3 アリスの頼み
アリスは僕らの前に跪いて言った。
「お願いです。私の兄を助けてください!」
少女の目から涙が一滴、落ちる。
「それは……何があったんだ?」
ルーカスさんが訊く。僕もアリスのこの様子を見て、何かただならぬ出来事が起こっているのだということは察した。
アリスは、ごくりと唾を飲み込むと話し出した。
「……私の兄、ヒューゴはこの村の小人族の中でも実力のある戦士でした。兄はモンスターを産み出す魔の口【神殿】を攻略するため、先日、『暗黒洞窟』へ入っていきました。……ですが、もう兄が村を発ってから一月経つのに、兄は戻って来ません」
アリスは手をぎゅっと握りしめていた。
「じゃあ君は、これから【神殿】攻略に行く僕たちにお兄さんを捜して欲しいというんだね?」
僕が訊き、アリスは頷く。
「だが、もう一月も戻って来ないのだろう? まだ生きているとは思えないけどな」
「兄は生きています! 私には、わかるんです」
否定しようとするルーカスさんに、アリスは叫んだ。泣きながら、必死に訴える。
僕はその姿に何か胸を打たれるものがあった。
僕はルーカスさんに進言する。
「ルーカスさん、彼女の頼み、聞いてあげてもいいんじゃないですか?」
「そうですよ! それに、まだそのお兄さんが生きている可能性だって否定はできない。【神殿】には脱出時のタイムラグがあって、私達の時は三ヶ月もの時間が経っていた」
ルーカスさんはエルからタイムラグと聞いて、うーんと唸る。そして頷き、アリスの肩に手を置いた。
「わかった。アリス、君の頼みを引き受けよう」
アリスは、涙を溜めた目で見上げる。
「本当ですか……? 良かった……」
僕らは顔を見合わせた。彼女のお兄さんを助けるためにも、僕らが頑張るんだ。
「『暗黒洞窟』は、怪物が生まれる洞窟なのです。これまでも何人もの同胞があの洞窟に近づき、命を落としました……。ルーカス様、トーヤ様……あなた方のお力でどうか【神殿】を攻略し、怪物の脅威から私達を救ってください」
アリスは胸の前で手を握り合わせ言った。
「どうか、お願いします……」
「ああ、わかっている」
「僕たちが必ず、君のお兄さんを助け出すからね」
アリスは一礼すると、部屋を出て戸を閉めた。
僕らは円卓の回りに座り直し、これからの作戦を練る。
ルーカスさんが真剣な顔になり、僕らも表情を引き締めた。
「【神殿】テュールは、怪物を産み出すという……となると、中に入ればきつい戦闘が続くのだろうな」
「おそらく、そうだと思う。オーディン様の【神殿】は、森を通ったら『神の館』があって、そこには強大な怪物……ミノタウロスがいた。そしてその後、自分の過去を見せられ、私にとっての『正義』を問われた。だけど【神殿】テュールでは、単純に力があるものに【神器】を渡すのかもしれない。テュール様は軍神だし……」
エルが【神殿】について話し、シェスティンさんたちはメモを取ったりしていた。
「あのさ、私一つ気になったんだけど……『神器』って誰でも持てるものではないの?」
ベアトリスさんが黒い髪を指に巻き付けながら訊いた。
僕も気になり、エルに答えるよう視線を向ける。
「そうだね……神が出した条件に当てはまれば、当てはまっている誰しもに可能性がある」
「じゃあ、神テュールの場合……力が求められるわけだから、あたしらよりもトーヤとかルーカス様の方が有利ってこと?」
「そうだと思うけど……それでは不服かい?」
「いや、それでもあたしはついていくつもりだよ。シェスティン、モア。あんたらもそうだろう?」
ベアトリスさんが上目遣いでモアさんたちに言う。二人は、当然のように頷いた。
「うん! 私今ものすごくワクワクしてるんだから!」
「ええ。それにルーカス様を守れとノエル様に命じられましたので」
ルーカスさんはそう聞いて何ともいえない表情になる。
「親父が、そんなことを……」
冒険に焦がれる者。その者にどこまでもついていくと決めた者。
僕らは各々の思いを胸に抱き、ここに臨んでいる。
「明日、『暗黒洞窟』へ入る。それまで、街で情報を集めるなり観光するなり好きに過ごしてくれ」
ルーカスさんが気楽に笑う。
この後僕たちは、地下街を巡ってみることにした。
