10 仲間
「ア、アリス……! 大丈夫!?」
僕らは冷たい地面に倒れるアリスに駆け寄った。
僕がアリスを抱き抱えると、彼女の体にはまだ少し温かみが残っていた。
「まだ、助かる! エル、何か魔法を……」
僕はエルに【精霊樹の杖】を手渡した。エルなら、アリスを生き延びさせることができる。
「回復魔法」
エルが呟くと、アリスの周りに白い光の粒……精霊たちが、アリスを癒した。
ざわざわと、精霊たちはざわめく。
「うそ……ここにも、精霊が?」
こんな凍てついた、生物が一切寄り付かない場所に精霊がいたなんて。僕は驚き目を見開く。
でも、声は聞こえなかった。いつからいたんだろう?
「どうやら、君に呼び掛けた声……君はアリスの声だと思っていたけど、実際はこの精霊たちが動けないアリスの代わりに言ったものだったようだね」
エルが歌うように言った。シアンとジェードは何が何だかわからない顔だった。
普通の人には、精霊は声を聞くどころか姿でさえ見ることはかなわない。精霊たちが、自ら姿を消してしまうからだ。
限られた、精霊に愛された魂を持つ者の前だけに、精霊は姿を現す。
アリスは、僕の腕の中で静かに寝息を立てていた。僕は彼女の頬を叩いて起こす。こんな寒いところで寝てしまってはまずい。
「起きて、アリス! アリス!」
「アリスさん、起きてください!」
シアンも呼び掛けると、アリスはくりくりした大きな目をゆっくりと開いた。
「……う、ここ、は?」
「『暗黒洞窟』の中だよ。君は何故こんなところに倒れていたの?」
僕は精霊たちに小さく「ありがとう」と呟き、アリスの問いに答えた。
「『暗黒洞窟』!? そんな筈は……」
アリスは首を上げて天井、壁、床と見回すと、眉を寄せる。
「違う、ここは『暗黒洞窟』ではありません。旧採掘場の跡地……パルナ洞窟です」
『パルナ洞窟』。それが、この場所の名……?
「どういうことだ? ここは、『暗黒洞窟』と、繋がっていたのか?」
ジェードが首をかしげる。
「はい。私は『暗黒洞窟』へ向かうため『パルナ洞窟』へ入り、モンスターと戦って、そして……」
敗北を喫し、ここで倒れてしまった。
「アリス、君はやはりお兄さんを助けるために?」
僕が訊くと、「ちょっと待った!」とエルが横槍を入れてきた。
「何? エル」
「アリスを、下ろした方がいいんじゃないか? ……アリスだけずるい。私もお姫様抱っこされたい」
最後に本音が駄々漏れだった。
でも、アリスをずっと抱えているのも気恥ずかしいし疲れるので、僕はそっと地面に小人族の少女を下ろしてやった。
「倒れていた私の命を救って頂いて、感謝します。この恩は一生忘れません」
アリスは地面に跪き、頭を下げた。
「いいよ、大したことじゃないし……ね、エル」
「あ、ああ。どうってことないさ! 別にそんなに堅苦しくならなくていいんだよ」
シアンの時も思ったけど、僕はこういうのは苦手だった。エルも同じなのか、ちょっと戸惑い気味だ。
「いえ、私はあなた方に助けられ……」
「いいですよ、アリスさん。ここからは、一緒に行きましょう」
シアンが、アリスの手を取る。彼女はアリスに微笑みかけ、アリスはどう反応していいかわからないようだった。
「アリスさん、トーヤさんとエルさんは、とても優しい人達です。そして、とっても頼りにもなる人達なんですよ」
僕は、シアンにそう思われていると彼女が口にしてくれて心が暖かくなるような、そんな嬉しさを感じた。
「アリス、【神殿】まで僕たちと行こう。そして、君のお兄さんも見つけ出そう」
アリスはぐっと頭を下げた。あの時のように瞳に涙を溜め、僕らに礼を言う。
「感謝致します……本当に……」
僕はアリスに手を差し出す。アリスはおずおずと僕の目を覗き込んだ。
「今から、君は僕たちの『パーティ』の一員だ。共にモンスターと戦い、【神器】をこの手に収めよう」
目的は違うけど、目指す場所は同じ。【神殿】へ辿り着くという目標を共にする者なら、協力する。
僕はそうしたかったし、アリスも一人よりは、皆で行く方が心強い筈だ。
「……い、いいのですか? 【神器】をお使いになるトーヤ殿や、エル殿たちに私が戦力で報いることなど……到底できることではありません。足を引っ張ってしまうことになります」
アリスはとことん自分を卑下する。どうしてそんなにへりくだった態度をとるんだろう……?
シアンが、また頭を下げているアリスの髪を撫で、どこか遠い目をして言った。
「私は、この人……トーヤさんに助けられてね、自分のやるべきことを見つけたの。そのために今はここにいる。あなたも、あなたのやるべきことがあるなら、それを果たすために精一杯戦って、そしたら、足を引っ張ることなんてない……だから、遠慮したり、へりくだったりする必要はないと思う……思います」
言ってることはめちゃくちゃ、しどろもどろでよく聞き取れない言葉だったが、シアンの心からの言葉だった。
「シアン……」
シアンは、アリスに自分を重ねたのか。
彼女は僕と目が合うと照れくさそうに笑った。
「シアン殿……私は、あなた方と一緒に戦っても良いのでしょうか……」
「いいんだよ。たとえ戦えなくても、あなたがいるだけで力が湧いて出る人が、ここにはいるから……」
シアンの口調が自然と変わっていた。
「……はい。こんな私で良ければ、ご助力致します」
アリスは、今度は跪くことはしなかった。




