2 小人族の村
レータサンド村はその村に住む人々も、建物も、皆小さかった。
雪を被った小さな屋根の家々が立ち並び、幻想的な景観を作り出している。
この村の住人は『小人族』。人間は一人もおらず、僕らは別世界に来たような感覚になった。
一人の小人の男性が、村の入り口のアーチを潜った所で僕らに声をかけてきた。
「ようこそ、レータサンド村へ。私はこの村に住む『小人族』首長、ワック・ソーリという」
「始めまして。以前手紙を送った、ルーカス・リューズです。本日は、私たちがここに宿泊することを許可して頂いて、本当にありがとうございます」
ルーカスさんは小人族の首長の前に跪き、頭を下げた。僕らも彼に倣う。
「あなた方には少し窮屈かもしれないが……地下に、客人用の宿泊できる場所がある。そこへ案内しよう」
首長のワック・ソーリさんが、僕らを見上げて手招きする。ワックさんは雪の積もった道を歩き出した。
ルーカスさんに続いて僕らも進む。急ぎすぎるとワックさんを抜かしてしまうので、僕らはなるべくゆっくりと歩いた。
「……何もかも、小さいですね」
シアンがそっと囁く。僕は小さく頷いた。
「うん。これが、小人族の村……」
街を歩く小人族の人たちは、僕らの事を興味津々といった様子で眺めている。そんなに怖がっている様子じゃなさそうだ。
「小人族は……」
ワックさんが語り出した。僕らはその語りに静かに耳を傾ける。
「長きに渡って、人間に迫害されてきた。同胞を殺され……かつて住んでいた集落を終われた私たちは、【神殿】のモンスターに喰われて人間の居なくなったこの村、レータサンドに移り住むようになったのだ」
「そんなことが……」
僕は呟く。ワックさんがチラリとこちらを仰いだ。
「そう……人間の少年よ、君は種族の違いから差別が起こることに対して、声を上げたそうだな?」
「……どうしてそれを?」
「ルーカスの文にそう記されていたのだ。君は……君たちは、この現状を変えるために何をするべきだと思うかね?」
ワックさんは問いかける。僕に、僕たちに、何をするべきかを。
「エルフにダークエルフ、ドワーフに獣人、アマゾネス、魔族、そして我ら小人族……この世界には多くの種族の『亜人』たちが暮らしている。だがその中のどれも、人間と対等に暮らす権利を得ていない」
ワックさんの言う通りだ。そうなれるように、人間たちの考えを変えるにはどうしたらいいのだろうか……。
雪の積もった道が途絶える。ワックさんの足元を見ると、地面に鉄の蓋のようなものが置いてあって、そこだけ雪が避けてあった。
ワックさんがそれを持ち上げると、蓋の下から人が一人やっと通れるような穴が現れた。
「この穴を下りれば、私たちの地下街がある」
ベアトリスさんが穴を覗き込み、囁く。
「この先に、本当に地下街があるのかっ……」
彼女も僕と同様にワクワクしているようだった。
「私が先に降りる。君たちは後からついて来なさい」
ワックさんはそう言うとするりと穴の中に入った。
穴を覗くと、梯子があった。これを伝って登り降りするのだろう。
「俺から行くぞ」
ルーカスさんが足から穴に入る。梯子に手足をかけて、慎重に降り出した。
僕らもその後に続く。
梯子は少し湿っていて、うっかり手足を滑らせないよう注意が必要だった。五メートル近くある穴を降りきると、そこには地下街があった。
「うわあっ! すごい!」
僕は歓声を上げた。赤い土壁の地下街は、店や住宅など小さな建物がところ狭しと並んでいて、小人たちがせかせかと忙しなく動いていた。
「ここが、私たち小人族の地下街だ。宿は、時計回りに二番目の道を進んだ先の角を曲がった所にある」
小人族の地下街は入り組んだ複雑な地形になっているようで、穴から出てすぐのこの場所を広場とし、そこから幾つもの道が繋がっていた。看板を基準としてそこから時計回りに道に番号が振られていて、十二番目まであった。
「ここからは、私の娘に案内をさせよう。……出てきなさい、アリス!」
ワックさんが大きな声で呼ぶと、美しい小人の少女が三番目の道からぴょこんと出てきた。
「父上、何用ですか?」
