7 生ける屍
暗黒洞窟を歩く僕らは最初の内は互いに声を掛け合ったりしていたが、やがて口数は少なくなった。
僕らが歩く足音だけが洞窟に響いている。
変だな……モンスターが、まるっきり現れなくなった。
モンスターは、もう三十分以上も見ていなかった。それまではちょくちょく姿を現していたのに、だ。
【神殿】の変化の前触れだろうか?
「ねぇ、エル。何かおかしくない?」
僕は口を開いた。エルが僕を振り返り、答える。
「そうだね。モンスターがいないし……でも、私が変だと思ったのはこの道の単調さかな」
「どういうこと?」
「ほら、洞窟ってもっと枝分かれしていてもいいはずだろう? それにしては不自然なくらいの一本道じゃないか」
不安には、なるな。僕が前を見て歩かないと……。
『古の森』の時……あの時は、森は僕らの不安を煽ってきた。今回も、そうなのだろうけど……。
「トーヤさん、私たち、【神殿】に辿り着けますよね?」
シアン、そんなの僕に訊かれてもわからないよ。
この場にいる誰もが、この先何がどうなるかなんて言い当てることはできない。
「……松明が、そろそろ切れる」
ルーカスさんが少しの焦りを見せ始めた。
エルの光魔法があるからまだ大丈夫だけど、もしエルの魔力が尽きてしまったら……。
僕らは闇の中、見えない敵に襲われて死ぬだろう。どんな相手でも見えなければ対処することはできない。
僕とモアさん、シアンたちなら優れた耳や鼻で相手の居場所を突き止めることも不可能ではないが、普通の人間の体であるエルは何も出来ずにモンスターの餌食になってしまうことも考えられる。
ーー僕は、何を考えているんだ。エルがモンスターにやられて死ぬことなんてあるわけがない。
僕らは絶対に全員で生きて、【神殿】を攻略するんだ。
「小人族の、アリスとかいったっけ……。あの子のお兄さん、もう助かっていないんじゃないの?」
ベアトリスさんが後ろめたそうにぼそっと口にする。
アリスの頼みの事は、僕らは何も考えないようにしていた。
この洞窟から一月も戻っていなかったのなら、とっくに命を落としているのではないか……この場にいる誰もが、そう心の隅で思っていた。
「いや……そうでないことを信じたいが……」
ルーカスさんが苦い顔になる。
「今は、俺たちが生きて戻れるという確証はない。アリスの兄さんのことは、今は考えるな」
僕らは進む。何も考えず、ただひたすらに。
「あっ、あれは……!?」
浮かんでいたのは紫色の不気味な炎。
僕らは、立ち止まりその炎を見た。
「これは……モンスターでしょうか」
モアさんが松明を片手に弓をつがえる。
ルーカスさんが【カタナ】を抜き、一歩前に出た。
炎の中から現れたモンスター、それは『生ける屍』だった。人間の死体が精神を持って動いている。
「アンデッド……『グール』か」
エルは杖を『グール』へ向け、呟く。
「『グール』!? どんなモンスターなんだ?」
僕が叫んだ束の間、『グール』が見た目に合わない速い動きで僕らに迫ってきた。
僕らはそれぞれの武器を取り、モンスターを迎撃する。
『グール』は闇から次々と生まれ、たちまち乱戦となった。
僕は『グール』を【ジャックナイフ】で斬り付ける。腐敗した胴体がぼろりと崩れ落ちるが、グールは再び立ち上がって僕らに手を伸ばしてきた。
「な、何だこいつら!?」
「きりがない。どうにかして突破口を見つけたいですが……」
ルーカスさんたちも苦戦している。
グールの腕に掴まれたシアンが、悲鳴を上げた。
「きゃああっ!!」
僕がシアンの方を思わず振り向いたその瞬間、グールが僕の首を氷のように冷たい手で締め付けた。
「ぐっ……う、あっ……」
意識がぼんやりとしてくる。体が、少しずつ痺れてきていた。
「トーヤくん! 今助ける、光線!」
エルが光魔法で僕の首を締め付けたグールを焼き消した。強烈な光で洞窟内は一瞬昼間のように明るくなる。
途端、グールの動きがぴたりと止んだ。
「……グールは光に弱いのか! エル、もっとその魔法で……」
ルーカスさんが声を上げたが、エルにはその声は聞こえていなかった。
「エル!? どうしたんだ!?」
エルは倒れていた。エルの、魔力が限界だった。
「エ、エル……!」
僕はありったけの声でエルの名を呼ぶ。
彼女は、僕の言葉には応えなかった。
「エル……嘘、でしょ?」
グールがまた、闇から生まれ出した。僕らをじわじわと追い詰めるように近付いて来る。
「た、松明は……!?」
ルーカスさんが【カタナ】を振り、悲痛な叫びを上げる。
「もう、ギリギリですっ……あと、五分持つかどうか……」
松明の火は、もはや小さな蝋燭の光ほどしかなかった。
「く、糞ッ……!」
ルーカスさんは歯を食い縛り、グールたちに突っ込んでいった。
「うおおおおおッッ!!」
【カタナ】を薙ぎ、襲い来る敵を斬り捨てていく。
モアさんたちは松明を捨て、グール相手に必死で応戦した。
シアンとジェードも、倒れたエルを庇いながら戦っている。
しかし、動きには鈍りが見えていた。手足が上手く動いていない。グールに触れられたからだろうか。
皆、体力も精神も限界に近い。この状況をどう打開する……?
僕は【神器】に手を触れた。
皆を守るためなら、僕の魔力が尽きようと構うもんか。
「うああああああッッッ!!!」
僕は精一杯の力を込めて、【グラム】を抜いた。
【グラム】は紫の炎と青い雷を纏い、煌々と輝いている。
「皆、そこをどけぇッッ!!」
僕はグールの群れにグラムの刃を叩き付けた。
炎と雷の一閃に、グールたちはたちまち砂塵となっていく。
僕が敵を全て倒し、皆の無事を確かめようとした、その時。
「トーヤくん……まずい!」
「えっ……!?」
地鳴りのような嫌な重低音が響き、天井が崩れ始めた。
僕らの上から、岩の塊が雪崩のように降り注いできていた。




