13 『魔力』の吸収
暗黒から突如現れた巨大なモンスター。そいつは、三つの頭に翼、山羊の体をしていて、尾は蛇型だった。三つの頭はそれぞれ、山羊、ライオン、蛇の頭である。
「この怪物は……!?」
父さんが読んでくれた英雄たちの物語。その話の中に出てくる怪物が、目の前にいた。
「こいつは、『キマイラ』!?」
エルたちが恐怖に目を見開く。
何故、今こいつが現れたのか?
僕はそのことを一瞬考えたが、止めた。
そんなこと考えている場合じゃない。今は目の前の敵を倒す!
『キマイラ』が僕らを睨み、三つの口から赤、青、紫の炎を吐き出した。
エルとモアさんは『防衛魔法』を使い、その攻撃を防ぐ。
「くっ……何なのですか、こいつは!」
「『キマイラ』……その三つの口から放たれる炎は、強力無比! 数あるモンスターの中でも上位に位置する強さのモンスターだ!」
モアさんが怪物の炎の威力に悲鳴を上げ、エルは冷静にそのモンスターの恐ろしさを語る。
「そんなモンスター、どうやって倒すの!?」
シェスティンさんが叫ぶ。
キマイラは第二撃の炎を放とうと、口の中に炎を溜める。
「不味いぞ……また来る!」
ルーカスさんが言うのとキマイラの攻撃のタイミングがぴったり重なる。
三色の炎が再び放出され、エルとモアさんの二人がまた防衛魔法で僕らを守った。
キマイラは、ギラギラと血走った三対の目で獲物を見据える。
僕らはその目にすくみ上がりそうになったが、恐怖心を封じ込め、怪物に立ち向かっていく。
「俺とトーヤくん、シアン、ジェードであいつを殺る! モア達は俺達を援護してくれ!」
「了解!!」
ルーカスさんが指示を出し、僕らはそれに従い迅速に動き出した。
ルーカスさんが敵の正面、僕が右、シアンとジェードが左を狙う。
「【妖刀・紫電】!」
ルーカスさんが紫に輝く【カタナ】をキマイラの蛇の首へ斬り付ける。
僕は【ジャックナイフ】を、シアンとジェードはそれぞれの【魔具】を使い、敵の首を同時に狙った。
「三方向からの同時攻撃だ! 全て防ぎ切れるかな!?」
ルーカスさんがニヤリと笑い、その刀をキマイラの首に差し込もうとしたが、キマイラは。
「な、何ッ!? 刃が通らない……!?」
一切動じず、静かに僕らの技を受け止めた。
僕のナイフも、シアンたちの魔具も通用しない。
……僕達の攻撃では、この怪物を倒しきれない!?
「一旦下がりな! また炎が来る!!」
ベアトリスさんが絶叫する。僕らはキマイラから離れようとするも、もう遅い。
キマイラは炎を完全に溜め終わっていた。
超高温の炎が三つの口から放出される。
焼き尽くされて死ぬ……僕らはその瞬間、そう思った。
だけど……ここで負けたら、僕らの【神殿】攻略はここで終わってしまう。
そんなの、嫌だ。
どうしたらいい……?
僕は腰に指した剣に手を触れ、考える。そしてあることを思い出し、【グラム】を突き出して炎に飛び込む。
「な、何をするつもりなの!? トーヤくん!」
「いや、あれで良いんだ」
シェスティンさんが悲鳴を上げるが、エルは至極冷静に状況を観察し言う。
僕は、キマイラの放つ炎を【神器】に『吸収』させた。
【グラム】は炎をどんどん吸い込み、やがて全ての炎を食らい尽くす。
『!?』
キマイラは規格外の僕の技に動揺を見せた。
キマイラの攻撃は強力だけど、それは炎を吐くだけの単純な攻撃。
そして、それを封じられればキマイラに打つ手は無い!
「うああああっっ!!」
僕はキマイラの魔力を十分に吸いとった【神器】を振り抜く。
剣を振り抜いた衝撃に【神器】の魔力が付与され、さらにキマイラの力も上乗せされた斬撃が、怪物を真っ二つに切り裂いた。
煙を上げ、灰となって死に絶えるキマイラ。
僕は剣を鞘に収め、息を切らして床に座り込んだ。
「ト、トーヤさん! 今のは……!?」
「はぁ、はぁ……今使ったのは、魔具の、同属性魔法の吸収だよ。僕の【神器】の属性は炎と雷。だから同じ属性のキマイラの技の魔力を吸収できたんだ」
シアンが僕に駆け寄って訊き、僕は流れる汗を拭いもせず答えた。
「そんなことが出来るんですか、知りませんでした。……トーヤさん、かなり辛そうですけど大丈夫ですか……? 少し休んだ方が……」
シアンが僕に水筒とタオルを渡してくれる。僕はそれをありがたく頂き、ごくりと水を喉に流して潤した。
「ありがとう……」
「トーヤくん! 良くやってくれた」
刀を腰に差したルーカスさんが疲れていながらも、それを吹き飛ばすような笑みを浮かべる。
「あのキマイラを一撃で倒してしまうとは、流石だな。俺も早く【神器】を手に入れて、君のいる場所に追い付きたいよ」
僕は、無理矢理笑顔を作り、ルーカスさんの言葉に応じた。
「はは、そうですか……? でもルーカスさんだって十分強いですよ。……剣術では、僕なんかより全然、上回っているんですから……」
僕には野良のモンスター相手ならまず負けることのない力がある。
だが、モンスターを倒せるだけでは駄目だ。モンスターを越す、遥かに強い存在に打ち勝てるようになるまでは、何も変わらない。
「いやー、それにしても恐ろしかったね、あの怪物!」
「確かに、これまでとは少し違った雰囲気を感じました。それが何かは、断言出来ないのですが……」
シェスティンさんとモアさんの会話を聞いて、僕はキマイラが現れる直前に感じた『視線』を思い出し、ぞくっと身震いした。
あの視線は一体何だったんだろう? 突如出現したモンスターと何らかの関係があるのだろうか?
「トーヤ殿、どうしました?」
アリスが心配して僕の表情を窺う。
僕は何でもない、平気だよ、と首を振った。
「しかし……」
アリスも何か感じているのだろうか。彼女もまた、辺りを頻りに見回し、耳を澄ませてその視線の正体を探っているようだった。
「アリス、君は気付いた?」
「はい。ルーカス殿達はまだ気付かないようですが……この場所に、先までとは別の『意思』があるような、そんな気がしてならないのです」
その時、暗闇の中から赤い猫の目が見えたのは、僕の幻覚だったのだろうか。




