんに手渡す。
「あらあら。このナイフは……」
「? ……何ですか、それは」
エインがアマンダさんに渡したのは一風変わったナイフだった。
ナイフの柄は黒い金属で出来ており、普通のものより丈夫そうだ。
だが、何より目を引くのはその刃だろう。ナイフの刃は澄んだ海の蒼色をしていて、どんな素材で出来ているのか目で見てもわからなかった。
「『海の魔物』から作られた魔具……良いものを手に入れてきたのね」
海の魔物……? 何なんだろう、それは。
僕は以前戦った『クラーケン』の姿を思い浮かべる。
でも、違うよなぁ。あんな怪物から、これほど綺麗な蒼い刃が生み出される訳ないし……。
僕がナイフを生み出した海の魔物について想像を巡らしていると、アマンダさんが正体不明のナイフを丁重に懐へしまってしまった。
……もっと見たかったのに、残念だ。
「後で、これはルーカスに渡しておくわね」
アマンダさんは微笑み、そして何やらエインの耳元に囁く。
エインは顔を綻ばせ、次には頷いていた。
「わかったよ、アマンダお姉ちゃん」
二人とも、仲が良いんだなぁ。
僕にはもう兄妹がいないから、内心少し羨ましかった。
エインは用を済ませたので、僕にちょこんと会釈してからその場を離れる。
アマンダさんも彼の後にこのテーブルから移動して、入れ替わりになるようにミラがやって来た。
「ちょっと、待たせ過ぎではないの?」
頬を膨れさせ、ミラは機嫌が悪そうだった。
僕は後から怖い目に遭わないよう、さっさと謝る。
「ご、ごめん。何しようか?」
「あの子はもういいのね? ならいいわ、私と踊りましょう!」
エインの事には特に関心が無かったミラは、僕の用が済んだとわかると自分の要望を伝えてくる。
「お、踊るのかぁ……」
「踊りましょう」と言われて、僕は若干戸惑っていた。
僕はこうした場でダンスをしたことがない。そもそもダンス自体あまりした経験がないから、どうしたらいいのかわからなかったのだ。
「……踊れないの?」
うるっとしたそんな目で見られると断れない。
僕は苦笑し、溜め息をついた。そんな僕を見てミラは笑う。
「では、私がリードするわ。それでいいかしらね」
そこそこ大きい胸をドンと叩き、自信たっぷりに言うミラ。
彼女は僕の手を取ると大広間の中央、ダンスホールに僕を連れていった。
王女様の相手をする男に、周囲の視線も自然と集まる。
僕は王族や貴族の人達から注がれる視線の雨に辟易しながらミラの前に立ち、彼女が踊りを始めるタイミングを待った。
ミラは深呼吸し、胸の前に手を当てていた。赤みがかった艶やかな髪がシャンデリアの灯す光を受けて輝く。
僕も胸の鼓動が激しく高鳴っている。多くの人が見ている前で、一国の王女様と一緒に踊るのだ。ミラには友達と同じように接してくれと言われたけど、この時ばかりは彼女の地位と肩書きを意識せざるを得ない。
ガチガチに緊張する僕は、ミラが差し出した手を取るのにも普通より長い時間がかかった。
「さあ、私と共に踊りましょう」
「よ、喜んで。……ミラ」
僕達が二人向き合うと、辺りが静まりかえった。
舞台で奏でられるオーケストラの美しい演奏の旋律だけが、広間を満たしていく。
周りの視線の殆どは、王女ではなく僕を見ている気がした。辺りに目を走らせると、王様も僕達を見守っている。
ミラがすっと僕の腕を引き、躍りを始めようとしてきた。
だが、僕はその手を引き返す。
僕は男なんだ。女の子にリードなんかさせられない。
一人の男として、彼女を……ミラをリードして踊るんだ。
「いくよ、ミラ」
僕は微笑み、片目を瞑ってみせる。
顔を赤らめるミラは、頷いて僕に身を任せてくれた。




