8 作戦始動
風がやみ、穏やかに船は進み出す。
僕は甲板に座り、【神器】グラムを眺めていた。
神の力……『神化』により、長槍【グングニル】に姿を変えた大剣。
投げれば必ず目標に当たり、確実に仕留めると神話に記されている、アスガルド最高神の武器。
少しずつだが、使いこなせるようになってきている。
武器のパワーを制御するのは尋常じゃない力と精神力がいるが、僕自身これまでの戦いの中でそれを成せるだけの力を手にしていた。
僕は、達成感を覚える。
まだまだ伸びる予感はしていたけど、やはり【神器】を自分のものになっているのが再確認できて、僕は喜びを感じていた。
「エル……僕は、強くなれたよね」
僕は、僕を導いてくれた最初の人に問いかける。
甲板の柵の外、海を眺めていたエルは、僕を振り返って微笑んだ。
「ああ。本当に君は、強くなったね。私は君を誇りに思うよ」
「そう……ありがとう」
「どういたしまして。ところでトーヤくん、王女を助ける具体的な策を何か考えているかい?」
隣に腰を下ろしたエルに顔を覗きこまれ、ギクリ、とする。
何も考えてなかった。勢いで王女様を助ける! とか言っといて、何やってんの僕……。
「もしかして、『ルーカスさんやアマンダさんがなんとかしてくれるからいいや』とか思ってたんじゃないの?」
ギクリ。
いや、そんな気楽な風には思ってなかったけど、でも心の隅で年長の彼らに任せればいいと考えてしまっていたのは事実だった。
僕は、自分のいたらなさを反省する。
「まあ確かに、私達で色々考えてはいたけれど……トーヤくんが何か策があると言うのなら、それを尊重してあげてもいいかもしれないわね」
アマンダさんが腕を組み、薄い色の唇を小さく歪める。
ルーカスさんは「いいのか、姉さん」と少し迷う素振りを見せたが、アマンダさんが彼を見ると口を閉ざした。
「ではトーヤくん。何か意見があったら言ってちょうだい」
アマンダさんが僕に近付き、屈んで僕に目線を合わせて訊いた。
アマンダさんのおっぱい、大きいーーじゃなくって、ええと、僕の考え……。
僕は拐われた王女様を救うための方法を頭の中で、必死に考える。
王女様は要人、助けるにしても慎重にやらなきゃいけない。もし怪我でも負わせてしまったら、後で王様に何を言われるか怖いし。
そして、もっと厄介なのが、ミラ王女を拐ったかもしれないのが、マーデル王国の王子様であるということだ。
一国の王子様を相手に、つまりは一つの国を相手に僕達は戦う訳であり、僕達の戦い次第でスウェルダ、マーデル両国の関係性は変わっていくだろう。ーースウェルダ王は絶対にマーデルを許さないかもしれないが。
そんな大変な戦いに、僕達はこれから挑むのだ。
また吹き始めた海風が、僕の前髪を揺らす。
僕は暫く苦悶したあと、頭を抱えて空を仰いだ。
「あーーっ、駄目だ、僕にはこういうの無理……」
僕は、大して頭が良いとはいえない。
策略とか、戦略とか、考えて作るのは苦手だった。
……僕にもっと、知恵があったら良かったのになぁ。
「ごめん、エル……。僕には難しかったよ……」
「そんな、気を落とさなくて良いよ。実は、こんな時のために私達がある作戦を考案しておいたのさ! アマンダさんもルーカスさんも、絶対にノーとは言えない最高の作戦だよ」
エルがニコリと笑って言う。
一瞬、エルが女神様のように見えた。
「エル、ありがとう! それでどんな作戦なの?」
「ふふん。まあ聞いてくれよ」
エルはニヤリと笑う。何か、微妙に嫌な予感がした。
* * *
「む、無理だよエル! 僕には出来ない!」
「いや、どうしてもやってもらいたい! 君なら出来る!」
僕は、エルの提案する『作戦』を拒絶する。
エルは、僕が何度も無理だと言っても、引き下がろうとはしなかった。
「お願いだトーヤくん! 絶対この作戦は成功する! 何より、この作戦なら相手に警戒されにくい筈だ!」
