1 お風呂大パニック!?
「トーヤ殿、私と一緒にお風呂に入りませんか?」
朝起きると、開口一番アリスがこう言ってきた。
「オフロ? 何それ」
僕は初めて聞く単語に首をかしげる。
僕のその反応に、アリスは驚きのあまり腰を抜かした。
「う、嘘でしょう……お風呂を知らないなんて、トーヤ殿は人生を損していますよ」
「損してる……。ねえアリス、オフロってなんなの!?」
謎のオフロについて僕はアリスを問い詰める。
大きな声を出してしまったせいか、他の皆も起き出していた。
ルーカスさんが昨晩の僕のように周囲を見回し、「あぁ」と安堵の息をつく。
【神殿】テュール攻略の翌朝。
小人族の地下都市にも、朝が訪れていた。
激しい戦い、そして暗黒の中を強行にも進み続けた僕らは、小人族の人達に倒れていた所を助けられ、今ここにいる。
助けてもらったし、小人族の村長さんに後で皆で礼を言いに行こうかな。
「お、おはよう、トーヤくん」
エルが目を擦り、欠伸をしながらいつものように言う。
長いようで短かった【神殿】攻略も終わり、僕達の日常がやっと戻って来た。日常を再び始められて、僕は嬉しさをしっかりと噛み締める。
「で、オフロって何だっけ?」
さて、朝から疑問が一つ生じてしまった。このままだと気になって朝食も手につかない。
このオフロの謎を解き明かすまでは、朝食は食べれないな……。
「エル殿はお風呂、知ってますよね!?」
「え? ああ、知ってるさ。何でそんな当たり前のこと……あぁ」
エルが何か思い付いた時のニヤッとした表情になった。
この表情の時のエルは、大抵面倒で良からぬことを考えている。不安だ。
「アリス、お風呂はどこにある?」
「実は、この宿にお風呂はないのですよね……ですが、私の家になら大浴場があります。そこへ行きましょう」
「ふふ、わかったよ」
アリスからお風呂の話を聞き出し、エルは僕の右腕に自らの腕を絡ませた。
「トーヤくん、私と一緒にお風呂に入ろう!」
「だ、だからお風呂って何!?」
訳が分からない。アリスもエルも変な笑顔で僕を見るし……二人とも、疲れで変になっちゃったのだろうか。
「私も参戦して良いでしょうか」
やたら真剣な面持ちで割り込んできたのはシアンだ。
気付くと、シェスティンさんとベアトリスさんもニヤニヤと僕を見ていた。
モアさんは目頭を押さえ、他の女性陣から目を背ける。
「私も私もー! トーヤくんとお風呂入りたいー!」
「あたしも入れろ! トーヤはあたしが育てたんだ!」
確かにリューズ邸の使用人としては育てられたかもしれないけど、たかだか一ヶ月の話じゃないか。
ベアトリスさん、僕に命令したり乗っかったりして、僕は彼女に育てられたなんて思えないんだけどなぁ……。
どちらかというと、モアさんの方が僕を育てたという感じがする。
それにしても、お風呂って皆で入れるものらしい。
どんなものなんだろう。見当もつかない。
蚊帳の外になってしまっているルーカスさんとジェードは、ただ呆然としていた。
モアさんはごそごそとバッグの中を漁っている。化粧落としを取り出すと、ちょっと目を細め嬉しそうだった。
「さて、行きますか」
って、モアさんまで!?
あんな素振りしといて、行く気満々じゃないですか……。
「……じゃ、皆で行くか……?」
ルーカスさんがおずおずと進言する。あのリーダーシップはどこ行ったんですか。
僕らは朝の人が多い地下都市の通りを歩いて、穴の下の広場へ。
穴を登り、地上にあるというアリスの実家に移動した。
雪を被って真っ白になった大きな屋敷。
村長のワック・ソーリさんが住まうこの屋敷は、かつて人間が暮らしていたという建物らしい。
普通の屋敷とは違い、宿と同じように鬼蛇風の建築様式だ。
暖炉の代わりに居間の中央に位置する炭と灰のある場所は、囲炉裏というようだ。
覚えてもいない故郷の文化が混じった家屋に触れ、僕はどこか感慨深い思いでいた。
僕も生まれたばかりの幼い頃は、こんな場所で父さんと母さんに抱かれていたのかもしれない。
「良く来てくれたな、『魔の口』から帰還した英雄達よ。村を代表して私が礼を言おう」
「いえ、俺達は俺達に出来ることをやっただけですよ」
村長が頭を下げようとすると、ルーカスさんは人の良い笑顔で、いいですよと言う。
「そうか。お前達は、我が家の風呂に入りたいそうだな? 存分に堪能すると良い。極上のものを用意してやろう」
僕の喉がごくりと鳴る。堪能する……極上……もしかして、食べ物?
