9 女装潜入
アマンダ達とマーデル兵の戦いが薄闇の中、幕を開ける。
大勢の兵士達は、その数およそ百。
対する彼女らは八人、戦力差は歴然だった。
王城の兵士達は、皆この勝負に負けることはないと思っていた。
だが、その認識を彼らはすぐに改めることとなる。
「な、何だこいつら!?」
兵士達が悲鳴を上げる。
ルーカスの刀、【紫電】は魔力を纏い、兵士達の槍を簡単にへし折ってしまう。
アマンダが使う魔法は変わったもので、東洋の格闘術『空手』を彷彿とさせた。杖は使わず、手の周りに赤い光の粒を収束させ、手を相手に突き出す。彼女の手に触れた槍や鎧は、瞬間的に砂塵と化す。
踊り子のように舞いながら次々敵を打ち倒すアマンダは、ニヤリと笑みを見せた。
彼女は、複数方向から同時に差し向けられる槍も飛び上がってかわし、火球を放って応酬する。
シアン達も、怯えながらもトーヤのため、そして王女のために魔具や武器を使い懸命に戦った。
兵士達の中には、自分達の知る戦い方と全く異なる未知の相手に、怖じ気づいて早くも逃げ出す者さえ現れた。
既に大将は倒れている。この場を制圧するのは容易と思われたが……。
「何をやっている! 貴様らはそれでもマーデルの戦士か!? 王に命を捧げるのが、貴様らの使命なのではないのか!」
大男が、城壁からその体格のように大きな声を放ち、兵士達の士気を取り戻させる。
男自身も城壁から恐ろしいスピードで駆け下りると、ルーカス達の前に立ち剣を抜いた。
「なんだ、あんたは? 俺達に降伏する気はないのか?」
「お前らごときに降伏なんぞしたら、王家の名に傷が付く。ここは、わしが力ずくでもお前たちの考えを改めさせよう」
大男は纏う黒いマントを揺らして笑う。
アマンダは光る両手を突き出して、襲い来る兵士達を気絶させながら、本当に不快そうに大男を一瞥した。
「考えを改めさせるって? どうやってよ?」
アマンダが二十三人目の兵士の意識を奪い、大男は一瞬恐れる顔をしたが、直後に何もなかったかのような口振りで言い出す。
「お前達をこのわしが叩きのめし、我が王に二度と無礼な口を利けないようにしてやるということだ」
大男は今手に持っている剣と対になっている、二本目を腰から引き抜く。
双剣使いの巨漢。「大剣の方が似合ってるぞ」とルーカスが半眼で言う。
周囲では、モア達が兵士達と必死で戦っている。
ルーカスとアマンダ、二人と対峙する大男は、部下達に手を出すなと厳命した。
「わしの名はマーデル王国軍将軍、ガーラティス! 亜人の賊どもめ、今このわしが退治してくれるわ!」
「それはこっちの台詞だッ!」
ルーカスとガーラティスの剣がぶつかり合う。
ガーラティスが器用に放つ二つの斬撃を、ルーカスは魔剣で弾く。
「中々、やるな。流石は将軍だ」
「フン、お前ごときに押されるわしではないわ!」
だが、実際将軍は押されていた。
ルーカスの扱う魔剣は驚くほどに速く鋭く、将軍が攻める隙を一切与えない。
将軍ガーラティスはぎりぎりと歯ぎしりをする。
勝負は、既にもう見えていた。
* * *
「よし、誰もいないみたいだ」
僕達は王城の裏側、木が繁る山の中からお城に侵入していた。
高さ十五メートルの城壁をなんとか乗り越え、手入れの行き届いた庭園を音も立てずに駆ける。
植え込みの陰、使用人が使うであろう裏口の方をちらりと覗き、僕はエルに囁いた。
裏口のドアは開けっぱなし。ここの使用人は、随分と戸締まりがいい加減なようだ。
「わかった、トーヤくん……いや、トーコちゃん」
「……その呼び方は止めて」
僕は頬をほんのり赤く染める。