そりゃあ、王子様は油断するかもしれないけど、でもなぁ……。
「シアン、アリス、何か言ってやってよ!」
「い、いえ私はそのままのトーヤさんが一番なので」
「私は、良いと思います。あくまで、作戦としてですが。エル殿のように願望だけで言っているのではありませんよ」
エルが二人に応援を頼み、シアンは微妙な顔、アリスはエルと自分を比較しながらも賛成した。
僕は困りきった。
正直やりたくない。何より、恥ずかしい。
僕があんな姿になるところを、エル達に見られたくない。
「ルーカスさん、アマンダさん。どう思いますか?」
エルが勝ち誇った顔で訊く。
まだ作戦を実行するか決まった訳じゃないのに、自信たっぷりだ。
「俺は、いいと思うぞ。それに、見てみたいし」
「アハハ、私も賛成よ。エルも面白い事を考えつくわね」
二人がエルの側についてしまえば、もう僕に拒否権は無いに等しい。
わかってたけどモアさん達も全員賛成、多数決で作戦は実行が決定された。
* * *
日が沈み切る頃、船はマーデル王国の首都である港町、マリーナに到着した。
僕達がここまで乗せて下さった船長さんにお礼を言うと、船長さんは『クラーケン』を討伐してくれた礼にと金貨の袋を僕達に渡してくれた。
僕達は、急いで暗くなってきた街に鎮座する王城を目指す。
マーデル王国の首都マリーナは、海と山に挟まれた場所に位置する街で、山に近付くにつれて段になった地形が高くなっているという、変わった地形の街だった。
標高は、最も低い所と高い所で五百メートル近い差があるという。
その段の最も高い部分、山の麓にあるのがマーデルの王族が住まう王城だった。
僕達は薄暗い街の階段を駆け上がる。
あの王城に、拐われた王女様がいる筈だ。
【神器】を持つ、英雄として選ばれた僕が、僕達がやらねばならない。
「待っていて下さい、王女様……」
呟く僕は、二つの【神器】の柄にそれぞれ手を触れた。
大丈夫、王女様はまだきっと無事だ。
「これは短期決戦です。私達が王城に配置されているだろう兵士達の注意を引きます。トーヤとエルはその間に王城の裏から上手く侵入してください」
モアさんが、素早くこれからの動きを最後に確認する。
僕は、緊張に唾を飲み、手を握り締めた。
戦いにおいて緊張しすぎるのは良くない。僕は心を落ち着かせようと、胸に手を当てる。
走る鼓動が、乱れて手に伝わってくる。
落ち着いたのは、城の裏、アマンダさん達と別れて木立の陰に身を隠した時だった。
* * *
王城の門の前。アマンダ達は、そこで待ち構えていたおよそ百人の兵士達と対面していた。
マーデルの兵士達は皆、鉄の鎧を身に着けていて、頭には兜を被っていた。兜には特徴的な赤いとさかのようなものが付いている。
胸には王に仕える戦士の紋章。兵士達は、誇り高い王の戦士なのである。
「何者だ、貴様らは? 王の城を汚す者は、我々が侵入を許さんぞ!」
「ミラ王女を返してもらえれば、私達はそれでいいの。あまり血を流したくは無いし……早急に、王女の身柄をこちらへ渡して頂戴」
マーデルの兵士達が槍をアマンダ達に向け、アマンダは静かによく通る声で言う。
兵士達の中から隊長らしき男が進み出て、フン、と鼻で笑った。
「マリウス王子の厳命で、城を汚す者は皆殺しにすることになっていてな……。そのちっぽけな命が惜しければ、大人しく引き下がっておれ」
それが、隊長の最後の言葉となった。
ルーカスの刀が一閃、男の首は胴体と別れていた。
「もういい、お前達に王女を渡す意思が無いのはわかった」
ルーカスは冷たく吐き捨てるように言う。
「残念ね、これがあなた達の最後の夜となるなんて」
アマンダは赤い目を光らせ、口元に手を当て笑う。
アマンダやモア達が武器を構え、シアン達が強ばった顔で歯を食い縛る中。
戦いは、始まった。




