1 王宮の晩餐会
『王女誘拐事件』から一週間が経ったこの日、僕達はスウェルダ王宮に召集される事になった。
王様は僕達がマリウス王子に拐われたミラ王女を救った事にとても感謝してくれたようで、今夜改めて公の場で礼を言いたいのだそうだ。
僕はストルムのリューズ邸での仕事の合間に、休憩室でその事を侍女長から知らされる。
「本当ですか、侍女長?」
「ええ。王は是非あなたにもう一度会って話がしたいと申しておられます。今夜七時、王宮に来るようにと」
王宮か……。最初に行ったときは事件の事でそれどころじゃなかったけど、今回はゆっくり中を見て回れる。それに王様の頼みとあれば断れない。
僕は快くその誘いを受け入れた。
「わかりました。午後七時に王宮に入れば良いのですね?」
念のため訊くと、侍女長は口許に小さく笑みを作る。
「ええ。……あなたが王女を救ったこと、私達は誇りに思っていますよ。それと、服は正装です。後でまた呼ぶので、その時に選びましょう」
侍女長はそう言って立ち去った。
僕は、わくわくしながら仕事に戻る準備をする。
王宮でのパーティー。貴族や王族しか立ち入れないその場所に、邸の一使用人である僕が足を踏み入れられるなんて、一生で一度の機会だ。
王宮には、王女様を救った功労者としてエル達やルーカスさん、アマンダさんも呼ばれる事になっている。
今夜は皆で豪華で優雅なパーティーを楽しもう。
「うーん、どれにしようかな?」
仕事を早めに切り上げた僕達は侍女長に連れられて、衣装が沢山並ぶ広いクローゼットにやって来ていた。
男性用、女性用の正装がそれぞれ大量に用意され、まるで服の海のようなこの場所で僕達はこの後のパーティーに来ていく服を選ぶ。
「ねえエル、この黒いジャケットとこっちのスーツ、どっちがいいと思う?」
「えー、ちょっと待って。今自分の服を決めてるから」
僕が服を決められないでいる間に、女の子達は気に入った服を選んで試着してみたりしている。
既にアリスやシアンはどのドレスを着ていくか決定しており、まだ決まっていないのはエルと僕だけだ。
「トーヤくん、この燕尾服なんか似合うんじゃないかしら?」
アマンダさんが僕に一着の衣装を薦めてきた。
僕はその服を見て、苦笑いする。
「似合うかなぁ、こんな渋いの」
「大丈夫よ、大人っぽくていいわ」
茶色っぽい黒の燕尾服を、僕はとりあえず試しに着てみることにする。
試着室に入って着替え、アマンダさんやシアン達に衣装を見てもらった。
「良いじゃない! これなら王宮のパーティーでも恥ずかしくない格好ね」
「素敵です、トーヤさん!」
「格好いいと思いますよ。普段との雰囲気のギャップも良しです」
アマンダさん、シアン、アリスの三人はよく似合っていると誉めてくれた。
僕はちょっと照れ臭くなって頭を掻く。
「いやー、そうかなぁ? これで本当に大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。安心してください、似合ってますから」
「あ、ネクタイ忘れないようにするのよ。この白いの着けていって」
シアンが僕を励まし、アマンダさんは白いお洒落なネクタイを渡してくれた。
侍女長が懐中時計を見ながら来て、そろそろ出発すると告げる。
いよいよ、王宮でのパーティーだ。
あの王女様ともまた話が出来る。彼女に、王宮の色々な事を教えて貰いたいな。
*
スウェルダ王宮に改めて訪れてみると、やはりこの建物はこの地方中を見ても一番素晴らしいものだと思い知らされる。
豪奢な装飾、広く美しい庭園。黄金の宮殿は、そこに住まう王の権力と富の象徴だ。
