2 ストルムへの帰還
「……父上」
アリスは、居間でくつろぐ僕らを見守っていた父親の前に立った。
目はまっすぐ尊敬する一族の【英雄】を見据え、力がこもっている。
「父上。私は、あの方達にどうしてもついて行きたいのです。許して頂けますか」
「それは、何故だ? 相応の覚悟を持たぬのなら、私は許さんぞ」
父親の厳しい問いに、アリスは静かに答える。
「……それは、私があの方達に命を救われたからです。彼らに救われた恩を、彼らに尽くすことで返したい」
凛とした表情に迷いは一切なかった。
村長は小さく笑みを溢し、娘の肩に手を置く。
「そうか。それが、お前の決めた生き方なのだな。ならば私は応援しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます、父上!」
多分、父親に駄目と言われてもアリスは僕に付いてきたと思う。
彼女の意思の強さは本物だ。
飛び上がって村長に抱き付く。胸がぷるんと揺れて、触れている村長も嬉しそう。
……いいなぁ。
村長が僕を「父親の目」でじろりと睨む。
な、何ですか……?
「娘に変な事をしてみろ、その時はすぐにでもお前の所に飛んでいくからな」
「そ、そんな事しませんって! むしろ心配なのは僕の先輩の彼女」
「あ、あたしかよ!?」
村長の心配事は、ベアトリスさんに押し付ける。
この人お風呂でアリスのおっぱい揉みまくってたし、僕なんかよりずっと注意しといた方が良い。
「にしても、ベアトリスが巨乳フェチだったとはね~。長い付き合いなのに、知らなかったよー」
「ええ。必死で揉みしだく姿を思い出すと……ぷぷっ」
シェスティンさんが頭の後ろで腕を組んで笑い、モアさんはあの光景を思い出して噴き出す。
ちょっと思ったんだけど、モアさんの笑いのツボって謎だよね……。あれは普通笑う所じゃない。
モアさん達の笑いが止まるのを待ってから、ルーカスさんが村長に深々と頭を下げ、礼を言った。
「色々お世話になりました。本当に、ありがとうございました」
「ああ、こちらこそ礼を言わねばならんな。あの『魔の口』をお前達が攻略してくれたお陰で、もうこの村がモンスターの害に苦しむことはない。一族の皆が感謝しているぞ」
誇らしい気分になった。
僕達のやり遂げたことが、ある人達のためになる。それを実感して、心から自分達を誇りに思える。
戦いの中で、自分達の道を見付けることが出来たから。
僕達は、顔を上げて進んでいけるんだ。
「良かったですね、トーヤさん」
「うん。きっと、英雄はたった一人じゃない。僕達ひとりひとりが【英雄】なんだ」
シアンとジェードは魔具で戦い、襲い来るモンスター達を次々と倒してくれた。
ルーカスさん達は、磨き上げられた技で僕らを窮地から何度も救ってくれ、暗黒の中でも希望を見失わないでいてくれた。
エルは、魔法で僕を限りなくサポートしてくれた。光を絶やさずに、限界まで魔力を注いでくれた。それが、彼女にとって危険だと分かっていても。
そして、アリスは。
僕の仲間を助けてくれた。これは昨日アリスに言ったことだけど、仲間を助けられた恩は、僕にとっての恩だ。
アリスには、感謝してる。
アリスだけじゃない。皆にも心からの感謝をしたい。
「じゃあ、俺達帰ります。待っている人がいるので」
「そうか。では村の外まで見送ろう」
鬼蛇様式の屋敷を出て、村にずっと待機させていた馬車に乗り込む。
「またいつか、会いましょう」
ルーカスさんと僕は、村長と握手。
アリスも、父親とお別れを済ませて、最後に村を一瞥してから馬車に乗った。
「おーい! アリスー! 【英雄】様ー!」
声の方を見ると、小人族の人達が地下から出てきて僕達に手を振っていた。
僕たちも彼らに手を振り返す。
「皆さん、ありがとうございましたー!」
僕たちを乗せた馬車は勢い良く出発していく。
スレイプニルが久し振りに思いっきり走れて嬉しいのか、しきりに鼻を鳴らしていた。
「そういえば、今回の【神殿】攻略はタイムラグはそれほどでもなかったみたいだね?」
過ぎて行く村を後ろに、僕はエルに訊く。
村人の反応を見ても、精々長くて一週間ぐらいだろうか?
「うん、そのようだね」
エルは一言答え、窓の外に目を向ける。
【神殿】テュールで僕を導いた赤猫……女神『シヴァ』。彼女の存在は、エルを大きく揺さぶったようだった。
今も、彼女の事を考えているのか。僕も白い外の世界を眺めた。
女神シヴァについては、謎が多い。神話では、神様達は最終戦争の後、人間達に世界を託して天界へ去り、二度と下界には戻ることの出来ない定めとなったという。
なのに、あの女神シヴァは今も下界にいて、僕らに介入してきている。
女神シヴァが神話から外れた存在なのか、そもそもその神話に誤りがあったのか。
僕は、女神シヴァが神話から外れたイレギュラーな存在なのではないかと見ている。きっとエルも同意見な筈だ。
『アスガルド神話』が正統な世界の歴史を著したものだとエルも言っていたし、その神話が間違っているとはとても思えなかった。
「シル……」
シル。シヴァ。
同一人物だろうか。
あの人は、エルとどんな関係なのか。
あの人は、本当に『女神』なのか。
謎は深まるばかりだ。
「考えても、わからないものはしょうがないね」
僕は呟き、溜め息をつくのだった。
約半日かけ戻って来たスウェルダ首都、ストルム。市壁の門を潜り、東の学院や大聖堂のあるエリアを通る。
「……ん?」
いつもより街が騒々しい気がして、僕は窓から身を乗り出して外を見た。
何やら、町中が大騒ぎになっている。
「大変だ、大変だ!」
「どこに行ったんだ!? 探せ!」
「王女が、いなくなっただと!?」
え、嘘……。王女様がいなくなったって!?
「これは……神殿攻略を終えて、浮かれてる訳にもいかなくなったな」
ルーカスさんが眉間に皺を寄せる。
事故か、事件か。王女の捜索隊が町中を駆け回っていた。
「王宮へ向かおう。事情を聞く」
「はい!」
通りは人が一杯で、馬車では早く進めない。
僕達は馬車を降り、走り出す。
「モア、馬車を頼む!」
「わかりました!」
モアさんに馬車を任せ、僕達は王宮へ急ぐ。
一体、僕達がいない間に王女に何が起こったのだろう?




