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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第4章 【色欲】悪魔アスモデウス討伐編

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12  王女奪還

 その本性を露にし、僕に魔力を纏った剣を向ける悪魔アスモデウス。

 彼は……いや、彼女は、僕を見てねっとりとした笑みを浮かべた。


「ふふっ……いいねぇ、お前は見た目こそ可愛らしいが、目は力強い(おす)の目をしている。強い男は、私の大好物だよ!」


 アスモデウスは剣を振る。

 僕は【神器】……『テュールの剣』で素早く、放たれた斬撃を弾いた。


「やるねぇ、坊や。あの神々に選ばれただけのことはある」


 悪魔アスモデウスは、次々と剣を振って斬撃の衝撃波を飛ばしてくる。

 僕は流れるような動きで、その攻撃を全て受け流した。

 流れた衝撃がエル達の方へ飛んでしまったものもあったが、悪魔の妨害から解かれたエルは防衛魔法(ディフューズ)で彼女らの身を守った。


「くっ、やはり効かんか……」


 アスモデウスは歯ぎしりする。

 僕は、彼女の単純な力がそれほど強くないことに気がついていた。

 でも油断はしない。さっきみたいに『魅了』されてしまったら今度こそそれまでだからだ。

 悪魔を倒すことも大事だけど、今の目的はミラ王女を救出すること。悪魔に隙を作らせることが出来れば良い。


「ふっ!」


 剣を振るう僕の動きは、王子と激しい剣戟を繰り広げた後ということもあって、少しずつ鈍りを見せてきていた。

 悪魔はそれに気付くと、好機だとばかりに放つ剣の勢いを強める。


「おやおや、どうしたんだい!? そんなんじゃあ私を倒すことなど出来ないよ!」


 悪魔は剣舞を見せる。激しく唸りを上げる剣の斬撃は、全て防ぎ切ることは出来なかった。

 僕のメイド服が切り裂かれ、肩や胸、腰の辺りに深い切り傷を与えた。

 肩で息をする僕は、柳眉(りゅうび)を吊り上げ悪魔を睨む。


「はぁっ、はあっ……」


「ふふっ……どうした、もっと私を楽しませな」


 そう言って笑う悪魔は、遠距離の攻撃から、接近戦に切り替えてきた。

 僕は汗を飛ばしながら彼女の剣を受ける。


「ぐっ……!」


「ふふっ、どうだい、私の剣の味は? 私も昔、それなりに剣を扱っていてね……多くの戦士と剣を交え、私のものにしてきたのさ」


 マリウス王子のものである筈の顔が、悪魔アスモデウス――妖艶な女の顔に変わっていた。

 褐色の肌は艶やかで、目は暗い紫。鼻は筋が通ってすらっとしている。唇は薄く、鮮やかな赤色だ。


「……!」


 綺麗だ。悪魔とは思えないくらい、女神様にも引けを取らない程の美しさ。

 僕は驚きに言葉を失う。

 顔だけ美しい女となっている王子の姿は不気味であったが、この時ばかりは気にしている余裕などなかった。


「驚いたかい? 私の美貌に」


 僕と剣と剣をぶつけ合う悪魔アスモデウスは、僕に顔を近付けて囁く。


「私はあの神達や下界の人間共から、【悪魔】などと呼ばれているが……。私自身は、自分を神達と同じ――いやそれ以上の存在だと思っているよ」


 どういうことだ? 

 気になったが、余計な考え事をしていては戦いに集中出来なくなる。

 僕は頭を振った。


 横目で一瞬、エルを見る。


余所見(よそみ)は許さないよ! 私だけを見ているんだ」


 僕は悪魔の言葉に、すぐに視線を戻す。

 悪魔は、じゅるりと僕を見て舌舐めずりした。




「ああっ、もう我慢出来ん! トーヤ、お前を今から私のものにしてやるよ!」

 

 王子の付けた紫水晶の指輪が輝き、悪魔は全身から強烈な甘い香りを放った。

 僕の頭は、彼女に支配されていく。


「お前も男だ、美しい私の前では欲に嘘はつけまい。お前の全てを、私が搾り取ってやるよ」


 悪魔の囁きが、僕の理性を犯していく。

 僕は必死に理性を保とうと、目を閉じ悪魔を見ないようにした。

 剣を振るおうとしても、手が震えて動かせない。悪魔に、剣を向けられない。

 

