3 炎の血
僕らは、街の北部にある王宮へ向かって駆ける。
王女様が行方不明になったという大事件に、日頃は静かな街中が大騒ぎとなっていた。
「これまで、王族が突然姿を消すことは俺の知る限り一度も無かった筈なんだ! 王女が危ない目に遭ってなければ良いが……」
ルーカスさんが走りながら叫んだ。
僕らは、王女様とはあまり関わりが無いかもしれない。
でも、一国の王の娘が姿を消したとなると、他人事でいられる訳がない。
王女様はまだ若く、確か十七歳だった筈だ。そして、王家に男の王子はおらず、今の王の後継ぎは王女様だともう既に決まっているのだ。
そんな王女がいなくなったらこの国はどうなるか。
政なんて知らない僕にだってわかる。
……国が大きく揺らぐ。最悪の場合、王家が崩壊するかもしれないのだ。
王宮が、見えてきた。
いつもは荘厳な雰囲気で鎮座する王の宮殿。黄金の装飾は、王家の絶大な富と権力を象徴している。
「すみません、詳しく話を聞かせて貰えませんか?」
ルーカスさんが門衛に詰め寄る。
門衛の男性は、忌々しそうにルーカスさんの白髪を見た。
「なんだ、貴様らは。今は非常事態だ、貴様らに関わっている時間などない!」
僕は東洋人、他の皆の多くは亜人。
話を聞き入れてもくれない門衛の男の人に、僕は溜め息をついた。
「良く見てみれば……貴様ら、亜人ではないか。王の神聖なる宮殿に、貴様らが足を踏み入れる事など許されんぞ!」
まただ。どこに行っても、こう言われる。
指を差されて、お前達に存在する価値はないと排斥されるんだ。
「この野郎ッ! 話を聞けって言ってんだよ!」
「待てベアトリス、落ち着くんだ。気持ちは分かる、だがここで怒鳴っても何も変わらん」
「ルーカス様っ……!」
ベアトリスさんが食い下がり、僕らも身を引く。
所詮、他人事なのか。亜人や別の人種は、王の民ではないのか。
エールブルーの街では、僕らみたいな人達でも普通の人と対等な立場で暮らしていけた。でもそれは、あの街が港町で異国の民や文化が多く混ざっていたから。
だけど、ここでは違う。
貴族や王族、彼らは僕らを排除しようとする。邪魔だとか、汚いとか、何だって言う。
「おら、邪魔なんだよ! 消えな」
門衛の一人が、アリスに蹴りをぶつけた。
突然蹴られ、抵抗することも出来ずにアリスは石の地面に倒れる。
「何て事をするんですか!? この子は何もしてないのに!」
僕は声を上げる。彼らの耳には届かないと知っていながら。
「何でかって? そりゃあな……こいつらが、ゴミ以下の存在だからだよ!」
唾を吐きかける人間の兵士。綺麗な黒髪を汚される小人の少女。
僕は何も出来なかった。
王女の危機を救いたかった、それだけなのに。僕は何も出来ない。
「僕達は、王女が行方不明になったと聞いて、ここまでやって来たんです! それなのに、そんな酷いことをするなんて!」
僕は叫ぶ。こんなの、理不尽だろ。
「やめて、トーヤくん。この人達に何を言っても聞かない!」
シェスティンさんが小さな手で僕を押さえた。
僕は、思わず体を前に出してしまっていたようだった。気付いて、冷静になる。
「すみません……」
くそっ、僕らには何も出来ないのか。
いや、【神器】を利用すれば、あるいは――。
「いや、トーヤくん……力に任せてはダメだ。ここは一旦引くべきだと思う」
僕は【神器】に伸ばそうとしていた手を止めた。
エルの言い分は正しい。力を見せつけても、人の心は動かないのはわかっている。
本当に人の心を動かすのは……。
「あらあら、ルーカス! トーヤ君たちも帰ってたのね!」
アマンダ・リューズその人の声が、離れた場所から届いてきた。
馬車に乗って王宮前に来る彼女には、父親のノエルも同伴している。
馬車が僕らのすぐそばに止まると、アマンダとノエルは緩慢な動作で音も立てずに降りた。焦っている素振りなんて、一切見せていない。
門衛たちの表情が彼らの登場に強張る。
「非常時に呑気にこんなことを訊くのはなんだが……。【神器】テュールは誰が手にしたんだ?」
「ぼ、僕です」
僕はノエルさんの血のような赤い目に射抜かれ、おずおずと応えた。
「そうか。良くやったな」
ノエルさんは僕の肩に手を軽く置き、真横を通り過ぎて門衛の正面に立ちはだかる。
不敵な笑みの仮面を被る男は、門衛達の耳元で囁いた。
「この子達は私のところの子でね。傷付けられたくはなかったんだがな。――どう落とし前をつけさせようか」
門衛たちは震え上がり、ノエルさんの燃える炎の目に腰を抜かす。
「親父……」
ルーカスさんが神妙な顔で呟く。
ノエルさんは、今何をしたんだ……!? 『魔族』の力を、行使したのか?
「さあ、行きましょう。『英雄の器』たちよ」
絹のような純白の長髪をなびかせ、アマンダさんは僕らの先を歩く。抵抗できなくなった門衛を押しのけ、王宮の門を解放する。
「――トーヤくん」
僕は頷く。エル達と共にアマンダさんの後に続いた。
正当な手段で入る訳ではないけど、今はしょうがない。僕は自分に言い聞かせ、早足で王宮の内部へ向かった。
ルーカスさんは僕達から少し遅れてついて来る。彼の表情は翳っていた。
王宮の大広間。そこは先日晩餐会が行なわれた、王宮で最も豪華な部屋であった。
だが、今は置かれていた全てのものが取り払われ、そこにいるのは蒼白な顔のスウェルダ王のみ。
「王よ! 詳しい話をお聞かせ頂きたい」
ノエルさんが、広間の中央で茫然自失と立ち尽くす王に尋ねた。
王は酷くショックを受けているようで、突然の来訪者に驚く素振りを一瞬見せるも直後には俯いてしまった。
王様がこんな様子でいるなんて、信じられない。何か、よっぽど大変なことが起こったんじゃあ――。
「王様、何があったのですか!?」
僕は王様に駆け寄り、虚ろな目の彼に事情を聞き出す。
「……られた」
「え?」
王様は、一言。
僕が問いただすと、前の言葉も一気に吐き出した。
「娘が、ミラが、連れ去られた。マーデルの……マーデル国の王子の手によって、誘拐されたのだ! マーデルめ、つい先日は仲良くしようなどとほざいておきながら、このような仕打ちをしてくるとは……許せん!! 断固として、マーデルの奴らを許してはおかん!!」
王の憤激に、僕達は凍りつく。
まさか、マーデルの王子が、ミラ王女を連れ去ったなんて。
穏やかな性格で知られる王子がこんな蛮行に至ったという事実を、飲み込むのに少しの間を要した。