アリスと呼ばれた少女は、黒い髪を後ろで一つに束ね、切れ長の透き通った蒼い目をしていた。背は100センチにも満たないのに、割りに合わない大きな胸が見る者の目を引く。
アリスは僕らを見上げると事情に気付いたようで、僕らに握手を求めてきた。
「旅人の皆さん、私は小人族首長ワック・ソーリの娘アリス。どうかお見知りおきを」
アリスはどうやら礼儀の正しい女の子のようだ。
彼女は僕ら一人一人に握手をし、ニコリと笑顔になった。
「よろしくな、アリス」
ルーカスさんも爽やかな笑みを浮かべ、言う。
「では後は頼んだぞ、アリス」
「任せてください、父上」
アリスは僕らを振り返り、二番目の道を指差した。
「宿はあちらです。行きましょう」
僕らは、アリスについて小人族の地下街を歩いていく。小人族の地下街だから天井も低いのかと思いきやそうでもなく、僕らが通れるだけの高さは確保されていた。
わいわいと騒ぐ雑踏の中を通り、僕らはホテルの前に着く。
「ここが宿になります。料金は人間の通貨で支払って頂いて結構です」
アリスが丁寧に言う。ホテルの中に入ると、天井は二メートル程で狭かったが清潔感のある建物だった。
ルーカスさんはカウンターで説明を訊き、料金の半分の額を一旦預ける。デポジットというらしい。
「お腹すいたねー。ここの料理ってどんなものかなあ!?」
シェスティンさんが腹を鳴らした。
グウーッという大きな音に、モアさんたちは苦笑する。
「確かに気になりますね。小人族の人たちはどんなものを食べているのでしょうか?」
シアンが言った。宿に来るまでに通った道には料理屋さんがなかったので、僕らはまだ小人族の食事の風景を見ていなかった。
「手続きが済んだそうだ。部屋に移るぞ」
ルーカスさんが、美味しい食事の妄想をしていた僕たちを現実へ引き戻した。
アリスに案内され、僕らは宿泊室へ向かう。そこには座卓の上にすでに遅めの昼食が用意されていた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
アリスが横開きの戸を閉めていなくなると、僕らは狭い部屋の中央に置かれた座卓の回りに座った。
部屋の内装は、僕が初めて見るような変わったものだった。床には植物を編んだものが敷かれている。
「奇妙な部屋ですね」
「鬼蛇の様式の部屋だな。小人族は鬼蛇国と関わりを持っていたのか……後で尋ねてみよう」
ルーカスさんは顎に手を当て、興味深そうに部屋を見回した。
「ルーカス様、頭をぶつけないでくださいね」
モアさんが注意する。ルーカスさんの身長は180センチ近くあり、天井には結構スレスレだ。飛び跳ねでもしたら天井を突き破ってしまう。
「それに、料理も変わってますね」
シェスティンさんが涎を垂らしている。
小人族の料理には普通の人間が食べるような肉や野菜も入っていたが、主食はとても変わったものだった。
「これは、珍しいな」
ルーカスさんがつまみ上げて観察しているのは、青白く光っているキノコ。何も調理されていない状態で、ポンと皿の上に置いてあった。
他にも、小皿に緑色の地衣類のようなものも載せられていた。
「食べられるのかな……」
毒とか入ってたりしないだろうか?
僕は不安だったが、ルーカスさんは特に躊躇せずそのキノコを口の中に放り込んだ。
「あ、ルーカスさん!」
「……大丈夫だ、いけるぞ。キノコでは珍しく、辛味のある奇妙な味がするな」
それを聞くとシェスティンさんは顔を歪めた。
「私辛いの苦手ー」
「あたしは好きだな、辛いもの。モアはどうだい?」
「ベアトリス……わ、私は……」
「あ、このコケみたいなの柔らかくて甘くて、とっても美味しい!」
モアさん……辛いもの食べられないのか。意外だ。
幸い僕の考えは彼女に読まれることはなかった。
僕らが小人族の料理に舌鼓を打ったり、その辛さに辟易したりしていると、横開きの戸がそっと開いてアリスが顔を出した。
「皆さん、お食事は楽しんでおられますか? ……実は、私から皆さんに折り入って話しておきたいことがあるのです」
そう言ったアリスは、とても深刻そうな表情を浮かべていた。




