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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第1章  神殿オーディン攻略編
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6  命を懸ける準備

 僕はおじいちゃん――世界樹ユグドラシル――との話を終え、帰路に着く途中でふと気になってエルに訊いてみた。


「ねえエル、【神器】ってどんなところにあるの?」


「それは神様にもよるけど……一般的には【神殿】と呼ばれているよ。といっても、単に神殿といっても、古ぼけた屋敷だったり、洞窟の中だったりするんだ。中は入ってみるまで何が起こるのかわからない。だから、【神殿】に入るのは命懸けの冒険と言われている」


 エルは僕がその質問をして来たことが嬉しかったのか、微笑みながら教えてくれる。

 顔の前で人差し指を立てて説明する彼女は楽しそうだったが、目は真剣そのものな光を帯びていた。


「い、命懸け……。でも僕、絶対やり遂げるよ」


「いいぞ、その意気だ!」


 エルの真剣な眼差しを受け、僕は決意を言葉に表す。

 エルは握り拳を高く上げ、僕を鼓舞するように叫んだ。

 過去の数々の英雄達も【神殿】を命を懸けて攻略し、それを手にしたのだろう。僕もその英雄達のように神殿を攻略出来るかはまだ分からない。

 でも……エルがいれば、支えてくれる彼女がいれば、成せる気がした。


「オーディン様は、『いにしえの森』という所に『神の館』……【神殿】があるとおっしゃられていた。まずは、そこを目指そう」


 ごくりと、唾を飲む。

『古の森』……一体、どんな森なのだろう。恐ろしいモンスターが多くいるイメージしか沸かないんだけど……。

 僕が嫌な想像をしていると、エルは僕の肩をポンと叩いた。

 彼女は柔らかい笑みを浮かべ、思わず固くなってしまっている僕に低い声音で言ってくれる。


「そんなに恐れなくても大丈夫だよ。私達は一人じゃない。二人いれば、きっとなんとかなるさ」


「そうだよね。ごめん、僕の悪い癖だ」


「謝らなくていいよ。誰にだってそんな所はあるから……」

 

 つい、下を向いてしまう。

 だがエルに言われてなんとか顔を上げることが出来た。

 どうせ上を向いたんだから、僕はついでに空を見上げてみた。隣を歩くエルもそれに倣う。

 群青色に染まりつつある空。雲はなく、晴れ渡っている。夕日はもうほぼ沈み、太陽が一日の終わりを告げていた。


「今日は、色々あったね……」


 空を見上げたまま、呟く。


「そうだね……。私は人間の農業を体験したのが、一番面白かったかな」


「あんなに何度も疲れたって言ってたのに?」


「うん。なんだろう、君と一緒に作業できたからかなぁ……」


 エルは仄かに頬を染める。

 横から僕に視線を向けられていることに気づくと、彼女は羞恥を隠したいかのように早足になった。


「うあああっ、トーヤくん……っ!」


「あ、待って、エル!」


 走り出してしまったエルを追って、僕も駆け出す。

 結局エルが息切れして立ち止まったのは、僕の家の前だった。


* * * 

 

 家に着くとエルは真っ先に僕のベッドに飛び込んだ。

 飛び込んだというよりも、倒れ込んだと言った方が正解かもしれない。

 一日分の農業をやった上に、ここに帰ってくるまでの道を殆ど走って来たのだ。疲弊のあまり彼女はベッドに倒れ込んだまま動かなくなる。

 僕はその光景を見て苦笑するしかなかった。


「ちょっと、農作業やらせ過ぎちゃったかなぁ……」


 彼女が張り切っているようだったから、いつもより仕事を増やしたのがいけなかったか。

 反省しつつ、僕は自宅の簡素なキッチンに立った。適当に材料を見繕い、夕食の支度を始める。


「エル、ご飯作るから待ってて……って、もう寝ちゃったか」


 返事の代わりに返ってきたのは、すうすうと可愛らしい寝息の音だった。

 料理を始める前に、エルの眠るベッドの脇に膝をつく。僕は体に何も掛けずに寝てしまった彼女に毛布をかけてやった。

 エルの可愛らしい寝顔を見、僕は目を細める。


「……ゆっくりお休み、エル」


* * *

 