『委ねろ……全てを私に、委ねるのだ』


 悪魔の囁きに、僕の体は硬直してしまっていた。

 恐ろしい悪魔の声が、僕の脳内を侵略していく。


『人間誰もが持つ欲望……それが、【色欲】。男も女も、全ての者が渇望する、生命の根源たる欲望だ』


『理性など忘れろ。お前だって持っている筈だ、女と愛し合い、交わりたい……その欲望をな』


『私がお前の理性を破壊し、その欲望を解放してやるよ。なに、悪い事じゃない』


 胸が、ドキドキする。

 硬直していた体は、震え出した。

 もし悪魔に憑かれたら、僕はどうなってしまうんだ?

 恐怖感が僕を蝕む。


 そして僕は、マリウス王子に魅了されかけた時の事を思い返す。

 あの時は、彼に身を任せて、幸せな気分で……。

 本当に、悪いことなのかな?

 さっきの美貌といい、この悪魔は、本当に悪魔なのだろうか?

 彼女自身も言っていた、『私は神以上の存在だ』と。

 この人に任せれば、僕は……。




「トーヤくん、負けちゃダメだ! 君は神に認められ、そして私が選んだ英雄だろ!? そんな弱っちくて器の小さい変態悪魔にやられたら、私が許さないぞ!」




 エルの声は、暗黒の中に差し込んできた白い光のようだった。

 揺らいでいた僕の心を、正しい方向へ軌道修正してくれる。

 僕は閉じていた目を開き、高らかに声を上げる。


「……エル、ありがとう。僕は、悪魔なんかには負けないよ!」


 悪魔アスモデウスは目を見張り、激しく動揺した。


「バカな、有り得ん! この美しい私の『魅了』が効かないだと!? 何がどうなっているんだ!?」


 悪魔が動転している今がチャンスだ。

 悪魔の弱点を突き、一撃で終わらせる!


 僕は王子の全身を見渡す。

 悪魔の弱点。悪魔の宿る、核となるもの。

 妖艶に輝いた紫の光。

 紫水晶の指輪を見て、これだと気が付いた。

 

 それに気付くまで、僅か一秒。

 僕は、【テュールの剣】を王子の指輪めがけて突き出す。

 ……が、しかし。




「やめなさい! マリウスを、殺さないで!」


 王女様だった。彼女の声で、僕は剣を持つ手を止めてしまう。

 悪魔アスモデウスは、くくくっ、と冷たく笑った。


「ふふっ、ふははははっ! どうだ、トーヤ! 私にはまだこいつがいる。こいつを人質に取られては、お前は何も出来まい!」


 僕は剣を王子に向けたまま、唇を噛んだ。


 息を上がらせながら、目を紫に光らせる悪魔は、再び僕の頭に介入しようとするが……。


「残念でした! 君にはトーヤくんを手に入れる権利なんてないよ!」


 エルが【精霊樹の杖】を振り、王子の体を宙に浮かせた。

 悪魔は空中でろくに身動きを取ることも出来ずに、あたふたと手足を動かす。

 

「な、何をするっ!?」


「無様だね、悪魔アスモデウス。これだけ自分が小者だということを露呈させてしまっても、まだ平気でいられるその神経が私には理解できないなぁ」


「うるさい、黙れメスガキが! お前はシルとは違って、礼儀知らずで恥知らずの娘のようだな!」


 悪魔が激昂し、エルは彼女を煽る。

 エルの煽りに乗った今の悪魔には、周りが見えていない。

 王女様を助け、悪魔を倒すには今しかない!


