4 王女誘拐
「マーデル国の王子が、ミラ王女を拐った……?」
背筋が凍り付く。どうして、こんな事になってしまったんだ?
「一国の王女が誘拐されるなど、ただ事ではない。……これは、マーデルからの宣戦布告ととるべきでは、ないでしょうか?」
ノエルさんが放つ言葉に、シアン達は息を呑み、王様は床に崩れ落ちた。
怒りと、悲しみと……王様は混乱している。どうしよう……。
追い討ちをかけるように王の側近の男性が走って来て、報告した。
「王よ! 先程入った情報ですが、どうやら目撃者もいるようで、確実な情報のようです!」
広間に響き渡る男の声。
僕は拳を握り締めた。
「ノエルさん、事は一刻を争います! マーデルに行って、王女様を救うべきでは?」
マーデル国からの宣戦布告。国と国が争う事態の、人質に王女は取られたのか。
「しかし、簡単には動けない。これはマーデルとスウェルダ……国同士の問題だ」
「いや、行け! 誰でもいい、娘を取り返してこい!」
ノエルさんが踏みとどまるも、王様は怒りの形相で叫んだ。
白い髭が揺れ、額には青筋が浮き出ている。逆らったら処刑されそうなその勢いに、ノエルさんも首を縦に振らざるを得なかった。
「わかりました、行きましょう」
王の側近の男が言う。
「王よ、我が国の軍も動かしましょうか」
「ああ、そうしてくれ。今すぐだ!」
慌ただしく飛んでいく男を見送ったノエルさんは、僕の肩に手を置いて言った。
「王よ、この少年こそが『古の森』、『暗黒洞窟』の【神殿】を攻略した『英雄の器』です。彼の力があれば、速やかに王女を奪還できるでしょう」
……僕がやるんだ。
力を持つ僕が、王女様を救い出さなきゃ、誰が代わりにやるというんだ?
「任せてください、王様。僕が必ず王女様を助けます!」
王様の目を見て、覚悟を決める。
軍が戦いを始める前に、何としても王女様を取り戻さないと戦争になる。時間は止まってくれない、急がないと……。
「少年よ、頼んだぞ」
王の一言に僕は頷き、一礼してから急いで走り出す。
エル達、そしてルーカスさん達も駆け出した。
「ルーカス、アマンダ。お前達はトーヤくん達を守れ。私は商会の事もあって動けないが、お前達ならやれるだろう」
「任せて、お父さん。私がいればマーデルの連中など敵ではないわ」
ノエルさんの頼まれ、アマンダさんは不敵に笑う。ルーカスさんは眉間に皺を寄せるも小さく首を振った。
門を出た僕らはアマンダさん達が停めておいた馬車に乗り込み、港町エールブルーへ向かう。
ストルムからエールブルーまで馬車で約半日。時間が押している今、普通の馬車では遅すぎる。
歯がゆい思いで馬車に乗った僕は、ふと気付いた。
「スレイプニル……」
「え?」
「スレイプニルが本気で走れば、十数分でエールブルーに着ける。馬車が耐えられるか分からないけど……」
アマンダさんが神妙な面持ちで腕を組み黙考する。
僕の提案は、受け入れられた。
「そうするしかなさそうね。この馬車なら、皆を乗せて走っても恐らくスレイプニルの速度に耐えられる筈」
「ルーカス様、アマンダ様! 只今戻りました!」
モアさんが乱れた髪を押さえながら駆け寄った。
「モアさん! 急いで乗ってください!」
【神殿】テュール攻略メンバーに、アマンダさんを加えた僕らは、スレイプニルの引く馬車で進み出す。
目的地はエールブルー、そしてその先にあるマーデル王国だ。
ストルムの西門を抜けると、スレイプニルが加速した。
激しい馬車の揺れに、僕達は言葉を発することすらままならない。
窓を見ると、景色が目まぐるしく変わり、目が回ってしまいそうだった。
ダメだ、気持ち悪い。酔ってしまったみたいだ。
僕は座席にうずくまって到着の時を待つ。ああ早く着いてくれ。
辛い時間は一瞬で終わる。
吐き出されるように全員が馬車から降りると、そこは懐かしいエールブルーの街の入り口だった。
「はぁ、はぁ、やっと着いた……うぷっ」
吐いた。
波止場から海に思いっきり胃の中のものをぶちまけると、少しすっきりした。
エルが背中をさすってくれる。有難い。
「スレイプニル、ヤバすぎだよ……。こんなに揺れるとは自分でも思ってなかった……」
後悔する。スレイプニルに直接乗る時とは違い、馬車では揺れが段違いに酷い。
こんなことになるなんて、と僕は涙目になった。
「あらあら、私は平気だったわよ」
シアンやジェード、シェスティンさんらが嘔吐している中、アマンダさんは涼しい顔だった。見るとルーカスさんも普通に海を眺めている。
『魔族』は揺れに強い性質でも持っているのだろうか。
不思議に思った途端、嘔吐物がぶり返してきた。
「大丈夫? トーヤくん」
「大丈夫じゃないよ……エルは平気?」
「うん、平気。平気どころか元気になってるよ。……あぁ、トーヤくんの食べたものが出て来てる」
恍惚とした表情のエル。
はぁ、まさか僕の吐いたものにさえ愛を感じてしまうとは……。
エルの僕に対する愛情は、ここまで来ると度が過ぎているように感じる。
「エル殿は特殊性癖過ぎますよ……。ちょっとどうかしてるのではないですか?」
「何!? アリス、言ってくれるじゃないか。トーヤくんは誰にも渡さないぞ!」
また始まった。あんまり味方同士争わないで欲しいんだけど……。
……おえっ、また来た。辛い。
「あれ……? トーヤ? 何でそんな所でゲロってんの……?」
白いエプロンに、黒のワンピース。メイド服を来た女の子、サーナさんが山のようなパンの袋を抱えてこちらを見ていた。




