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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第4章 【色欲】悪魔アスモデウス討伐編

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7  英雄とハーレム

「私を貴方の『お嫁さん』にしてもらえませんか?」


 突如アリスの口からもたらされた、爆弾発言。

 僕はどうして良いかわからず、おろおろと、半ばパニック状態に陥っていた。


「えっと、ア、アリス……? それは、あの、その……」


「ダメ、でしょうか?」


 アリスはしゅん、と残念そうな顔になる。

 僕はたまらず首を横に振った。


「いや、アリスのことは好きだよ、でも……」


「トーヤくん、考え直すんだ! まだそんなの君には早い!」


 エルが必死に叫ぶと、シアンもそれに追随する。


「そ、そうですよ! トーヤさん、早まらないで下さい!」


 う、うーん……。

 アリスも好きだけど、エル達も大好きだし、誰か一人なんて選べないよ……。


 視線でジェードやルーカスさんに助けを求めるも、目をそっと逸らされた。

 何でよ助けてよ!? 僕にはどうしていいかわかんないよ……。


「あ、あのねアリス? 僕は」




 次の言葉は出なかった。

 船が海を進む音に紛れて聞こえた異質な音。

 僕は海の方へ目を向ける。


「何か、近付いて来ますね」


 モアさんも気付いたのか、腰から杖を抜き呟く。


「大きい……普通の水棲生物ではない?」


 僕は【テュールの剣】の柄を握り締める。

 普通の生き物じゃないとしたら、モンスターだろうか。くそっ、こんな時に……。


「皆さん、気を付けて下さい! モンスターが現れます!」


「はぁ? モンスターの姿などどこにも見当たらんが」

 