『トーコちゃん』と不名誉な呼び名で呼ばれてしまったのは、僕のこの格好のせいだ。
裾にヒラヒラしたフリルの付いた黒いワンピース。その上にかけられたのは白いエプロンだ。そして頭にはカチューシャ。黒と白を基調としたその衣装はいわゆるメイド服で、エルも同じ服を着ている。
そう、僕はマーデル王城に入り込むため、女装をしているのだ。
といっても、かつらを着けたり化粧をしたりとかそんなことはなく、ただ女物の服を着ただけ。
エル曰く、「これで充分通用する」とのことだけど……声でバレちゃわないか、僕は不安だった。
スカートはなんか短かった。どうやら、マーデルのメイドさんのスカート丈はこれが普通らしい。
脚がスースーして寒い。露出した僕の脚は、鳥肌が立っていた。
腕で身を抱え、寒さに震えながら僕はそーっと裏口に入る。
「にしても、可愛いなぁ」
「やめてよ、僕はそんなんじゃ……」
誰もいない暗い廊下を走りながら、エルがうっとりと隣を走る僕を見る。
僕はまだ頬を染めたまま、首をブンブン横に振った。
「僕、じゃなくて『私』だよ。口調も変えて、女の子らしくして」
「かえって怪しくならない? 大丈夫?」
「平気、平気。トーヤくんの、おっと……トーコちゃんの可愛さなら誰も性別なんてわからないさ」
僕は溜め息をついた。
「トーコちゃん」呼ばわりされるのは嫌だったけど、王女奪還作戦は僕の女装が無ければ成功はありえない。
僕は仕方なく、この姿に甘んじた。
「にしても、普通なら人がもっといていい筈なのに……灯りも点いてないし」
「そうだね。私もそれは不思議に思っていた……」
僕達が侵入したこの場所は、マーデルの王族が住まう城である。常なら、窓には光が灯り、もう少し人が立てる音が溢れているだろう。
だが今は、それが無い。異常だった。
僕達が訝しんでいると、直線の廊下の前方より、女の人の声が聞こえてきた。
僕達は一旦走る足を止める。
廊下には隠れる場所は無い。どこか部屋があればそこに隠れようと思ったが、それも無かった。
「誰かいるのか? いるのなら、姿を現せ」
鋭い女性の声。背筋が凍りつく。
光が、暗がりからこちらに向けられた。ランプの炎が僕達の姿をくっきりと映し出した。
「みつけたぜ」
その女性は、僕達に近づいてくる。
僕は走り出しそうなエルを、目配せして制した。
逃げるような真似をしたら、それこそ僕達の正体をあの女性に知らせることとなる。ここは、なんとかあの女性を騙して王子の居場所を聞き出すんだ。
「あんたら……見ない顔だな」
金の短髪の女性は、僕達の格好を見て目を見開く。
僕は焦る鼓動を落ち着かせながら、口を開いた。
「す、すみません。私達、新しく使用人として雇われたんですけど、道に迷ってしまって」
「……今はメイドの募集なんてしてなかったと思うけど?」
心の中で、くそっ、と歯噛みする。
冷や汗をかく僕の後をエルが継いだ。
「私達はマリウス王子の専属メイドとして、雇われたんです!」
僕も、女性も驚いた。といっても、僕はそれを表情に出すことはなかった。
危なかった、ここで驚きを見せてしまったら終わりだった。
「王子様の専属メイドか……いや、最近のあの方ならやりかねないな」
金髪の女性は、眉間に皺を寄せ唸りを上げる。
お願い、うまくいってくれ……。
「はぁ……。あんたらの容姿なら王子様が手を出したくなるのも、仕方のないことなのかな」
女性は溜め息をつき、僕達の顔を半眼で見た。
彼女は逡巡の後、自らの後ろに親指をぐっと向ける。
「ついて来い。王子様のもとに連れて行ってやる」




