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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第3章  神殿テュール攻略編

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15  風の矢

 導きのままに、僕らは光の穴を目指して進む。

 北の方角の、大きな岩の裏側にその穴はある。理屈では説明出来ないが、僕はそれを知っていた。


 赤猫……『魔導書(グリモア)の主』は一体何者なんだろう? 彼女はどうして、僕を導いてくれたのだろう?

 謎ばかりで、モヤモヤする。

 もし見てるのなら正体を現して欲しいけど、こうやって直接現れない辺り、何か理由でもあるのだろう。

 僕はエルに耳打ちした。


「ノエルさんがくれた『魔導書(グリモア)』の主が、僕に話しかけているんだ」

「……! そうか。なら、その声を信じても……良かったかもしれないね」


 やはりエルは何か知っている。でも、それを表に出そうとはしない。


「エルは、僕のこと信頼してるよね?」

「当然さ。当たり前じゃないか」

「……じゃあ」


「モンスターです! 前から来ます」


 モアさんの鋭い警告に僕の言葉は遮られた。

 シアンとジェードも魔具(まぐ)を構えて臨戦体勢に入っている。


「多い……二十匹くらいいる」


 大丈夫だ。僕らなら二十匹のモンスターなんて敵じゃない。簡単にいなせるさ。


「シアン、ジェード、ベアトリス。君たちが前に出て戦ってくれ。俺とシェスティンはトーヤくんとアリスを守る。モアとエルは光を絶やさないよう、モンスターとの接触をなるべく避けてくれ」


 ルーカスさんが声を発し、全体が動き出した。

 前衛の三人は武器を携えてモンスターの来襲を待つ。無闇に突っ込むのは愚策だ。


「待ってください! 私も戦えます」


 弓矢を持ったアリスがシアン達の後に飛び出していく。


「待て、アリス!」

「――助けられてばかりではいられません! 私は、戦いであなた方のお役に立ちたいのです!」


 アリスの叫びに、ルーカスさんの赤い瞳が驚いたように開かれる。

 それから間を置かず、彼は大きく頷いた。


「アリス……。そう言ってもらえて俺はとても嬉しい」

「ありがとう、アリス!」


 ルーカスさんと僕は小人族の、とても小さな、それでいて強い魂を持つ少女の背中を押すように声をかける。

 頼りにしている、頼りにされている。

 その思いが、人を――戦う者を強くするのだ。

 