 モアさんの警告に、船員達はありえん話だと笑う。

 そんな事を言ってる間にも、海の魔物の足音は僕達のすぐそばへ接近して来ている。

 シアン達もモンスターの悪意を感じ取ったのか、魔具(まぐ)を身構えて警戒態勢になった。


 ……そして、その怪物は姿を現した。

「な、何だ、ありゃあ……!?」


 海を割って登場するその巨大な異形に、船員達は揃いも揃って腰を抜かす。

 蛸のような胴体、無数にある吸盤の付いた触手のような脚。軟らかい身体はうねり、黄色みがかった目はぎょろぎょろうごめいていた。


「『クラーケン』……海の魔物だ」


 エルが小さく言い、僕は戦慄する。

『クラーケン』は触手を伸ばし、船員を数人まとめてその手にかけた。


「た、助けてくれぇっ……!」


 僕達は一瞬、動きが遅れた。

 いや、『クラーケン』の触手が予想外の速さで、反応しきれなかった。

『クラーケン』は触手で船員達を締め付ける。悲痛な叫びを上げた船員達は、次にはもう絶命していた。

 怪物は、殺した船員達を海に投げ捨てる。

 僕達は驚き、その悪意の程に背筋が凍り付いた。


「あ、あいつ……殺すためだけに、あの人達を手にかけた……!?」


 ジェードが震え声で言う。尻尾を股に挟み、怯えている。

 たちまち、船上は混乱状態に。船員達は慌てふためくも、周りは海のため逃げ場がない。雇われた兵士達も怯えきって戦力になりそうになかった。


『クラーケン』の第二撃が放たれる。 僕達は今度こそ、それを迎撃する。


「食らえ、【妖刀・紫電(しでん)】!!」


「【闇血祭(テネブリス・クラブ)】!!」


 ルーカスさんとベアトリスさんの魔力を纏った打撃が、クラーケンの脚を破壊する。

 飛び散る緑色の血液を浴び、ルーカスさん達は不快そうに顔をしかめる。 無数にあるクラーケンの触手の魔の手に、僕達は防戦した。


「【炎熱鉄靴(イグニス・ブーツ)】!!」


「【雷光鉄拳(トニトリス・グローブ)】!!」


 シアンとジェード、獣人二人の魔具による肉薄。

 シェスティンさんも勇猛果敢に槌を振り回し戦い、モアさんとエルは魔法を詠唱する。


「【風刃(テンペスタス・アキエース)】!」


「【光線(ルミナ・ラディウス)】!」


 風魔法と光魔法、二つの魔法が広範囲を一気に消し飛ばす。

 クラーケンの無数の足は、ごっそりと切断され、焼き尽くされた。


【テュールの剣】と【ジャックナイフ】を用いて、僕は流れるように怪物の触手を次々と使い物にならなくしていった。

 隣でアリスが弓矢で援護してくれる中、【テュールの剣】が腕に馴染んで喜びを感じていた僕は、ふと目を見開く。


「自己再生……!?」


 クラーケンの斬られた触手は、根元から再び生えてきていた。

 筋肉の束は壊され再生するごとに太く強固なものになっていく。先までより強力な触手の横薙ぎが船の上の者達を一掃した。


 衝撃と共に、吹き飛ばされる。

 落ちる先は氷の海。溺れ死ぬか凍死するか、どちらにせよ絶対絶命だった。

 くそっ、ここまでか……。




 僕が歯を食い縛ったその時、ある女性が笑い声を上げた。


「ここで魔力を使うつもりは無かったのだけど、やってやるわ――。【浮遊魔法(ナタトゥス)】」


 アマンダさんの手のひらに紫色の光が灯る。

 彼女が指をくいっと上に向けると、船上から投げ出された僕達の体は海につく前に宙で止まった。

 そのまま、ふわりと上へ上がっていく。

 アマンダさんも自分に浮遊魔法をかけているのか、彼女自身も空中に身体を保っていた。


「す、すごい! 百人の人間を全て浮かせるなんて……!?」


 船を見ると、船自体はまだ沈んではいない。

 クラーケンの注意は魔法で浮き上がった僕達に向いている。

 今の内に怪物を倒せば、船を奪還できる!


 怪物の、吸盤の付いた筋肉の束がものすごい速度で伸びてくる。

 しかし、そのどれもがアマンダさんの防壁により防がれた。

 そしてすぐさま、アマンダさんは光の粒を手のひらに収束させ、照準を合わせる。


「道を切り開け――【灼熱砲(イグニス・ボンバーダ)】!!」


 爆音。

 放たれた炎の砲撃は、無数にあったクラーケンの触手を全て焼き尽くした。怪物に残されたのは、胴体と頭だけ。


 魔法使いとして本領を発揮するアマンダさんに、僕は口を小さく開け圧倒される。


 凄い、凄すぎる。この人、こんなに強かったのか……!




「トーヤくん! 【神器】で止めを刺して!」


「わ、わかりました!」


 僕は【グラム】を抜き、魔力を剣に込める。

 あの怪物をも貫ける力ーー神殿テュールで発動した【神化】を再現するんだ。


「はあああっ……!」


 僕の【グラム】は姿を変えていく。

 長さを増し、硬度も威力も増大する。

 僕は両手で【グングニル】を持ち、振り上げた。

 ありったけの力で、怪物めがけて投擲(とうてき)する。


「うおあああああッッ!! 行けえっ!!」


 僕の雄叫びと共に、長槍はまっすぐクラーケンの頭部に飛んでいき、そのぶよぶよの体を貫いた。

 モンスターの緑色の血が飛び散り、青い海を汚い緑に染める。

 海の魔物、クラーケンを僕達は何とか力を合わせて討伐することに成功したのだった。




 アマンダさんが僕達を血で濡れた船の上に戻し、船は少しの間を置いてからやがて出発した。

 クラーケンの緑色の血は洗い流され、僕達はようやく一息つく。


「はぁ、はぁっ……。つ、疲れた……」


 毎度の事ながら、【神器】を使った後の激しい疲労が僕を襲っていた。

 エル達がモンスターに止めを刺した僕を労い、水や食べ物を勧めてくる。僕はありがたく頂戴した。

 僕が体力を消耗した身にエネルギーを溜め込んでいると、船長さんがやってきて、僕達に礼を言った。


「君達が勇敢に戦ってくれたおかげで、私や多くの船員の命は助かった。死んでしまった者もいるが、彼らも君達の戦いに敬意を表していることだろう。皆を代表して、私が礼を言う。ありがとう」


 船長さんは僕達に頭を下げ、心からのお礼の言葉を口にする。

 亜人とか、人間とか関係なしに、彼は僕達に敬意を持ってくれたようだ。

 僕は少し、誇らしい気分になった。自分達が戦って、多くの船員達を救えたんだ。

 憧れの存在【英雄】に、僕はまた一歩近付けたのだろうか。

 その答えはわからないけど、僕自身はほんの少し、近付けた気がする。……ただ、そんな気がするだけだけど。




「そういえば、トーヤくん。さっきの話はどうなったのかしら?」


 クラーケンとの戦いでの一番の功労者、アマンダさんが顎に手を当て、訊いてくる。


「さっきの話?」


「ほら、お嫁さんがどうのって……」


 あ。そういえば、戦いで流れたけどそんな話をしてたような……。


「ああ、忘れてしまうところでした。トーヤ殿、あなたの答えをお聞かせください」


「アマンダさん、蒸し返さないで下さいよ! このまま忘れてくれないかなーって思ってたのにっ」


 アリスがにっこり笑い、シアンがキーッと悔しそうに言う。

 エルもアマンダさんを睨み付けていた。

 

