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黄昏英雄譚 ~アナザーワールド・クロニクル~  作者: 憂木 ヒロ
第3章  神殿テュール攻略編

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9  呼び声

 洞窟の横穴は、さっきまでいた一本道とは違っていた。

 先に行くほど空気は冷たくなり、足元は湿っていて、ぬるぬるしている。僕はエルを背負っているため、足を滑らせないよう細心の注意を払って歩いた。

 天井を仰ぐと氷柱(つらら)が見えた。水滴が、ぽつりぽつりと垂れる。


「随分、寒くなってきたね……」


「はい……長くいたら、凍え死んでしまいそうです」


 シアンは腕を抱え、震えていた。


「縁起の悪いこと言わないでよ、シアン……」


「す、すみません……」


 道は下り坂になった。僕らは慎重に進んでいく。


「なあ、本当に辿り着けるのか?」


「そんなのわからないよ。今はただ、進むだけだ」


 ジェードが訊き、僕は返した。

 湿った洞窟は、どんどんその冷たさを増していく。

 しばらく進むと、広い空間が現れた。


「うわぁ……」


 そこには、真ん中に岩の小島がある、凍った湖があった。

 僕は目を見張った。こんなところに凍り付いた湖があったなんて……。


「一面凍っていますね。私初めて見ました……」


 シアンが溜め息をついた。僕があげたマフラーを巻き直し、静かに湖面に近付く。


「あれ? 何か臭います」


 シアンが僕を振り向いた。ジェードも優れた鼻でくんくんと臭いを嗅ぎ、頷いた。


「何の臭いなの?」


「私達が嗅いだ覚えのある臭いです。誰だったでしょうか……?」


 人なのか? 僕は辺りを見回してみたが、人なんていなかった。


「ここに、誰か居たってこと?」


「そうなるな。これは、小人族の地下街で嗅いだ臭いなんだ」


「小人族……!?」


 もしかして、戻って来ないというアリスのお兄さんだろうか?

 でも、そしたらシアンが言った、『私達が嗅いだ覚えのある臭い』の説明がつかない。僕たちは、アリスのお兄さんの顔も臭いも知らないのだ。


「とにかく、先に進もう。その臭いの正体はまた後で考えよう」


 僕は言った。正直、『神の館』に辿り着くまで体力と魔力(マナ)がもつかどうか不安だった。余計な魔力(マナ)の消費を減らすためにも、急がなければならない。

 タイムリミットは、二、三時間くらいか。


「トーヤくん……」


 エルが囁いた。僕は彼女の言葉に耳を傾ける。


「灯りは、最低限のものでいい。上手く節約すれば、君の魔力(マナ)なら五時間は持つから」


 エルに言われ僕は杖先の光を少し弱めた。頼りない、本当に最小限の光だったけど、ギリギリ足元は見える。

 シアンとジェードが僕にくっつくように添って歩く。地底湖の回りを周り、もっと奥深くへ。

 この辺りに来ると、寒すぎて最早モンスターさえいない。

 地上より遥かに寒く、凍り付いた世界で、僕らは本当に辿り着けるのだろうか?


「エル、やっぱりもっと光を強めた方がいいんじゃないかな?」


 五時間魔力(マナ)が持ったところで、それまでこの寒さの中生きていられるのか?

 僕の問いに、エルは唸った。


「一応上着を着込んでるから、大丈夫だと思う。いや、そう思いたい……」


「魔力が尽きるか、凍え死ぬのが先か……考えても仕方ないね」


 考えたくないことばかり考えてしまう。

 不安は、今の僕らにとって『毒』だ。それもかなり強力な。


「向こうに……別れ道がありますね」


 シアンが指差す。二つに別れた道は、右の道は狭く、左の道は幅が広かった。

 僕らは別れ道で一旦立ち止まり、しばし考える。


「どっちを行く?」


「そうですね……左にしますか? 道も広いですし」


「うーん、そんな簡単に決めちゃっていいのかな……」


 僕らが迷っていると、どこからか微かに女の子の声が聞こえて来た。


 誰かを、呼んでいた。


「誰かいる」


「えっ? 何か聞こえたのですか!?」


 シアンたちは鼻で臭いを探ろうとしたが、わからなかったようだ。

 僕の気のせいだったかな……?


『兄上……どこに……』


 まただ。今度ははっきり聞こえる。


「兄上って言ってる。人を捜してるんだ」


 シアンたちと、エルが息を飲んだ。

 この声は、きっとアリスだ。いなくなったお兄さんを捜してこの洞窟に潜り込んだのか。


「声は右の道からする。僕に付いてきて」


 僕はそう言ってエルを下ろす。エルは、えっ!? と戸惑った顔をした。


「どういうことだい、トーヤくん」


「もう歩けるでしょ? 歩いて付いてきて」


「……そんなぁ」


 エルの手を引き、僕らは右の道を急ぐ。

 ちょくちょく曲がりくねっている道は狭くて歩きにくかったが、途中別れ道もなかったので迷わず先へ行く。


 声が止んだ? 何かあったのか?


 シアンが、鼻をふんふんいわせて呟いた。


「臭います。まだここを離れたばかりのようです」


「なんか、変だ。アリスの臭いに混じって、汚い臭いがする」


 ここから近くで、アリスは何らかのアクシデント……恐らくモンスターに襲われ、危機に瀕しているのか。

 僕は大声で、アリスの名を呼んだ。


「アリス! どこにいるんだ!?」


 洞窟内に反響する僕の声に、シアンたちは耳を塞いだ。

 この大声ならきっとアリスも気付いた筈だ。


「行くよ。アリスを、助ける」


 僕らが狭い道を駆け抜けると、広めの空間に出た。


 そこは古いトロッコやロープ、スコップなどの道具、線路の跡が残っていて、線路は僕らが入ってきた反対の通路へと続いていた。壁や天井には、崩れるのを防ぐための木枠のようなものがはめてある。


「この洞窟は、かつて採掘場だった場所なのか……」


 僕は広場を見回していたが、すぐに意識を全て耳に集中させる。


 アリスの声は、聞こえない。


「臭いは?」


 僕は、寒いのに嫌な汗をかいていた。額に浮いた汗を拭い、シアンたちに訊く。


「向こうまで続いています。線路に沿って行きましょう」


 一分……二分……アリスの声が聞こえなくなってから、どんどん時は流れていく。

 早くしないと、助からない……。


 僕が息を切らしながら、それでも必死に駆けると、見えてきたのは……。


「アリス!」


 地面に倒れ伏せ、傷を負ったアリスの姿が、そこにあった。

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新作ロボットSF書きました。こちらの作品もよろしくお願いいたします
『悪魔喰らいの機動天使《プシュコマキア》』
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