 僕はベッドに座る王女様の元に駆け寄り、彼女の手を握った。

 ミラ王女はだらんとした目で僕を見上げ、「あなたは……?」と呟く。


「僕はトーヤ。王女様、あなたの国へ帰りましょう!」


「嫌よ、私はここに住むと決めたの。それがマリウスとの約束だから」


「王女様、あなたは操られてるんです。本当にあなたを誘惑したのは王子じゃない。悪魔です」


「嘘よ! この無礼者、私に嘘を吹き込もうというのね!?」


 髪を振り乱して王女様は叫ぶ。

 話が通じない、これではどうしようもないぞ……。

 どうすれば、王女様を解放できるんだ。




「アスモデウス、君はどうして、この世に悪意を振り撒いているんだい?」


「そりゃあ、楽しいからさ! それ以外何がある!?」


「何でそれが楽しいんだい? 人々は泣いているよ」


「下界の者が幾ら涙を流そうが、知ったものか。私は私のやりたいようにやるだけさ!」


 僕が王女様に語りかけている間、エルはアスモデウス相手に舌戦を繰り広げていた。

 僕のために、時間を稼いでくれている。

 

「嘘だね。下界に未練があるから、君達悪魔は復活して悪意を振り撒いているんじゃないのかい?」


「何を言っている、この娘っ……本当に、昔からバカな娘だよ!」


 エルは肩を竦め、空中の悪魔をブンブン揺らす。


「そりゃどうも。私はあの狂った女とは違うもの、君達の考える事なんて理解出来ない」


「くっ……可哀想に、あの子が今のお前を見たら、がっかりするだろうな」


「だから何? 私には関係無い」


 エルが僕の方を一瞬見る。アスモデウスはそれに気づかなかった。

 王女様をどうにかして悪魔の洗脳から解かなきゃいけない。でも、どうしたら良いか僕にはわからなかった。

 エルなら、何か知ってるんじゃないか。そう思って、僕はエルに視線を投げ掛けたのだ。


「そういえば、アスモデウス。君が『魅了』し損ねたトーヤくんに、私は既にキスをしてるんだ。彼の心は君より先に私ががっちりキャッチしてるんだよ」


「たかだかキスじゃないか、そ、そのくらいで得意になるな」


「動揺してるねぇ。君も案外、異常な性欲を除けば普通の女なのかもね」


 ……キス。

 おとぎ話で、眠り姫にキスをして目覚めさせた王子の話があった。

 僕が、その『王子』役ってこと?


 エルとアスモデウスがまだ言葉の応酬を続けている中、僕はミラ王女の唇に顔を近付けた。

 

「な、何をするのよっ……!?」


「すみません、王女様」


 僕は、王女様と唇を合わせる。

 僕にキスをされた王女様は、ビクンと肩を震わせ、顔を真っ赤にさせた。


「こ、このっ、無礼者! 王女たるこの(わたくし)に、婚約者でも無いのに口付けをするとは……せ、責任どう取ってくれるのよっ!?」


 ……良かった。

 僕のキスで、ミラ王女は悪魔から解放されたんだ。

 残るは、悪魔アスモデウスだけだ。




「なっ、何故だ……!? 私が洗脳した人間まで、こいつらに奪われるというのか!?」


 悪魔アスモデウスは、空中に浮いた状態のまま、わなわなと肩を震わせる。

 怒りに狂う彼女は、僕と王女様に向けて、手のひらから紫の炎を放った。

 王女様を背に僕は【テュールの剣】を抜き、薙ぎ払う。

 その一閃で、炎は弾けた。

 光の渦が巻き上がり、爆風が起こる。

 僕とエル、王女様、アンさん……そして悪魔アスモデウスに憑かれたマリウス王子。全員が爆音と風、熱の嵐に巻き込まれた。


「ちょっとあなた、私をちゃんと守りなさいよ!」


「わかりましたよ王女様! しっかりつかまっててください」


 僕は王女様を背に庇い、吹き飛ばされるマリウス王子を見やる。

 彼の指輪の紫水晶には、悪魔の炎を受けて(ひび)が入っていた。


「ぐ、ぐああああッッ!!?」


 悪魔の叫び声。断末魔の声だ。

 己の炎に焼かれる悪魔は、僕達に怒りと怨念の叫びを上げた。


「エル、そしてトーヤ! お前達を許してはおかん。いつか来るその時まで待っているが良い……必ず、お前達を……」


 火の中で王子は倒れ、悪魔は消えた。


 僕は、いや僕達は。

 燃えて無惨な姿になった指輪を、ただただ見つめるのだった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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