「トーヤくん、断れ! アリスの誘惑に負けてはいけない!」


「伴侶にするなら、私の方が断然良いですよ、トーヤさん! 掃除、洗濯、料理! エルさんとは違い、何でもできます!」


「な、何ィ!? ……で、でも本当に出来ないから否定できない……」


 シアンが自分を猛アピールし、攻撃がエルに飛び火する。エルは頭を抱え、ぐぬぬ、と歯ぎしりした。


 ど、どうすれば……!?

 エルはこの中では一番長い付き合い、一番心を許せる存在でもある。

 シアンは僕に献身的に尽くしてくれ、何より可愛い。

 アリスは、妹みたい。妹を失った僕の心の穴を埋めてくれる。弓が上手く、趣味も合いそうだ。


 誰を伴侶にするかなんて、僕には選べない。皆大切だから、誰か一人だけを愛するなんて到底出来ない。


 苦悶する僕に、ジェードがボソッと呟く。




「……ハーレム」




「は?」


 僕も、エルもシアンもアリスも固まった。

 ハーレム……何、それ?

 エルは苦い表情、シアンとアリスは僕と同じで何の事か理解出来なかったようだ。

 僕はジェードに聞き返す。


「ハーレムって、何?」


 ジェードは、やけにキラキラした目で僕を見、肩にそっと手を置いてきた。


「トーヤ。ハーレムは、男の浪漫(ろまん。男なら誰しもが憧れる、夢だ」


 浪漫……夢。

 いいな。で、そのハーレムが具体的に何なのか知りたい。


「要するに、君を愛してくれる女の子は皆君のもの! ってことだな」


 ルーカスさんがニヤニヤ笑いながら言う。

 

「皆僕のものって、エル達はものじゃないですよ」


「言い方が悪かったな。つまり、皆愛して良いって事だ。君についてきてくれる女の子、全員愛して良い」


 皆を愛する? 皆を、『お嫁さん』にする……?




「…………良いですね、ハーレム」


「え、ええええええっっ!?」


 エルは絶叫するけど、僕はそれでいいと思う。

 ルーカスさんが言うハーレムとは、皆を平等に愛する事。それは素晴らしい事だ。


「エルもシアンもアリスも、皆将来は僕の『お嫁さん』だね!」


 モヤモヤしていた気持ちがすっきりした。

 いつか、誰か一人を選ばなきゃいけない、そう考えてたから胸の底にしこりのようなものがあったんだ。

 でも、そのしこりはもう消えて無くなった。僕は笑顔を浮かべる。


「なんか、ハーレムを間違った解釈してないか……?」


「何言ってんのベアトリス! これでベアトリスにもチャンスが巡ってきたって事よ!」


「あ、そうか。――ハーレム万歳!」


 シェスティンさんに小突かれ、ベアトリスさんが喜びを露にする。

 その傍ら、シアン達は複雑な表情を浮かべていたが。

 ややあって、三人顔を見合わせて苦笑する。


「何か、一番になれなかったのは残念だけど、でも……トーヤくんらしいや」


「そうですね。これがトーヤさんの選択なら、私はそれに従うだけです」


「皆が同じ土俵に立てたということですが……一番は渡しません。私が実質一位をとってやりますよ」


 アリスの言葉に、エルとシアンはちょっと驚いた顔になるが、次には不敵に笑った。


「アリス、随分と好戦的じゃないか。いいだろう。ようやくスタートラインが揃ったんだ、誰がトーヤくんの一番になれるかこれから決めようじゃないか」


「私は負けませんよ。一応言っておきますが、私は家事だけでなく、育児も出来る自信がありますからね」


「いっ、育児だとっ!? もうそんなところまで見越してるのか……一本取られたな」


「やりますね、シアン殿……」


 もう、この三人は一体なんの勝負をしているんだ……。

 まあ、なんだかんだで仲のいい三人だ。これからも僕達の日常を楽しいものにしてくれることだろう。

 僕は何だか幸せな気持ちになって、相好を崩した。


 目指すはマーデル王国。王女様を救い出す使命はまだ終えていない。

 遠くに大陸の輪郭が微かに見える。気を引き締めていこう。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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