それだと『入る』というのがわかんないけど。
「こっちに来なさい」
村長は階段を下りて地下へ向かう。
お風呂は、地下にあるのか……!
何かもう楽しみになってきた。お風呂を早く見たい。
「一時間、一銀貨。貸し切りにしてやろう」
村長は僕らを階段を下りた所まで連れていくと戻っていった。
「この奥の廊下の突き当たりに、大浴場がありますよ」
アリスが駆け足になる。石の廊下の端まで着くと、僕らに手招きした。
僕が突き当たりにあるそれを見ると、『男』『女』と暖簾のかかった二つの入り口があった。
『男』『女』って……嫌な予感。シアン達のいやらしい目にも何となく納得がいった。
「ねぇ、ここで何をするの……?」
僕は恐る恐る訊いた。
が、エル達はうーんと唸り、僕の問いには答えてくれない。
「あのさ、アリス。混浴ってないの?」
「困りましたね……。それが無いのですよ。この際、トーヤ殿を女湯に拉致すれば良いのではないでしょうか?」
恐ろしい会話をしてる。なんだ拉致って。
「まあいいや、貸し切りだし。トーヤくん行こう」
「え、待って! ねぇ、待ってよ!」
エルが言い、僕はずるずるとシェスティンさんの怪力で引き摺られていく。
剣の訓練で頑張って鍛えた体も、この人の馬鹿力には敵わなかった。
「俺達は、男湯行くか……」
「そう、ですね……」
ルーカスさんとジェードは引きつった笑みを浮かべ、連行されていく僕からそっと目を逸らした。
「エル、いい加減説明して。これから何をするつもりなの!?」
僕は声を荒げる。エル達の無理矢理な手段は納得出来ない。
いつもは優しいのに、今日は皆様子がおかしくなっている。
もうやだ……。一体何なんだ。
「お風呂っていうのはね、用は水浴びさ」
水、浴び……?
「服を脱ぎ捨て、産まれたままの姿で熱いお湯に浸かる至福の時……。トーヤ殿、私達と共にお風呂を楽しみましょう!」
服を脱ぎ捨て? ……産まれたままの姿で?
「ま、不味いよそれは! ほら、だってそんなの恥ずかしいでしょ!?」
僕は顔を真っ赤にし、じたばたと暴れる。
「シェスティン、しっかり押さえな」
「ぐっ、ぐぬぅ……」
手足を固められ、僕の動きは完全に封じられた。
「私はトーヤくんになら全てを晒け出しても良い。多分ここにいる皆が満場一致でそう思ってる」
エルの恐怖の言葉に、全員が頷く非常事態。
もうモアさんなんか服脱ぎ始めてるし……。
僕は羞恥に目を閉じる。モアさん、悪気は無いんだろうけど脱ぐ時は先に言ってよぉ……。
「わ、わかったよ。一緒に、お風呂、入ればいいんでしょ? その代わり、変な事しないって、約束して」
僕はもう半泣きである。
やめてシェスティンさん関節痛い。
「ふぅ……あったか~い」
エルが、僕の隣で幸せそうに息を漏らした。
結局、僕は女の子達と一緒にお風呂に入っている。流石に全裸は不味過ぎるから、タオル着用だ。
初めてのお風呂は、思った以上に熱くてびっくりした。これまで体なんて濡らしたタオルで拭くだけだった僕には、お風呂のお湯で体を洗うのが新鮮に思える。
初のお風呂がまさか女の子達と一緒だとは、どんな運命の悪戯なんだろう。
髪がお湯に濡れていつもとは違った印象を受けるエル達を眺め、僕は溜め息をつく。
何はともあれ、こうして気持ちよくお風呂に入れたんだからまぁいいや。
僕は目を閉じ、脱力する。
「はぁ~っ……。はぁっ!?」
く、くすぐったい!
だ、誰かにお腹をくすぐられてる!