 前方からぬっと出現したのは、豚頭人体の怪物『オーク』の群れと、生ける屍『グール』の集団。

 これだけのモンスターが集結した場面を、僕は生まれて初めて見た。


「おっそろしい数だね。動きの鈍いオークなら簡単に殺れたけど、グールが混ざっているとなると少し手間がかかるかもしれない」


 ベアトリスさんはそう言いながらも舌舐めずりしていた。

 もしかしたら彼女は、根っからの戦闘狂なのかもしれない。普通の人は、この数のモンスターに囲まれたら目を回して倒れてしまうだろうから。


「怖いけど、仲間のためなら私は何でも出来ます。こんなモンスターなんか、この脚で蹴散らしてやりますよ!」

「かかってこい! 全員消し炭にしてやる!」


 シアンとジェードも魔具(まぐ)に魔力を溜め、己を鼓舞する叫びと共にモンスター達と対峙する。


「さあ、行くよ!」


 ベアトリスさんが吼え、赤い血塗られた棍棒を持ってモンスターの群れに飛びかかっていく。

 踊り子のように激しく舞いながら棍棒を振り回し、次々と『グール』の左胸……心臓にあたる『核』を破壊していった。

 炎と雷の魔具(まぐ)を使う二人も負けてはいない。

『オーク』の攻撃をかわし、魔具を使ったヒットアンドアウェイの戦い方で相手を翻弄する。


「あの魔具の副次効果……使用者の能力を底上げできるんだ。だから、特に訓練を受けていないシアン達でも、モンスターと渡り合える」


 ルーカスさんが二人の戦いっぷりを見て、満足そうに笑った。

 戦力としては申し分ない。充分すぎるくらいだ。

 ――ルーカスさんは、本気で勝ちたいと思っている。出し惜しみはしない。

 僕が【神器】を使えば……。

 おっと、そんなこと考えちゃいけない。今は、シアンたちに任せよう。


「きゃあ!」


 シアンが一匹の『オーク』を蹴り上げたその時、もう一匹の『オーク』が彼女の左腕を掴んだ。

 丸太の如く太い腕で持ち上げられ、ぶよぶよした肉の指に挟まれる。


「いやっ……! 離してっ……」


 シアンは心底嫌そうに、悲鳴を上げた。

 僕は助けに飛び出そうとしたが、足がガクンと下がり動かない。

 【神器】を二回も使ってしまったから、こんな時に何も出来ないのか……。

 シェスティンさんが『グール』の間を掻い潜ってシアンを助けに向かう。だがそれも、モンスターが多すぎて困難な状況だった。

 オークがシアンを目と鼻の先まで持ち上げ、激しい口臭と共に顎を開く。粘っこい(よだれ)が、ずるずると垂れ下がった。


「い、嫌……やめて……」


 恐怖に萎縮したシアンの脚の炎は途絶えてしまっている。魔具の力の発動には使用者の精神状態も深く関わっているためだ。

 僕が目を見開き、ベアトリスさんが歯を食い縛り、ルーカスさんが拳を握り締めたその瞬間。


 ヒュン、と風を切って二つの矢がオークの両目を潰した。

 他の三体の『オーク』の目も風の矢は正確に狙い撃ち、使い物にならなくしていく。

 アリスは毒を塗った矢を瞬時に次々と放ち、この窮地からシアンを救ったのだった。


「助かりました……。はぁ、はぁ、死ぬかと思いましたよ……」


 シアンはオークの手から滑り落ち、地面に尻餅をつく。そして息絶え絶えに呟いた。

 アリスは、すかさず戦っている二人へ叫ぶ。


「ベアトリス殿! ジェード殿! 残りの『オーク』を一掃してください!」

「「わかった!」」


 ベアトリスさんとジェードの技が、素早く目を塞がれた『オーク』達を倒していく。

 視力を失ったモンスターなど彼らにはただの的でしかない。

 それでもまだ数匹残ったグールは、シェスティンさんとルーカスさんが駆逐した。


「【妖刀・紫電(しでん)】!」


 ルーカスさんの刀は紫の光を帯び、屍たちを葬っていった。

 腐った果実のように、どしゃりと斬られたグールは崩れ落ちていく。




「よし、これで全部やったぞ!」


 モンスターは全滅。アリスが奮闘してくれたからこその結果だ。


「アリス。助けてくれて、ありがとうございます」

「いえ。私は私に出来ることをしただけですよ」


 シアンが礼を言いアリスは気恥ずかしそうに返す。

 僕はほっとした思いで二人を見つめていた。


「ひとまず助かったね。……エル、モンスターの気配はする?」

「いや、しないね。ここを進んでも構わないと思う」

「私も同意見です。モンスターが立てる音は向こうからは聞こえてきませんから」


 エルが答え、モアさんがそれに同意した。


 それなら、進もう。この先に神殿へと繋がる(ゲート)がある。

 全ては、そこにあるのだ。


「ルーカスさん、急ぎましょう。もうこの洞窟に入ってから半日……いやそれ以上経っています。長引くと、僕たちの命に関わる」


 ルーカスさんは頷く。考えていることは、一緒だった。

 

 僕は目の前を悠々と歩く赤猫の後を追った。

 赤猫――『魔導書(グリモア)の主』はこちらを振り返りもせず、真っ直ぐ目的の場所を目指す。

 僕も迷わず赤猫と、自分の額にある感覚を信じた。

 指し示す方向は同じ。北の岩の裏だ。




 歩いて、歩いて……。見えてきた、あれが……?


 半時間程歩いただろうか。行き止まりであるそこに、大きな岩が鎮座していた。

 この岩の裏の穴に入るには、岩をどかさないといけない。

 どうしようか……?


「なぁ、トーヤくん。本当にここで良いのか?」


 ルーカスさんが怪訝そうに顎に手を当てる。他の皆もどうしてここなのか、と疑問に思っているようだった。


「ここが、【神殿】に繋がっている筈なんだ。だよね?」


 思わず赤猫に問いかけてしまったが、そいつは既にそこにいなかった。


「トーヤさん? 誰に……?」

「いや、何でもないんだ。とにかく、この裏に穴があるんだから」


 説明するよりやって見せた方が早い。僕は本日三度目の【神器】を使用した。


「【グラム】! 打ち砕けッ!!」


 大剣を大岩にぶつける。

 紫の炎と赤い雷を纏った剣は、たった一撃で岩を粉々に破壊した。

 

「ゴホッ、ゴホッ! トーヤ殿、どうするおつもりですか!?」


 砂塵が舞い、アリスが口元に布を当てて声を上げた。

 光の渦がすぐそこに見えて来ている。僕はその穴に向かって静かに歩を進めた。


「トーヤ、そっちは壁ですよ!? そんなところ……」


 モアさん? もしかして、皆には穴が見えていないのか?


「こっちです! こっちの壁に、【神殿】に繋がる穴があるんです!」


 僕は片腕を穴に突っ込んだ。穴の中に入れた腕は、暖かい光に包まれている。


「嘘!? 壁に手が入ってるぞ!」

「本当ですよ! ベアトリスさん、いいから来てください!」


 そう大声で言うと、皆は壁に近付いて来た。

 穴に突っ込んだままの片腕が千切れるように痛い。【神殿】とこの世界の狭間には、長くはいられないようだった。


「じゃあ、皆で僕の左腕に触れて。そうしたら穴に入れるから!」


 促し、空いている左腕を後ろにぐっと差し出す。

 そして皆が僕の腕に手を触れたり、腕を回したりした。


「行くよ。ここからが、【神殿】だ!」


 体の力を抜くと、すっと吸い込まれるような感覚。暖かな光の海の中、僕はそっと目を閉じた。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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