僕とエル、シアンとジェード、そしてシェスティンさん、ベアトリスさんは地下街の地図を見ながら道を歩く。モアさんはルーカスさんとやることがあるのだそうで、一緒には来れなかった。
「それにしても、活気のある街ですね~」
シアンが露店の数々を目を輝かせて見回しながら言った。
アクセサリーとか飾りを売っている店の前で彼女は立ち止まる。エルたち女の子は皆そこに集まっていた。
僕とジェードは少し離れたところから彼女らを眺める。
「ねえ、見て見て! これ可愛くない!?」
「ホントだ可愛いなー! トーヤくんにプレゼントされたい……」
「エルさん、妄想はよしてください。あなたはこの前その杖を貰ったばかりでしょう?」
「何だと君ッ……!」
「落ち着いてよ、エル! ほら、こっちも可愛いよ!」
「うん、確かに、それもいいなー」
「嘘……あたしはこっちの方がいいと思うけど」
「…………」
と、その時、女の子たちの輪の中で爆笑が沸き起こった。
「な、何が起こったんだ!?」
「さ、さあ……?」
ジェードは驚き、僕は首をかしげた。
彼女らの笑いはまだ続いている。
「はーっ、はーっ……可笑しいー! ベアトリス、センスなーい!」
「そっ、そんなに笑わなくてもいいでしょ! こんな道端で大声で笑って、恥ずかしくないの!?」
「もう、可愛いんだからー!」
「は、はぁ!?」
「ぷっ……」
「こらそこ笑わない!」
騒ぎが終わり、戻ってきた彼女らの手には、それぞれが買ったアクセサリーが握られていた。
エルが買ったのは青色のリボンの髪飾りで、彼女の緑髪に似合いそうだった。
シアンは首飾り、シェスティンさんは腕輪だった。小人サイズのアクセサリーなのでシアンには少し小さそうだったが、小柄なドワーフであるシェスティンさんにはぴったりだった。
そして、ベアトリスさんが選んだのは黄色い派手な足飾りだった。ケバケバしい色が、センスがないと言われたようだ。
僕はいいと思うんだけどなぁ。女の子のファッションセンスの基準はよくわからないや。
ベアトリスさんがこちらを見てなんか嬉しそうにこくこくと頷く。
「トーヤだけはわかってくれた……」
ベアトリスさんがそう呟いていた気がしたが、他の女の子たちには聞こえなかったようだ。
「エル、それ可愛いよ。似合ってる」
「え、うんありがとうトーヤくん大好き」
エルは僕にガシッと抱きつく。って、力強いよ。痛い痛い!
羨ましそうにエルを見るシアン。エルは僕にくっついたまま彼女を振り返り、ニマリと笑う。
「どうだ羨ましいだろ! 指をくわえて見てろ!」
超攻撃的なエルに、僕は思わず苦笑した。
「エル、流石にその言い方は無いでしょ……」
「え、ああそうだよねー。ごめんシアン」
「じゃあトーヤさんから離れてください」
エルは渋々僕から手を離した。すごい残念そうな顔をしている。
「トーヤさん次私も」
「はーい、じゃ、次行くよー!」
シェスティンさんが元気よく叫んだ。彼女は地図に目を落とし、ここにしようよ! と声を上げている。
僕が地図を覗き込むと、シェスティンさんが指差していたのはレストランだった。さっき宿で食べたばかりなのにまだ食べるんですか……。
でも他に行く場所もなかったので僕らはその店に向かった。
そこは、この通りから少し離れた通りにある、小人たちに大人気のレストランだという。
地下街は地上の村と比べて規模がとても大きく、おまけに道が入り組んでいるので、目的のレストランに着くのに歩いて一時間くらいかかった。
あまりにも入り組み、迷路のような道で地図が全くといっていいほど役に立たなかった。
「いらっしゃいませー! おや、変わったお客さんだね」
店員の小人のおばさんが目を丸くして僕らを見上げる。
僕らは店に入り、小人族の伝統料理を味わった。最初は戸惑ったキノコやコケは、慣れれば美味しく食べることが出来た。
このキノコやコケは、ここより更に地下の洞窟で採れるらしい。そしてその洞窟は『暗黒洞窟』と繋がっているという噂まで耳に挟んだ。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎる。午後七時、僕らはホテルへ戻った。
いよいよ明日は【神殿】攻略。僕たちの新たな『技』がようやく活かせる時が来た。