 翌朝。僕はまだ眠っているエルを家に残し、街へ買い出しに出かけた。

 本当はエルも誘いたかったのだが彼女がいくら叫んでも起きてくれなかったので、結局一人で行くことにしたのだ。

 港街エールブルーは、僕の住むツッキ村から街道を歩いて一時間ほどの所に位置している。

 この街は、遥か東南の『魔導国家マギア』をはじめとする国々からの商人達がやって来る、スウェルダ王国最大の貿易都市であった。


「……よし」


 片道一時間を歩いて来た僕は汗ばんだ額を拭い、街の東門の前に立つ。

 大きく息を吸って潮の香りを存分に楽しんでから、その街に足を踏み入れた。




「やっぱり、すごい人だかりだな……」


 このエールブルーの街を訪れる度に圧倒される。

 そこは村とは打って変わって様々な人種の人でごった返し、喧騒(けんそう)に包まれていた。

 僕は日光を反射して鏡のように輝く海面を眺めながら、港沿いを歩いていく。

 港に多く停まっている船はもと来た国の個性を反映していて、見ているこちらを楽しい気分にさせてくれた。


「ふふっ……今日は、何を買おうかな」


 自然と笑みを漏らしながら、僕はこれから必要になるものを頭の中で一通り挙げていった。

 冒険に、神殿攻略に必要になるもの。

 まず食糧。それに毛布やランプも要るかな。あとは……武具も新調しないと。


「あまり寄ったことはないけど……あそこに行ってみるか」


 港沿いの道を逸れ、商店が無数に立ち並ぶ街区へ入る。

 エールブルーの街区は迷路みたいに入り組んでいて、何度も街に来たことのある僕でも未だに迷いそうになるほどだった。

 自分の記憶力を信じて道を辿りながら、僕は目的の店に向かう。その店は確か、街区の奥まった所にあったはずだ。


 あれだけいた人の波も街区の奥に行けばめっきり減ってしまう。喧騒も無くなり、静まった裏路地にその店はあった。

 僕はその店の前で立ち止まり、ガラス窓の外から中を覗いてみる。そこでは初老の白髪の男性が椅子に腰掛け、剣を砥石(といし)で磨いていた。この店の店主だろうか。


「すみません……」


 そう呟いて扉を開けると付いていたベルがチリンチリンと鳴り、来客を知らせる。

 真剣な様子で剣を磨いていた店主が顔を上げ、客の来店に気づくと気難しいそうな表情で言った。


「いらっしゃい……珍しい顔だな。東洋人か?」


 ぶっきらぼうな口調で訊かれ、少しうろたえてしまう。

 初対面の人にこんなことを訊かれるのは慣れている。それでも、母の祖国の名を出すことには少し抵抗があった。


「はい……ずっと、遠いところだと、聞いています」


 店主は何か思うことがあったのか僕のことをじっと見つめていたが、僕が黙っていると目をすっと逸らした。

 軽く咳払いしてから、僕はおずおずと店主に訊く。


「すみません、短剣と盾一式、僕に合いそうなのありませんか?」


 僕がこの店にきた理由は、もちろん【神殿】攻略に備え、装備を新調するためだ。今の僕の装備は父さんに貰った【ジャックナイフ】と狩猟用の弓とナイフのみで、命を懸けて挑む【神殿】で戦い、生き残るには不十分なものしかない。


 戦いにおいて準備を怠るな――準備を怠った者は死ぬ。

 父さんは常にそう僕に言っていた。


「短剣と盾か……こんなものがあるが、どうかね?」

 

 豊かな顎ひげをいじりながら店主が僕に見せてきたのは、刃渡り五十センチほどの切っ先が非常に尖った短剣。そして、軽々と持ち運べそうな小さめの円形の盾だった。

 卓の上に置かれたそれは艶やかな金属光沢を持ち、銀色に輝いている。傷一つ付いておらず、そのことからこの武具が丁寧に作られていることが窺えた。


「どうだ? これだけで5金貨リューだ。お買い得だろ?」


「ご、5金貨リュー!!?」


 僕は驚きのあまり、目を回して倒れそうになってしまった。

 5金貨なんて、そんな大金僕なんかが持っているわけない。両親が残してくれた今の僕の全財産を引っ張り出しても、50銀貨アルスだ。5金貨リューの買い物などしてしまったら、この先何十年も借金を背負ったまま暮らしていかなければならなくなる。

 こんなの、ぼったくりだとしか思えない。


「もう少し、安くしてもらえませんか?」


 僕は駄目を承知で値切りに打って出た。

 店主は険しい表情一つ変えずに、即答する。


「ダメだ」 


 やっぱり……でも、僕としてもここで引き下がる訳にはいかない。

 噂でしかないが、この店はこの街で一番質の良い武具を作っているといわれているのだ。おそらくその噂は真実だろう。今も卓の上で輝く武具は、見た限りではかなり良質なものに見える。

 でもーーそれでも、この値段はおかしいだろっ……!