「や、やめっ……!」
誰かと思い目を開けると、モアさんだった。
「いい筋肉してますね」
ぶっっ!? と僕は噴き出す。
普段のモアさんからは想像もつかないセリフだけに、ダメージも大きい。
ベアトリスさんも大笑いしていた。笑う度に、形の良い双丘がたゆんたゆんと揺れる。
変な事をしないという約束はどこへやら、モアさんを起爆剤としてどんどん僕の体に女の子達の手が、ついでにおっきな柔らかい果実が当たる。
「流石トーヤさん、良く鍛えられてますね~」
「肌すべすべじゃない! いいなー、若くて羨ましいー!」
「あ、あたしにも触らせろ!」
てんやわんや、暫く玩具にされていた僕は、やっとのことで解放される。
暑い。うっすらと汗をかいてきている。
僕は再び、目を閉じてお湯に肩までじっくり浸かる。今度こそ邪魔が入らなければいいなぁ……。
「プッ……ククククッ!」
何だこの笑い声は――と思い見てみるとやっぱりモアさんだった。
何故モアさんは笑っているのかというと、ベアトリスさんがアリスの胸を揉みまくっているのを見て面白がってる……みたいだ。
「や、止めてくださいっ……!」
「ちょっ、これ凄い柔らかくて弾力ある! 何これヤバいよ!」
ベアトリスさんも異常なテンション。何が彼女らをそこまでさせるのか。
お風呂、恐るべし。
「あっ……! や、止めっ……!」
もう胸見えちゃってるし……これじゃタオルの意味がない気がする。
アリスの小人族では規格外の大きさの胸をじっくりと見て、僕は三度目を閉じた。
今度は、今度こそは……。
「げふっ! うえっ、何!?」
駄目だった。リラックスさせてよ。
エルが僕の体の上に跨がっている。もう色々アウト。
タオルから溢れそうなみずみずしい果実が目の前にある。僕は林檎のように顔を真っ赤にさせた。
「エ、エル……。変な事はしないって、言ったよね?」
「おい、抜け駆けすんな!」
抜け駆けって何ですか……。
というか、エル聞いてる?
「エル、エル?」
エルの目は虚ろだった。
口からは涎が垂れている。
これは本当に不味いかも……。
「と、トーヤ! そいつを引っ剥がせ!」
「そうですよ! このままだとトーヤさんの身に危険が!」
「ひ、引っ張っても離れないよー!」
シェスティンさんの怪力にも耐えるエルは、僕にがっしりとしがみつく。
僕の、貞操が危ない……!
「くっ、仕方ない。エル、目を覚まして!」
パシッ!
エルに、ビンタを食らわせる。
彼女の頬には赤い紅葉型の跡が。
「はっ! わ、私は何てことを……」
良かった、目が覚めたみたいだ。
エルは羞恥に顔を染め、すっと僕から身を引く。
モアさん譲りの秘技、ビンタ。
まさか初めてこれを使う相手がエルになるなんて……。本当はこんなことしたくなかったんだけどなぁ。
「はぁ~。幸せ」
懲りてない!? むしろ僕にビンタされて嬉しそうだよ!?
エル、もしかしてかなり変……
「いやだな、トーヤくん。変な誤解は止してくれよ? ……ぐへへ」
エルは、その場で溶けるようにお湯の中に沈んでいった。
だ、大丈夫なの……?
「エル! それ以上は止めなさい」
「ぷはぁっ! モアさん、邪魔しないでください。気付いてしまったんですよ、私は……」
水上に上がるエルは、キラリと目を光らせた。
そうか、とシアン達も合点がいったように手を打つ。
「そうか……トーヤさんに手を出そうとすれば」
「ビンタが貰えるっ……!」
欲望にまみれた視線が、僕に一斉に注がれた。
エルを一旦は止めたモアさんも、「一度、やられてみたかったのですよね」と乗り気になっている。
美少女達の手が迫り、僕の背筋はぞわっと粟立つ。
え、えっ!? ど、どうしよう……!?
結局それから僕は、泣く泣く彼女らにビンタをかますことになったのだった。
「あぁ~いい湯だった」
ベアトリスさんとシェスティンさんが、風呂上がりの牛乳をあおり、顔を見合わせとても良い笑顔で言った。
僕は、げんなりと彼女らから少し離れたところで嘆息する。
「元気出せ、トーヤくん。女の子達と風呂に入ることは男の浪漫だろ? それをやってのけたんだから、君はまさに【英雄】だよ」
「そんな英雄、もう御免ですよ……」
女の子達が、こんなに恐ろしい存在だったとは……僕はしっかりと心にそれを刻み付けた。
でも、エル達の新しい一面も見れたし……まあ、たまにはこんな事もあっていいのかもしれない。