門を潜り、横脇に植え込みのある石畳の通路を歩いていく。
巨大な玄関扉は開け放たれ、中で行われているパーティーの様子が見てとれた。
「ほわぁ~っ。やっぱり凄いですね、王宮は」
シアンが辺りを見回して溜め息をつく。
僕も同じ思いだ。こんな大きくて豪華な宮殿を作るのに、昔の王様はどれ程のお金をつぎ込んだのだろう。維持費だけでも相当かかりそうだ。
刈り取られた芝生、よく手入れされた植木。通路から見る庭園もリューズ邸のものより美しく見える。
ここの使用人はかなりの強者なんじゃないかと、僕は心の中で苦笑した。
「使用人として、どう思いますか? アンさん」
「そうだなぁ……うん、格が違うな。一体どんな奴等なのか、王様より寧ろ使用人達を見てみたいぜ」
アンさんはあの事件の後、マーデル国を出て僕達と共に働く事を決めた。
マーデルの王族達に失望し、マーデル国自体には未練はないという彼女をノエルさんは快く受け入れてくれた。
事件を解決に導いた功労者として、アンさんも認められたのだ。
「なあ、オレの服似合ってるかな?」
「似合ってるんじゃないですか? なんでそんな胸元が開いたドレスを選んだのか、理解に苦しみますが」
「はぁ、トーヤはオレにだけ毒舌なんだから」
やれやれ、と肩を竦めるアンさんに、僕だけでなくエル達からも冷たい視線が注がれる。
アンさんは、所謂貧乳である。女の人なのに、おっぱいが殆ど無いのだ。
だからそんな男っぽい口調や性格になってしまったのだろうか。
前にその事を訊いてみたら、それは否定された。
「別にいいだろ、何を着ようがオレの自由だ! トーヤだってそんな地味な服着てる癖に、よく言うよ」
「何ですか? 僕のこの服似合ってないと言うのはアンさんだけですよ」
僕は柄にもなく冷たく返す。
アンさんはそんな僕の目を見て、意地悪く呟いた。
「トーヤは女物のドレスの方がお似合いだよ」
「はぁ!? 何ですか、僕をバカにしてるんですか!?」
僕は憤慨する。いくら先日の女装が上手かったからといって、一週間も経ってまだそういう話を持ち出すなんて……僕としてはさっさと忘れてもらいたい。
「いや、そっちも似合いそうなのは確かだよ」
「ええ。そうでしょうね」
エルが言い、モアさん達が頷く。
ルーカスさんは思わず苦笑いだ。
「まぁ、事実そうなのだから仕方ないわよ。トーヤくん」
アマンダさんに暖かい目で見られ、僕はがくりと首を折った。
追い討ちをかけるように、アンさんがあの時の僕の真似をする。
「お願い、私を王子様のところへ連れて行って……!」
ジェードやベアトリスさんが噴き出す。
僕は恥ずかしさのあまり死にそうになった。
喋っている間に僕達は玄関前まで来ていた。
僕は緊張に唾を飲む。手汗が半端じゃなかった。
そして、その場所に一歩踏み入れる。
「これが、王宮のパーティー……」
人の数が、これも半端ではない。
幾つも丸テーブルが置かれた大広間の中央にはダンスを踊るスペースがあり、王様と王女様はそこの近くのテーブルにいた。彼らは僕達を見つけると、こちらに向かって手を振ってくる。
「やあ、やあ! 良く来てくれた!」
王様が以前とは打って変わって機嫌良く、よく通る大声で手を叩く。
僕達は、彼の元へ人の海を掻き分けて近付いた。
「やあ、本当によく来てくれた。お前達が娘を取り戻してくれた事、心から感謝している」
白い髭と出た腹を揺らし、王様は豪快に笑う。
娘を失って消沈していたあの王様とは、まるで別人だった。
僕は王様を見上げ、にこっと微笑む。
「いえ、あなたの民として当然の事をしたまでです。……改めて、僕はトーヤといいます。リューズ家に仕える、【神器】使いです」




