14 導き
「!? 今、何か……」
「どうしました? トーヤ殿」
闇の中に一瞬見えた赤い目。あれが、僕らを見ていたのか?
「アリス、見えなかった? 赤い目が、あそこで光ったような……」
アリスは僕が指差した辺りを凝視していたが、やがて首を振った。
「いいえ、私にはわかりませんでした」
「そうか……僕の勘違いだったかなぁ」
それは違う。確かにあの目はあそこで僕らを、いや、恐らくここに来てからずっと、僕らのことを『監視』していたのだ。
何故……? 何のために? あいつの正体は?
多くの疑問が僕の胸の中で湧き上がる。
エルなら、何か知っているかもしれない。
僕はいつもの通りエルに尋ねた。
「エル、さっきから、見られているような気はしない?」
「……いや、私にはわからなかったよ。君は何か感じたのかい?」
エルもわからないのなら、この場にいる誰もがわからないだろう。僕はひとまず、そのことは考えないようにしようと決めた。
「何も無いよ。僕の気のせいだったみ
たい」
僕が変なことを言って、これ以上皆を不安にさせるのは良くない。
僕は赤い目のことを心の隅に仕舞い込み、剣を杖代わりに立ち上がった。
「トーヤくん、行けるか?」
「無理はしなくていいんだよ!」
刃がこぼれかけた刀を研ぐルーカスさんが訊き、シェスティンさんは僕を心配そうに見上げる。
「大丈夫です。すぐにでも、行けます」
長い時間同じ所に留まるのは、モンスターに見つかる危険性が高まる。なるべく移動していた方が、善策なのだ。
「行くぞ。俺を先頭に、トーヤくんを守るよう歩け。トーヤくん、君は【神器】を使ったばかりで体力と魔力を多く消費している。暫くは戦うな」
ルーカスさんが全体に指示を放つ。僕は戦えないことにもどかしさを感じていたが、リーダーの指示には大人しく従った。
僕を中心に固まって歩き出した『パーティ』は、暗闇の中でも順調に進んでいる。
シアンとジェードが臭い、モアさんが音で索敵し、敵がいるとわかれば通れる別のルートを進んで行ったためだ。
「『グール』が現れるまではずっと一本道だったからこんなことは出来なかったけど、道が幾つかに別れるようになって良かったねー」
「ああ。おかげで、あそこから進み出してからあたし達、まだ一匹もモンスターと遭遇していない」
シェスティンさんとベアトリスさんは、緊張感が少し和らぎ、表情も落ち着いたものになっていた。
しかし、耳を澄まし索敵するモアさんとシアンたちは、気を一切抜けないと、眉間に皺を寄せ集中していた。
「喋らないでください。モンスターの立てる音が聞こえなくなるでしょう」
「あぁ、そうだったね。悪かったよ」
「えー、でも喋った方が楽しいじゃん」
「シェスティン、黙らないと殴りますよ」
空気がピンと張り詰める。シェスティンさんはビクリと身震いした後、黙り込んだ。
それからは誰も話さず、淡々と敵のいない道を僕らは進んだ。
僕は、前の【神殿】攻略を思い返した。
『古の森』の時は、父さんたちの声が聞こえた後に、光の穴が僕の前に開いたっけ……。
きっとあれが【神殿】への門なんだ。あれを見つければ【神殿】が待っている。
常に纏う赤い視線。視線の主は、僕にこう囁いているようだった。
『ねぇ、どうして戦わないの?』
それは、僕らが安全に【神殿】に辿り着くためだ。
でも……。
『あなたには力があるじゃない? もっと強い敵を倒して、強くなりたい……そう願っているのでしょう?』
赤い視線……僕に語りかけるのは、『魔導書』の主か。
彼女は僕の頭の中に入り込んでくる。
『戦いたくないなんて、嘘はよして。力を手にした者は、それを使わずにはいられない……あなたもそうでしょう?』
僕は……本心では戦いたい。【神器】や魔具の力を振るってモンスターを倒し、更に強くなりたい。
だけど、それで仲間達を傷付けたくはない。戦うことで、仲間にも少なくはない負担がかかる。
僕自身も、魔力を使い切って動けなくなってしまうかもしれない。
動けなくなった僕を庇って、仲間が死ぬかもしれない。
そんなことには、させたくない。
『……うふふ、気に入ったわ。私が道を開いてあげる。でも、そこから先はあなた達の実力次第よ』
『魔導書の主』の言葉に、僕は驚く。
神様でもないのに、道を開くだなんて……一体この女は何者なんだろう?
もしかしたら、この女自体が神様か、それと同等な存在なのか?
『……さあ、どうでしょうね? そんなことより前を見なさい。道が……光の渦が見えるでしょう?』
……? 光なんて、見えないじゃないか。この女は何を言ってるんだ?
『おバカさんね。この光は、視認出来ることはないの。でもね、感じることは出来る。私が導くから、あなたは感覚のままに進むといいわ』
その時、額の辺りに変な感じがした。
三つめの目……赤い目がそこにできたような感覚。
その目は、【神殿】へと続く穴の存在を感知し、僕に知らせる。
ここから北に進んだ先。黒い大岩の裏に、その穴はある。
「進路を、北に変えてください」
「どうしてだ? トーヤくん」
「とにかく、北へ向かってください!」
僕が強く言うと、ルーカスさんは一瞬怪訝そうな表情になるも、頷いてくれた。
「進路を変えろ。北へ進む」
モアさんが方位磁石を見、「わかりました」と呟く。
暗闇に浮かんだ赤い猫の尻尾。
ふわり、と揺れるそれは、『ついて来て』と言っているようであった。
僕はその猫と、自分の感覚を頼りに皆を先導していった。