 納得がいかない僕は、意を決して店主が折れるまで押し続けることにした。


「そこをなんとか……お願いします」


「いや、ダメだ」


「お願いします!」


「だから、ダメだと言ってるだろうが!」


「そこをどうか! お願いします!」

 

 


 こうしたやり取りを続けること三十分。ついに店主が折れた。

 店主は溜め息を吐き、頭をボリボリと掻きながら言う。


「ったく、しょうがないガキだな。もういい、そこにあるの全部で1金貨リュー。それでいいだろう?」


 僕はほっと胸をなで下ろした。この人なんか怖いし、こうして人と長くやり合うのなんて慣れてないから、話してる間中心臓がバクバクいっていた。


 1金貨(リュー)でもまだまだ大金だけど、最初に提示された5金貨(リュー)よりはましだ。

 お金を稼ぐ方法も、漠然としたものだが考えてある。

 稼げるかどうか、確証は持てないけれど。


「ほら、これで1金貨(リュー)なんだから、お買い得だろう?」


 店主が僕の前にドンと出した装備は、さっきの短剣と盾、それにおまけで胸や肘、膝などに付けるプロテクタータイプの軽めの防具だった。

 僕は顔を思いっきり緩めると、勢いよく頷いて見せた。


「でも、坊主……お前、1金貨リューなんて払えるのか?」


 僕のこの身なりでは、とても金持ちの家の子には見えないだろう。店主は怪訝そうな表情を作って訊いてくる。


「僕、【神殿】攻略に行って、それだけのお金を稼げる力を手に入れてきます」


 決意と共に、僕は宣言する。

 神話の英雄達は、神殿を攻略して【神器】とさらに財宝の数々を手にしたという。僕もその財宝を手にすれば……1金貨(リュー)なんてすぐに払える値段だ。

 それを耳にした店主は暫く硬直したまま目を見開いて僕のことを見ていたが、やがて思い出したように頭を振ると、大声で笑い飛ばした。


「ガハハハハッッ!!! 坊主、そりゃ本気かい!? いいねえ、やってみせろよ、【神殿】攻略!!」


「はい!!!」


 店主に肩をバンと叩かれ、僕は痛みに一瞬顔をしかめるも、すぐに店主と一緒になって笑いだした。


 今の僕なら、やれるかも……いや、やってやる。


 エルのために、父さんたちのために。世界のために。……そして、なにより僕自身のために。


「行ってこい、坊主。――装備代、払わなかったら許さねえからな」


「はい、でも今日は準備に時間を使って、出立は明日にする予定です」


 僕は微笑み、新しい剣を手に取ってその刃に指を添わせる。

 まるで鏡のような光沢を放つその剣は、軽く振ってみてすぐに僕の腕に馴染んでいくのがわかった。


「この装備、試しに着けてみてもいいですか?」


 店主に了承をもらい、その場で軽装と盾、短剣を身に付ける。

 軽装は着けてみても特に違和感を感じないし、盾も持っていて気にならない軽さだ。


「おじさん、僕のこと全部わかってたの……?」


 僕は彼の眼力がんりきに驚き、訊く。


「ああ。これが俺の仕事だからな。客に最も合った武具を提供する。武具商人の務めよ」


 店主は白い髭をもしゃもしゃといじりながら、照れくさそうに言った。


「本当に、ありがとうございます。【神殿】を攻略して、必ずこの代金は払いますので、その時まで待っていてください」


 僕は店主に深く頭を下げる。

 店主は僕の肩を、さっきよりも強く叩いた。


「行ってこい。もう一度言うが、戻って来なかったら許さねえからな」


「はい! 必ず戻ります」


 僕は最後にもう一度礼を言い、武具屋を後にした。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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