5 いざ、マーデルへ
『潮騒の家』のメイドさん、サーナさんがパンが詰まった袋を腕に立っていた。
驚いた表情で、眠そうな目を見開いている。
「どうして、トーヤが……? この人達、何……?」
サーナさんはアマンダさんとルーカスさんの髪を見て呟く。
「リューズ。どうして、リューズの方がここへ……?」
「私はアマンダ・リューズ。こっちは弟のルーカスよ。何故私達がこの街に来ているのかは、まだ言えない……。ねぇメイドさん、マリーナへの船はどこから出ているか、知らないかしら? 急いでいるの」
切迫した様子のアマンダさんに、サーナさんは西の方向を指差し、「ついてきてください」と言った。
ボサボサの茶髪を揺らし、駆け足で船着き場に向かう。
僕らも立ち上がって後を追った。吐き気は若干残っていたけど、もう気にしてられない。我慢して走る。
幾つもの大きさの船の横を通り、見付けたのは巨大な帆船。
どうやら、これがマーデル国へ向かう船らしい。
「大きいな。こんなの始めて見たぞ」
「ええ。素晴らしいわね」
その帆船は全長120メートル、幅は20メートル程で、僕がこれまで見た中でも一番大きい。
後で知った事だけど、この船は世界で二番目に大きな船らしい。
「これに乗せて貰えれば、マーデル王国に行けると思う……」
港に下ろされたタラップから、船員が荷物を出し入れしている。
アマンダさんは船員さんに声をかけた。
「すみません、この船に乗せてもらえないかしら?」
やはり、この船員もアマンダさんの白い髪を見て嫌そうな顔をした。
首を横に振って断る。
「仕事中だ、邪魔をするな」
「お金なら幾らでも出せるわ。私はリューズ家の人間よ」
リューズと聞き、船員の表情が変わる。苦い顔をして、渋々了承した。
「わかった、船長に話をつけてみる」
「ありがとう、船員さん!」
船員さんは荷物を持って船の中へ戻っていった。アマンダさんがこちらに微笑みかけ、「オッケーよ」と伝える。
「この船だと、どのくらいの時間でマーデルに着くのですかね?」
「距離を考えると、一、二日はかかりそうだ。それまで王女が無事でいてくれたらいいが」
アリスが尋ね、ルーカスさんが返答する。
今こうしている間にも、王女の身に危険が迫っているかもしれない。もたもたしている暇などなかった。
さっきの船員さんがまた船から出てきて、僕たちに吐き捨てるように言った。
「船長はお前たちを船に乗せることを許可した。揉め事を起こさないこと、金貨50枚を払うことを条件としてな」
た、高っ……。船に乗るだけでこんなに取られるのか。
そんな大金を払えと言われても、アマンダさんはにこやかに金貨の袋を懐から出して、船員に押し付ける。
「これでいいかしら? 金はまだまだ持っているけど……」
船員はタジタジと渡された袋を見て、大急ぎでその袋を抱え走り戻った。
「アハハ、血相変えて飛んでいっちゃったわ」
アマンダさんが人目も憚らず口を開けて笑う。
改めて、この人達が凄いお金持ちなんだということを認識させられた。
「流石、リューズ……」
サーナさんは呆然と金の袋の行方を見やる。
結局、あのお金は商会の手でリューズ家に戻ってくるに違いないだろう。
「さあ、乗り込みましょうか」
アマンダさんを筆頭に、タラップを上って船の中へ。
サーナさんとはここでお別れだ。
「じゃあね、トーヤ」
「うん。やること終えたら、また戻ってくるからね」
サーナさんが手を振ってきて、僕も振り返す。
目を細めるサーナさんに見送られ、僕らは出発した。
船の帆が立ち上がり、風を受けて少しずつ進み出す。
いざ、マーデルへ。王女様を救うため、僕らの決死行が始まるのであった。




