19 待つ者
意識を失っていたシアン達の周囲を、精霊の光が包み込む。
神様の力によって一命をとりとめた彼らは、うんと唸りながら緩慢な動作で起き上がった。
「……あれ? 私、戦ってて、やられて……?」
僕はシアンの体を抱き寄せる。
「大丈夫?」と優しく囁いた。
「うーん、昇天しそうです」
シアンはシアンだった。幸せそうに僕の腕の中で目を閉じる。
「もう思い残すことはありません……!」
えっ、シアン!? 何を言ってるの?
「茶番は止めて。神様が見てるんだよ」
いつもなら「うがーっ!」と大声を上げて僕と他の女の子を引き剥がすエルだったが、流石に【神殿】でそれをやるのは憚られたのか静かに言った。
「すみません。エルさん」
シアンは名残惜しそうに僕の腕から抜け出した。
「くそっ! 実力で敵わなかった……!」
「私達が、未熟でしたね」
意識を取り戻したルーカスさんが床に拳を叩き、モアさんは唇を噛んだ。
「私達に、もっと力があれば……こんな風に負けたりはしなかった筈なのに」
「何か奇跡が起こって助かったみたいだけど、本当だったらあたしたち、死んでたよね」
シェスティンさんは悔しさに歯を食い縛り、ベアトリスさんは自嘲気味に力なく笑った。
「皆……」
「トーヤくん、君が奴らを倒してくれたのか?」
ルーカスさんが訊く。
あいつらが【神殿】に現れたのは僕のせいだ。僕のせいで、ルーカスさん達は傷付いた。
「ごめんなさい」
「……君は、何も悪くないさ」
ルーカスさんは立ち上がる。僕の肩に手を置き、ぐっと掴んだ。
「さあ、進もうぜ。【神器】を手に入れるんだ」
僕は頷く事が出来なかった。
「僕はいいです。僕には、神オーディンの【神器】がありますから」
「……本当にいいのか?」
ルーカスさんの赤い目が、僕の黒い瞳を射抜く。
僕の嘘は見抜かれていた。
ノエルさんと同じ……この人に、嘘はつけない。
「僕は……」
「トーヤ殿! 助けていただいて本当に、感謝しております」
傷が酷く他より回復が遅かったアリスが、飛び起きて僕に頭を下げる。
アリスの瞳は、僕だけを見ていた。他のことを全て忘れてしまったみたいに。
「アリス……」
「そんな顔をしないでください、トーヤ殿。兄は……やはり、死んでしまったのでしょう。もう仕方ありません。ここまで、本当にありがとうございました」
アリスは涙を溢す。家族を失い、悲しんでいる。
僕はかける言葉を見失っていた。
悲しみは、人に言われて癒えるものではないから。
でも、諦められない。
僕は神様に尋ねた。
「テュール様。あなたの【神殿】に、小人族の男の人は来ませんでしたか?」
『さあな。俺には感じ取れなかったが……』
神殿には来ていない。
もしかして、そもそもここに来ていないということは考えられないだろうか?
『暗黒洞窟』へ向かう最中、何か事件があったとか?
