12 変化
見上げると、シェスティンさんがいた。シェスティンさんは、固まったまま口を開けて僕をじっと見ていた。
「と、トーヤくん……? な、なんで?」
なんでって、こっちがなんでって訊きたいよ。
僕は梯子をするする上り、穴の上に出た。
穴を出ると、モアさん、ベアトリスさん、ルーカスさんが驚いて、そして喜んだ顔で僕を迎える。
「トーヤ……良かった、他の皆は無事ですか?」
「はい、無事です!」
モアさんが心配そうに訊き、僕は答える。
シアンたちも上がってきて、モアさん達に気付くと破顔した。
「皆生きてて本当に良かったです~!」
シアンがシェスティンさんに飛びついた。シェスティンさんはびっくりするも、抱きついてくるシアンを受け止める。
「全く、酷い目に遭ったんだから……『オーク』の群れと出くわして全部倒すのにかなりの力を使っちまった」
ベアトリスさんが溜め息をついた。
『オーク』とは豚の体をした人型の割と大きなモンスターだ。『ミノタウロス』よりも力は劣るけど、決して油断は出来ない相手。
「それは大変でしたね……」
「ああ、ベアトリスが全部倒してくれたんだ。彼女には相当負担をかけてしまったが、俺やモア、シェスティンはまだ充分戦える力がある」
ルーカスさんがベアトリスさんを労るように言い、僕は驚く。
ベアトリスさん一人でオークの群れを倒した!? この人もしかしてかなりの実力者だったりして……。
「あたしをあんまり舐めてもらっちゃあ困るね。……ところで、何でアリスがいんのよ?」
満更でもない様子のベアトリスさんは、アリスを一瞥する。
アリスは、恥ずかしそうに下を向いた。
「アリスじゃないか。どうしてここに?」
「それが、色々あって……」
僕はルーカスさん達にこれまでの経緯を説明する。
ルーカスさん達は僕の話を聞き終えると、顔を見合わせ頷いた。
「わかった。アリス、俺達と一緒に行くぞ!」
「は、はいっ!」
僕は良かった、と胸の中で安堵する。
ルーカスさん達には会えたし、アリスが同行することも快くルーカスさん達は許してくれた。
アリスもようやく一安心できたようで、ほっと息をつく。
「シアン、どうしちゃったの!? あったかくて良いけどそろそろ離れてよ!」
「シェスティンさ~ん……」
モアさんが杖の光を調整しながら、二人を眺め微笑んでいる。
僕は、モアさんに声をかけた。
「モアさん、モアさんが灯りの担当だったんですね」
「はい。私は魔法を使えるので」
「実は、僕も魔法を使えるようになったんですよ! 光魔法! 初めて魔法を使えて僕興奮しちゃって!」
頬を上気させ興奮している僕に、モアさんは戸惑ったような視線を向ける。
僕はモアさんに顔を近付け、彼女の手を握った。
「すごいでしょう!? 多分魔導書を読んだからなんでしょうけど、それでも僕嬉しいんです!」
「しかし、何故それを私に? トーヤ、あなたがそれを言う相手は私ではないでしょう?」
モアさんはエルを見やる。僕は首を横に振り、モアさんの耳元で囁いた。
「モアさん、いつも僕が剣の特訓の後、一人で魔法の練習をしているのこっそり見ていたでしょう? 僕気付いてましたよ」
モアさんはぽっと少し顔を赤らめ、僕から目を逸らした。
僕は【神殿】オーディン攻略の後、魔法が使えないか毎日試していた。モアさんは物陰に隠れ、それをひっそりと見守っていたのだ。
「あ、ちょっ! トーヤくん!?」
エルがモアさんをキッと睨んだ。最近エルは過敏になりすぎている気がする。
とはいえ、僕がモアさんの耳元で何か囁き、モアさんが頬を染めるというこの場面はエルが焼きもち? を焼いても仕方ないとも思う。
僕はモアさんからそっと離れ、何事もなかったかのようにルーカスさんに話しかけた。
「ルーカスさん、そろそろ行きませんか?」
「ああ、そうするか。……おい、皆!
動くぞ!」
ルーカスさんの一声で皆がざっと動き出す。
流石はルーカスさん。ノエルさん譲りであろうこのリーダーシップ、カリスマ性は見習いたい。
気を引き締め、歩き出した僕らは、きょろきょろと辺りを見回してあることに気付いた。
「あれ? この道、前に通った気がする」
ジェードが鼻をすんと言わせ、呟く。
「そうなんだ。俺達はトーヤくん達と別れてしまった後、恐らく同じ道をぐるぐると回り続けていた」
僕は背筋がぞわっと泡立つのを感じた。
何だって? それじゃあ僕らは『ゴール』に辿り着けない……?
「そんな、ここから出られますよね?」
シアンは不安を滲ませた声で訊く。
皆が押し黙る中、エルが重い口を開いた。
「それは、わからない……【神殿】では何が起こるのか、誰にも予想はつかないのだから」
彼女はそれだけ言い、再び沈黙が降りてきた。
一行は、僕とモアさんが照らす道を静かに進んでいく。
寒さは、不思議と薄らいできた。風も音も一切しなくなる。
【神殿】が、変化を始めていた。
「……!?」
僕はびくっと後ろを振り返る。
だが、そこにはエルがいるだけだった。
「どうしたの? トーヤくん」
別に、洞窟にモンスターが出てきたとか、特別大きな変化があった訳ではない。
でも、僕の後ろ……首の辺りに、ちくりと刺すような視線を確かに感じた。
「ううん、何でもない。気のせいだったみたい」
「そうかい。まぁそういうこともあるよね」
何事もなく僕らの進軍は続く。
変わりのない景色が巡る洞窟を、僕らはひたすらに歩いて行く。
と、その時。再びさっきの視線を感じた。
「誰だ……!?」
激しい音と共に、大地が鳴動を始める。
僕が、咄嗟に天井を見上げると。
三つの頭に翼を持つ巨大な獣が、この場に降り立とうとしていた。




