16 刺客
また、ここに来た……!
穴から投げ出されるように地面に落ちた僕は、霧に包まれた巨大な館を見上げた。
周りに人はいない。穴から出られたのは僕だけのようだ。
「皆……もしかして、失敗したのか?」
僕は頭を振る。
いや、多分穴から出る時間にもタイムラグがあるのかもしれない。
エルたちは先に行っていて、神テュールの元に辿り着いているのかも。
希望を見失うな、前に進め。
僕は霧の石畳の道を駆け抜けた。
扉を体当たりで強引に開く。
少なくともミノタウロス級のモンスターが待ち構えている筈、【ジャックナイフ】で早めに片付ける!
僕は強烈なシャンデリアの光が照らし付ける玄関ホールに目を走らせ、耳を澄ませた。
しかし、そこには何もいなかった。
「何故だろう? 先に誰かがモンスターを倒したのかな」
奇妙に思いながらも先を急ぐ。
この【神殿】のどこに【神器】があるかはわからない。だから、行く先は神の運命に任せるしかない。
玄関ホールの床を蹴り、廊下へと出る。
美術品の数々が並ぶ廊下は、踏み荒らされた跡があった。粉々になった調度品が散乱している。
嫌な予感がした。
先に【神殿】に入った者が、ここを荒らしたのか。
だとしたら、もしエル達が僕より前にここに来ていたとしたら……。
遠くから、悲鳴。
「行かなきゃ!」
僕は必死に音の元を探し、走る。
部屋の扉を開けては閉め、また次の部屋へ。
これは神様の試練ではない。僕は直感的にそう思った。
「はぁ、はぁ……どこだ!?」
僕は焦っていた。早くしないと、エル達の命が危ない。
【神器】が今までにない色になって警鐘を鳴らしている。黒い光沢の【神器】は、血のような赤色に変色していた。
「そうだ……!」
神オーディン、あなたの仲間の居場所を教えてください!
僕は【神器】の柄を祈るようにぎゅっと掴む。
【神器】は一つの方向へ赤い光の道筋を示した。
「ありがとうございます、神様!」
僕は指し示された方向、ここから真っ直ぐ進んだ突き当たりの部屋を目指し、ひたすら走る。
もう少しで部屋に着こうとしたその時、ドンッ、と地面が揺れた。
衝撃で僕は床に倒れ込む。
「ぐっ! 地震……!?」
違う。魔法の衝撃で床が揺れたのか。
この先の部屋では、戦闘が……。
「今行くよ、エルッ……!」
僕は力を振り絞って立ち上がり、大股で駆け出す。
部屋の扉をぶち壊し、転がり込んだそこには、黒いローブを着た魔導士が三人いた。
エルたちはそいつらと戦っている。
「あら? また一人増えましたわね」
「あいつは【神器】使いだよ。レオ、どうしよっか?」
「そうだなぁ……」
三人の少年少女は、エルたちと交戦しながらも余裕そうに言葉を交わしている。
レオと呼ばれた少年がリーダー格のようだ。
金色の髪を揺らすレオは【ジャックナイフ】を構える僕を一瞥し、笑った。
「……殺してしまおうか」
広い部屋の床は抉れ、所々に血の跡が付いていた。
今戦っているのはエルとモアさん、ベアトリスさん、ルーカスさんの四人。
シアン達やアリスは、魔導士達の攻撃で再起不能の重症を負ってしまっていた。
「トーヤくん、気を付けて! こいつら恐ろしく強い!」
鮮やかなピンク色の髪の少女と戦っているエルが叫んだ。
少女の水魔法の攻撃を、防衛魔法で防いでいる。
ルーカスさん達はレオともう一人の少年を相手取っていた。
数ではこちら側が勝っているのに、勝負では押されている。
モアさんが後衛、ルーカスさん、ベアトリスさんが前衛で戦うも攻撃を中々当てられずにいた。
「くそっ! 当てられさえすれば、魔法使いには肉薄攻撃が効く筈なのにッ!」
「全部、避けられてるね。生意気なガキ共だよッ!」
ルーカスさんとベアトリスさんは唇を噛む。
相手の炎や風の魔法を防ぎ、弾き返すモアさんも限界に近かった。
「こいつらは一体……!?」
「俺達は、『神殺し』の命を受けて動いている。アスガルドの傲慢な神々は我らの主には邪魔な存在。【神器】を破壊し、その力を奪うことが俺達の使命!」
金髪碧眼のレオがいつの間にか僕の前に立っていた。
レオは杖を僕に向ける。
「トーヤといったな? 鬼蛇の蛮族の出だとか?」
「鬼蛇人は蛮族なんかじゃないよ!」
故郷の民を侮辱されて僕は怒る。
レオを睨み付けると、彼はそれでいい、とばかりに彼は薄い色の唇を歪めた。
「トーヤ、俺と戦えよ。【神器】を持つ『英雄の器』の力、見てみたい」
「望むところだよ。君たちは……『組織』の人間なんだろう?」
かつて父さんを狙っていた組織の男が服に付けていた紋章。
それと同じものが、彼らのローブにも縫い付けられていた。
「そうだ。……お前も、父親のように無惨に散れ!」
レオの杖から炎が渦を巻く。
僕と『組織』との因縁の対決の幕が今、切って落とされた。