僕がその考えを話しても、アリスの表情は晴れなかった。
当然だ。まだ彼女のお兄さんは戻って来ないのだ。お兄さんが生きて戻るまで彼女は悲しみ、苦しみ続けるのかもしれない。
「兄が生きているかどうか、結局ここまで来てもわからなかったということですか……」
アリスはうつ向く。
死人のように生気のないアリスに、シアンは言った。
「でも、わからないってことはまだ生きているって可能性があるということでしょう? 私なら、その可能性を信じて待ちます」
今のアリスには、それは過酷だろう。辛いだろう。できれば、忘れてしまいたいだろう。
思い出すだけで、悲しみが止まらなくなるから。
僕も、待っていた人がいた。いつ帰ってくるのか、心の底から待ち望んでいた人がいた。
しかし、僕はその人の存在を心の中で殺した。
父さんのせいで、家族が壊れた……いや違う、僕のせいだと。その思いに胸が押し潰されそうになり、僕は……。
「アリス、人を待つのは……本当に寂しくて、辛いことだよ」
僕は彼女に辛い思いをさせたくない。
でも、選択するのは彼女だ。
自分の生き方を決められるのは、自分だけ。
「私は……」
待ちます、と。
アリスは一言、水面に雫を落とすように。
兄との再会を祈って、呟いた。
僕は、アリスの小さな頭を撫でた後、静まりかえった部屋に声を響かせた。
「さあ進もう、皆! 全員で神殿を攻略して、またリューズ邸へ戻ろうよ!」
「そうだな。また、いつもの日常に戻ろうぜ!」
「うん、それが一番だよ!」
ルーカスさんとエルが笑顔を浮かべる。シアン達も微笑んでいた。
皆で、【神殿】の『神の間』の奥の隠し扉へ。
扉を開き、小部屋に入ると見えてきたのは、宝箱のような金銀財宝の詰まった大きな箱。
その箱に半ば突き刺さった形で入っているのは、黄金の剣だ。
「これが、神テュールの【神器】……!」
落ち着いた黒色の【グラム】とは異なり、金色に輝くその刃は派手であって、それでいて美しさも充分備えている。
僕らは見とれていた。見る者の心を揺り動かす美しさ、力強さがこの剣にはあった。
『我が名は神テュール!』
神テュールが威風堂々と叫ぶ。
……知ってますよ、神様。
『ゴホン。では、【神器】を託す者を選ぶとするか』
神様は黙考する。僕らは緊張しながら神様の答えを待った。
『我が【神器】を託すに値する人物は――トーヤ、お前だ』
僕は瞳を見開く。汗ばんだ手をズボンで拭い、黄金の剣に触れた。
「本当に、僕が……?」
剣に触れると、何かオーラのようなものが僕の腕を通して体に流れ込むのを感じた。
【神器】が、僕を使用者として認めたのだ。
『ああ。オーディンが認めたお前だ、二つ目の【神器】もすぐ使いこなせるようになるだろう。そして……七つの悪魔が復活し、世に放たれた。悪魔を倒せる【英雄】の器として、お前には力を尽くしてもらいたいと俺は思っている』
「はい……! あなた様のこの神器、必ず役に立てます」
二つ目の【神器】。新たな力。
武者震いが止まらない。ぞくぞくと、心の底から喜びがわき上がってくる。
「やった……やったぞっ!!」
僕は柄にもなく叫び、拳を突き上げる。
エルがあの時のように、僕にぎゅっと抱きついてきた。便乗してシアン、アリスも僕に飛び付いてくる。
「良かったね、トーヤくん!」
「私本当に感激しました! やはりこの人に付いてきて良かったんだと思いましたから!」
「あなたは最高の英雄ですよ、トーヤ殿」
ベアトリスさんとモアさんは苦笑する。
「ったく、暑苦しい」
「ですが、見ていて悪くもない。彼は本当に嬉しそうじゃないですか」
「いや、そうだけど……なんであんなに密着してるわけ? どさくさに紛れてトーヤにチューとかされたらあたし爆発しちゃうよ」
そう言ってももう遅い。
エルが、僕の頬に口付けをしていた。
柔らかい感触に、僕は嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になった。
たっぷり五秒くらい僕の頬に唇を落としていたエルだったが、シアンとベアトリスさんの手によって引き剥がされた。
「ははは……」
ルーカスさんは引きつった笑みを浮かべて、僕と彼女らを暖かい目で見守っていた。
『転送はいつでも出来るが、どうする?』
神テュールは『転送魔法陣』を部屋床に浮かび上がらせた。
僕らが頼めば、今すぐにでも外に帰れる。
「では、お願いします」
僕は【テュールの剣】と宝箱を持ち、言った。
これで、僕らの【神殿】攻略はひとまずの終わりを迎える。
「さあ、帰ろう」
僕らの体と意識は【神殿】を離れていく。
引っ張られるような奇妙な感覚を最後に、僕は神テュールの声を聞いた。
『これからお前達がどのように世界を変革していくか――楽しみにしているぞ』




