4 暗黒洞窟
翌朝。僕らはホテルを発ち、地上へ上がった。武器や食糧を地下街で補給し、準備は万端だ。
「もう行くのか?」
小人族の首長、ワック・ソーリさんが梯子を上り、穴から出て訊いてきた。
ルーカスさんが真剣な表情で彼の問いに答える。
「はい。俺たち、必ず【神殿】を攻略してきます」
「そうか。武運を祈る」
ワックさんは短くそれだけ言い、穴の奥に引っ込んでいった。
「はぁ……寒いなぁ」
僕はかじかむ手のひらに息を吐きかける。息は白く、手袋をしていても手は冷えていた。
「洞窟はもっと冷えるかもな……ちゃんと上着は着込んだか?」
ルーカスさんは身震いして言う。
僕たちにそう言った彼だが、彼は最低限の上着しか着ていなかった。なんでも、戦う時に動きやすいようにするためだそうだ。
「勿論着てますよ。しかしルーカス様、それでは戦う前に凍え死んでしまいますよ」
モアさんがルーカスさんの上着を持ち、唇を尖らせる。
「いいんだよ、動けばすぐに暖かくなるから」
「はぁ、そうですか……」
モアさんの手がうずうずしている。ビンタは止めてくださいね……。
「モア、余計なこと喋ってないで早く行きたいんだけど」
「ベアトリス……わかりました。行きましょう、ルーカス様」
ルーカスさんを先頭に僕らは村を出、村から北にある『暗黒洞窟』へ向かう。
洞窟への道は木が生えていたり高低差がある地形なので、雪の上を走れる馬を使うより歩いた方がいいというルーカスさんの意見で、僕らは今こうして歩いている。
「寒いと思っていたけど、歩くとだいぶ体が暖まってきたね」
白い息を吐き、僕は言った。顔がほんのりと上気してきている。
「そうだね。でも、結構雪の上を歩くのはきついなぁ……」
エルは早くも音を上げてしまっている。僕は普段から体を鍛えているからこれくらいで疲れはしないが、運動とは縁のないエルには辛いだろう。
「エル、頑張れ! もう少しで洞窟だよ!」
僕はエルを励ます。エルは僕の言葉で力を取り戻した。
「うおおっ! 頑張るぞー!」
調子に乗って走り出す。転ばないでね……。
「あっ」
ほら、言わんこっちゃない……。エルは頭から雪に体を突っ込んでいた。
「ははは。元気だな、エルは」
ルーカスさんに暖かい目で見られてしまっている。エルは気にせず立ち上がり、歩を進めた。
「おーっ、見えてきたよー!」
シェスティンさんが歓声を上げる。
白い雪の中、黒々とした洞窟がその大口を開いていた。
「あれが、『暗黒洞窟』……」
僕は洞窟の闇を見つめ呟く。近付いても、洞窟の穴の先は見えない。
「ここに入るのですか……」
モアさんが腕を抱えた。怖がっているのか。でもそれは無理はない。僕だってちょっと怖いし……。
「エル、灯りは用意できるか」
「任せてください! 今やります」
ルーカスさんが言い、エルが杖に光を灯す。
「光魔法!」
眩い光が溢れ出した。以前より強い光だ。エルも密かに魔法の特訓をしていたのかもしれない。
「入るぞ」
ルーカスさんが一歩前に出た。
そのまま、闇の中へ入っていく。
「僕らも、行こう」
僕はエルの手を取り、ルーカスさんの後に続く。
またこうしてエルと【神殿】攻略に出られることが、僕には嬉しかった。
遅れてシアンたちが来て、僕らは自然とエルの周りに固まった。光源を中心として、僕らは一旦立ち止まる。
「今ならまだ戻れるが……戻りたいやつはいるか?」
ルーカスさんが訊く。誰も、何も言わなかった。
ルーカスさんはその沈黙を肯定と取る。
「そうか。……進むぞ」
暗い洞窟では、エルの光は半径二メートル程しか照らせなかった。僕らは先の殆ど見えない道を進んでいく。
不気味な洞窟は、ひゅうひゅうと風の音がする。水音も微かに聞こえることから、どこかに地底湖のようなものでもあるのだろう。
「水の音、聞こえた?」
僕は囁く。ごく小さな声なのに、大声で話しているかのように洞窟内に響き渡った。
「ええ。私にも聞こえました」
そう呟き返すのはモアさんだ。エルフは、耳がいい。
足元には無数の骨片が落ちていて、踏むとバリバリと音を立てた。
『古の森』と比べて、この『暗黒洞窟』は随分とうるさい洞窟だ。……この闇で音もなかったら、あまりの怖さに死んでしまうところだったので助かった。
「エル、怖くない?」
「トーヤくんは怖いの?」
「いいや、怖くないよ」
「そう、私も不思議と怖くない。多分、前の【神殿】を乗り越えて私たちは成長していたんだね」
エルの言葉に僕は頷いた。僕らは成長していて、【神殿】の恐怖を知っている。
だが、ルーカスさんやシアンたちは【神殿】の本当の恐ろしさを知らない。知らないから、突然の恐怖に対応しきれるか心配だった。
今はまだ怪物が出現していないけど、いつ現れるか怪物は決して教えてくれない。
「いつ敵が現れても、しっかりと戦えるようにしておいて」
僕は誰にともなく呟く。
【神殿】オーディンの『古の森』では、闇の中から突然『ブラックドッグ』が現れた。あの時はなんとか切り抜けられたけど、今回は怪物を産むという【神殿】テュール。怪物の数も桁違いなのだろう。
僕がそんなことを考えていると、突如ガサガサッと何かが動く音がした。
前方から現れたのは、小型の人型モンスター『ゴブリン』だった。しかも、一匹だけではなく、二……三……五匹いる。
「こ、来ないで!」
初めて遭遇する怪物に、シアンが悲鳴を上げる。
「落ち着いて……僕が斬る!」
ニタニタと意地汚い笑みを浮かべるゴブリンたちに、僕は【神器】を振りかざす。
「神オーディン、力を貸してください!」
グラムが紫紺の輝きを放ち、炎のようなオーラが剣を纏う。
僕は足を前に踏み出し、大剣をゴブリンに叩きつけた。
「おらぁッ!!」
『プギッ!?』
紫の炎がほとばしり、ゴブリンたちは奇声を上げて肉塊となった。




